第77話 アイデアという名のジグソーパズル
心臓が跳ねた。
例の異世界関連のことになると勝手に動き出す、感情の残滓ではない。
滴の言った言葉が、まさに秤の内心を言い当てていたためだ。
確かに、秤は必死になって考えていた。
しかしそれは、トラックによって転移させるやり方を諦め、殺すことで魂だけ転生させる通常の異世界転生を行うことを前提として、その覚悟を決めるためにはどうすればいいのか。という方向での思考だった。
そのまま転移で送り出してしまい、チートも貰えなければ、十中八九、カガヤは異世界を救うことは出来ず、死亡してしまうだろう。
防御系チートという死から最も遠い力を手に入れたセンドウですら、あっさりと死んでしまうほどなのだから当然だ。
それは、なんとしても回避しなくてはならない。
そのための方法はこれしかない。
後は如何にして自分が覚悟を決めるか。
そんな風に思考が固定化していた。
もっと考えることはいくらでもあるというのに。
「……滴」
「ああ?」
威圧的な声は、なにかを誤魔化しているかのようにも聞こえた。
瞬間、理解する。
これは怯えだ。
自分の過去を話してしまったことに対する怯え。
あの話を聞いて、秤がどう思うかではない。
今まで隠していた自分の過去を他人に話したことで、自分自身に何か変化が起こるのではないか。という恐怖だ。
根拠はないがそう確信した。
同時に、それでも話してくれたことが嬉しくなる。
「何笑ってんだよ」
「いや、別に……滴、頼みがある」
「はいはい。分かってるよ」
投げやりに言った滴は、顔ごとそっぽを向きながら秤の頭に向けて手を差し出した。
様々な角度から深く思考してアイデアを出すためには、秤の思考力では時間が掛かりすぎる。
だからこそ、いつかの時と同じように、思考能力向上魔法を掛けてくれようとしているのだ。
「ちなみにな」
「ん?」
「あっちの世界で他人に掛けるための魔法を生み出したのは、アタシの母親なんだよな」
「へえ」
「それまで人魚は他人を強化するために魔法を使うって概念自体無かったからな。どうせなら、もっとまともな呪文にして貰いたかったわ」
こちらの緊張をほぐすためか、それとも本気か、そんな軽口を叩いた滴に思わず笑う。
「中二病って奴だったのかもな」
中ニ病という言葉自体知らないらしく首をひねっていた滴だが、直ぐに改めて手のひらにマナを集め始めた。
「『大いなる祖よ、凡ての原初たる海よ──』」
懇々と紡がれる詠唱は、いつもの気恥ずかしさを誤魔化すような荒々しい言い方ではなく、一つ一つ噛みしめているかのようだ。
そこにどんな意味があるのかは、今は考えない。
思考能力向上魔法は字の如く、自分の思考能力を向上するものである。
元が十人並みの思考力しか持たない秤では、いくら向上されても、他のことに思考を割いている余裕はない。
「『──知能向上』」
水色の粒子が弾けると同時に、幾度か経験したときと同じように頭の中が澄み渡る。
「じゃ。効果が切れた頃にまた来るわ」
それだけ言って、その場を離れていく滴に応える余裕もなく、腕を組んで頭を回す。
アイデアを出す際のやり方は人それぞれだが、秤のやり方は、ひたすら関係がありそうなピースを頭の中で思い浮かべて、それをパズルを組んでいくかの如く組み合わせて行く方法だ。
そうして一つの大きなジクソーパズルを完成させるように、アイデアを生み出す。
故に先ずはピースを探す必要があるが、まだアイデアの方向性すら決まっていないため、最近の記憶を元に、適当に集めていく。
異世界転生。異世界転移。異世界サポート。メール。知識チート。余所の異世界係。手伝い。チート能力。上位存在ごとに違う天災。停電。ガン患者。残り時間。異世界送りが可能な場所。縄張り。手伝い。センドウモリタカ。カガヤカオル。滴の過去。出張から戻ってこない森羅と朝日。神託。諦めない。管轄違い。殺す覚悟。その後の影響。
ここ最近の記憶から浚ったキーワードの中には、やはり関係ないものも混じってしまう。
特にセンドウ関連は今必要なものではないはずだ。
それらを外してもう一度考えようとしたところで、外そうしたピースと別のピースが組み合うことに気がついた。
上位存在ごとに違う天災と異世界送りを行う場所。
この二つは結びつく。
「へえ?」
まだ全体像は掴めないが、必要だと感じた。
今はその直感を信じる。
そこを中心にして、あれこれと他のピースを組み合わせているとあっという間に時間が過ぎ、やがて思考力に靄が掛かった。
時間切れらしい。
もう一度掛けてもらおうとして顔を上げたが滴は戻ってきていない。
捜しに行く手間も惜しいとスマホで呼び出そうとしたところで。
突然、靄が晴れた。
思わず振り返ると、小走りで滴が戻ってきていた。
「悪い悪い。いやー、なんか変な奴らに絡まれてさ」
「もしかして二人組の?」
先日と先ほど、これまで二度見かけた二人組の若者だ。
「そうそう。ナンパって奴だな」
確かに二回とも滴を見かけた後、美人だなんだと騒いでいた。
あのときは魔法で気を逸らしていたはずだが、今回は使い忘れて話しかけられてしまったらしい。
「流石にぶっ飛ばすわけにもいかないから、適当に巻くのに時間が掛かったってわけ」
「珍しいな」
流石に暴力は使わないとは思うが、そうしたときは魔法で誤魔化すのが常だったはずだ。
「先に詠唱を済ませてたからな。思考強化魔法しか使えなかったんだよ」
そういえば、他人に掛けるときは必須の詠唱が聞こえなかった。
(ん?)
納得し掛けたところで、強化された思考力が引っかかりを訴えていたが、とりあえず無視して、アイデアの完成を急ぐ。
思考を回し続けて、ピースをあれこれと組み替えながら、一つのアイデアを固めていく。
とはいえ、ある程度重要な箇所はできあがっていたため、そう時間も掛からず一つの絵画が完成した。
同時に、自然と口元が持ち上がっていく。
それはアイデアが完成したことに対する喜びではなく、むしろ自嘲的なものだ。
「バレたら朝日室長には、怒られるな」
幸いにも朝日と森羅は出張中だ。
後は土日の内に異世界送りが可能になれば、二人には、いや他の者たちにも知られることなく秘密裏に事を進められる。
(滴と小子には休日出勤してもらうことになるから、文句を言われそうだけど──)
いつもなら噛みついてきそうだが、力を貸してくれると約束した今なら大丈夫だろう。
ふと、そんなことを考えている間も未だ思考力が向上したままだと気づく。
先ほど一度目の思考能力向上魔法が切れた時より、更に長い時間が経った。
疑問に思って顔を持ち上げると、滴がかなりの近距離でこちらをじっと見ていた。
「うおっ!」
「怒られるってなんで?」
驚くこちらを無視して問いかけてくる。
その瞬間、唐突に先ほど放置していた違和感の正体に気が付き、思わずため息を落としていた。
「──はぁ。おかしいと思ったんだよなぁ」
「ん? 何が?」
「突然の出張とか、その間も全然連絡してこないところとか、滴の態度とか。色々」
「あれ。もしかして、気づいてる?」
口調が変わり、同時にしなだれ掛かるように身を寄せられる。
その声と姿で、全力で好意を込めた態度を取られると違和感しかない。
「お前、森羅だろ?」
「ははっ。正解ー」
気の抜ける声と共に姿が変わり、久しぶりに見る金髪エルフ耳の少女が現れた。
「まあ、気づかれるとは思っていたけどね。やっぱり決め手は愛だよね、愛。うんうん、分かるよ、私だって誰かがはー君に化けても一瞬で気づく自信あるもの」
口を挟む間もなくツラツラと言葉を重ねる森羅は、秤と直接会うのが久しぶりということもあるのか浮かれている。
「いや。どっちかっていうと、滴っぽくないなーって。あいつナンパとかされたら魔法使って解決するから」
更に付け加えるなら、他人に魔法を掛ける際の詠唱を嫌がっていたのは間違いないが、先ほど母親が開発したものだと、教えてくれた後は誇らしさが混ざっていた。
その直後、また恥ずかしくなったというところに違和感があった。
「は? なにそれ、はー君、いつの間に滴ちゃんとそんなに仲良くなったの? 全然聞いてない。なんで? いつから? 私とどっちが好き?」
相変わらずの面倒くささに、懐かしさすら感じる自分がおかしくて小さく笑ってから、表情を引き締める。
「……森羅。頼みがある」
つい先ほどの滴と同じ切り出し方をすると、彼女もまた即座に話を理解して頷いた。
「──いいよ。じゃあその話は後でね。とりあえず今ははー君がなにを思いついたのか聞かせて? 納得できたら朝日さんには報告しないであげる」
こちらが真面目になったことを理解してか、森羅も表情を仕事用のものに切り替えると改めて秤の隣に座る。
「アタシも一緒に聞いていいよなー? シンラ」
「おっ。本物だ」
ベンチの背後からヒラリと踊るように飛び越えて現れた滴が、森羅とは反対側に腰をおろした。
森羅がいることを当然のように受け止めているあたり、同意の上での交代だったらしい。
「ったく。人の面で、変なこと言いやがって、あのガキどもの記憶は消しといたからな」
「なに言ったの?」
「んー。内緒で」
そんなやりとりを挟んた後、とりあえず話を始めた。
「最初に謝っておく。いろいろと手を回してくれた滴には悪いんだけど──俺はまだ人を殺す覚悟は、できない」
「……」
「……」
偽りざる秤の本心に、森羅もそして滴もなにも言わず黙って続きを促してくれた。
そのことに、心の中で感謝しつつ、秤は顔を持ち上げ、二人の顔を交互に見てから続けて宣言した。
「だから、そうしなくて済む方法を考えた。力を貸してくれ」




