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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第五章
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第78話 木林森羅③

 日曜日の朝。

 森羅は一人、異世界転生応援室の中で待機していた。


 市役所には休日出勤の職員が少しはいるらしく、森羅はエルフ特有の鋭敏な聴覚と聴力強化の魔法を併用して音を捉え、その中によく知った人間の足音や息づかいが混ざっていないかを確認していた。

 どうやら目当ての音、すなわち室長である朝日月夜は来ていないことを察してほっと胸をなで下ろす。


(まだ大丈夫。はー君のお願いは絶対に叶えないと)


 声には出さず強く思いつつ、息を吐く。

 森羅にとって秤の頼みは絶対に叶えるべき約束のようなものだ。

 監視カメラで見ていたときには気づかなかったが、いつの間にか滴とあれほどまでに距離を積めていたことが判明した以上、些細なことでも好感度を稼いでいかなくては。

 それに。


「あの娘のことも、そろそろなんとかしないとダメかな」


 こちらは思わず口に出てしまう。その声には敵愾心が混ざっていた。

 相手は言うまでもない。

 かつて同じ施設で育ち、なにかと秤と自分の間に割って入ってきていた少女、柊沙月だ。

 秤が自分で考えた計画を話してくれた後、作戦の詳細を詰める傍ら雑談もしていたのだが、そこで秤が沙月と再会していたことを聞かされた。


 前回の異世界送りの際に突然現れ、最終的にドライブデートにまでこぎ着けたことは非常に腹立たしかったが、秤はそれ以降、彼女と関わるつもりがなかったようで安心していた。しかし、まさか再び偶然出会っていたとは。

 同じ市内で生活しているのだから、確率としてはあり得ることだが、彼女と交わした会話によって転生予定者の願いに気づき、結果今回の作戦を思いつくに至ったという点が気に入らない。


 以前もそうだった。

 免許を取りに行った先で偶然再会したことを発端として、最終的にトラックによる異世界転移の方法を思いついた。

 秤の転機にはいつもあの女がいる。

 それが許せない。

 これではまるで──


「ッ!」


 強く唇を噛む。

 その痛みによって思考を中断する。

 だが、その意識の乱れが大きな油断となった。


「何やってるんだい?」


 呆れ調の声と共に空間が歪み、そこから見慣れた顔が現れた。


「朝日、さん」


「休日出勤ご苦労様。僕は何も聞いてないけどね」


 スッと細くなった瞳は疑惑に歪んでいた。

 出来れば今は会いたくなかった相手だが、予想通りの展開でもある。

 今日一日何事もなく、平穏無事に終わるとは初めから思っていない。

 だからこそ、森羅は秤たちに付いていかずに、ここに待機していたのだから。

 同時に森羅も表情を変えて朝日を睨みつけると、何か聞かれる前にこちらから一気に畳みかける。


「どういうことですか!?」


「……何が?」


「これですよ! これ」


 朝日の下まで移動した森羅は、手に持った書類を彼女のデスクに叩きつける。

 筋力減衰魔法は使用していたが、それでも部屋中に響きわたるほどの音が鳴った。

 うるさそうに片目を伏せつつ、残った側の目で書類に目を落とす。


「水神丘古墳の夜間工事?」


「これ。課長さんの判子ですよね? 私はこんなの聞いてないですよ」


 承認欄に押された天災対策企画課の課長判子を指す。

 それを見て、朝日の眉がピクリと動いた。


「……」


「神託を聞くだけなら、あそこじゃなくてもここの末社で十分なはずです。そもそも、さっき遠視で確認しましたけど、古墳には工事どころか小子ちゃんの姿もなかった。これがどういう意味だか分かりますよね?」


「彼らが内緒で新しい導具を作成しようとしていると?」


「そうです。今ある導具は、朝日さんと私の私物、そしてトラックだけです。そのトラックも借りられていました」


「トラックも? ふぅん」


「異世界転移だけならトラックで十分のはず。つまり──」


「彼らは今回、異世界転生をするつもりということか」


 こちらの言葉を遮って朝日が言う。

 彼女はまだ昨日の監視カメラの映像を見ていない。

 ゆえに例の転生予定者にチート能力を確実に手に入れるために、今の体のまま転移させるのではなく、魂だけ転生させる方法を模索した件も知らないはずだ。


「朝日さんは、この届け出のこと、知っていたんですか?」


「覚えはないが、課長にはある程度、秤くんの要望を聞いてくれるように話してはある」


 本来立場は課長の方が上だが、彼は市役所内では数少ない市長シンパであり、その直属である朝日とその部下である応援室の面々からの頼みには寛容だ。

 そこを突いた秤が、金曜の業務終了ぎりぎりというタイミングでこの届を課長の元にねじ込んだことで、朝日に相談する時間を与えず、彼女に知られることなく前日の土曜日に準備を終えた。

 森羅もそれを手伝ってはいたが、敢えて知らないふりをして逆に朝日に問い詰めることで、時間稼ぎに利用しようしたのだ。


「じゃあ、はー君たちが勝手にこんなことをしたと?」


 声を荒げる森羅を冷めた目で見ていた朝日は、一つ息を落とした後、淡々と問う。


「……君が怒っているのは、その導具作りで滴くんではなく、秤くん用の物を作ろうとしていると考えているからか?」


 こちらから問い詰めるはずだった内容をあっさりと言い当てられ、一瞬言葉に詰まりそうになるが、動揺は見せずに力強く頷いた。


「そうです。昨日、そこのカメラを使ってはー君を見守ろうとしたら、映らなくなってました」


「それも、聞いていないな」


「だって、朝日さんが知ったらまた邪魔するでしょう? はー君の成長のためだとか、滴ちゃんに任せろとか言って」


「……」


 返事をしないのは図星なのか、それともこちらの意図を探ろうとしているのか。

 どちらにも取れるため、森羅は朝日が反応する前に畳みかける。


「だから、魔法を使ってはー君のこと、見守っていたんです。そうしたら。はー君、またあの女と会ってました」


「あの女?」


 視線を書類に向けていた朝日がようやく顔を持ち上げる。


「覚えてません? 最初の異世界送りで私とはー君のこと邪魔してきた、コモレビの」


「ああ。君たちの幼なじみの」


「……勝手に私とはー君に付きまとってきただけです」


 会話をしながら、自分の中で怒りのメーターがあがっていくのを感じる。

 本来話す必要のない沙月の話をわざわざしたのは、これが目的だ。

 朝日は他人の感情を読む力に長けている。

 どこか超然とした態度も相まって感情の揺らぎも薄く、考えていることも見抜くのは難しい。

 そんな相手を騙しきるには、こちらも本気の感情が必要だと考えたのだ。


「まあ、それはともかく、結果として秤くんに意識改革が起こり、自分用の導具を作ろうとしていると言いたいわけだ」


 案の定、今まではこちらの反応を楽しんでいる風ですらあった朝日の態度に変化が現れ、こちらを気遣ったものとなる。


「前の時もそうでした。あの女が余計なことを言うから、はー君は私に怒って異世界送りにも関わるようになったんですよ」


 結果的にトラックによる異世界転移というやり方を見つけたことで、秤が一歩先に進むことになったとはいえ。

 いやそうした重要な場面だからこそ、それを秤のことを忘れている沙月が、なにも知らないまま後押ししたように感じられて苛立ちが治まらない。

 そして今回も偶然出会った。

 まるで出来の悪い、マンガや小説でありがちな運命の相手だと言わんばかりに。

 上位存在という、それができても不思議ではない存在を理解しているからこそ余計にそう感じるのか。


「なるほど。それで君は休日にわざわざここにやってきて、彼が今どこにいるか探ろうとしているわけか」


「ええ。電話にも出ないし、魔法で探そうにもトラックの中にいるのでは、あの邪魔な気のせいで見つけられませんし」


 口にするのも不快な上位存在の持つ、神気と呼ばれる特有の魔力を帯びたトラックは、こちらの魔法を阻害し追跡不可能となる。

 だから森羅は何か情報が残っていないか、ここに探しにきたという設定であり、それに気づいた朝日が来た後は彼女をこの場に留めて、秤たちの邪魔をしないようにさせるのが、自分の役割だ。


「……うん、それで。君はこれから秤くんを見つけたら、止めるつもりだと?」


「ええ。百歩譲って、はー君が人殺しに関わることも、それを決断させることまでは認めなくもないです。ただ、それをはー君自身にさせるようなことは、私は絶対に許さない。それをあの女が示唆したのならなおさらです」


 これは本心だ。

 仮に秤が立てた計画が、自分の手を汚すものだったのなら、森羅は全力でそれを邪魔するつもりだった。

 しかし、彼が立てた計画はひどく面倒で遠回りで、自分たちを含めた者たちに迷惑をかけるものではあったが、自分を犠牲にするものではなかった。

 彼にかけられる迷惑であれば、それは迷惑でも何でもない。

 これは恋人同士でなくて、仕事仲間であっても同じことだ。


 ただし、責任を取る上司はそうはいかない。

 責任が取れる範囲外にまで影響を及ぼすのならなおのこと、なにも知らないままの方がいいに決まっている。

 秤や森羅が朝日に計画を隠そうとしているのは、それが理由でもあった。

 さて、後はこのブラフが彼女に通用するかどうかだが。


「……話は分かった。では、僕の考えを伝えよう。森羅くん」


「なんですか?」


 懐疑的な演技を続ける森羅に向かって、朝日は正面からこちらを見て告げた。


「君は、ことが済むまで僕と一緒にここで待機してもらう。これは上司である僕の業務命令だ。断ることは許さない」


 断るならば実力行使も辞さない。

 そんな強い意志が込められた言葉は、全てこちらの狙い通りのものであり、逆に肩透かしを食らった。


「いいね?」


 念押しする朝日の声は妙に真剣であり、逆に何か裏があることを感じさせ、森羅はそれを読み取るべく全力で思考を回転させ始めた。

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