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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第四章
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第73話 海湖沢滴③

「ふぅ」


 秤の足音が完全に離れたのを確認後、滴は視線を動かして先ほどからずっと自分に目がけて魔力の波動を送り続けている斜め向かいのデスク、つまり秤の隣を見た。

 誰も座っていない椅子を睨みつけると、同時に空間が歪み、そこに見知った女の姿が現れる。

 本物の宝石を填め込んだかのようなエメラルドグリーンの瞳に、染色とも白人のブロンドとも違う、髪そのものが発光しているかの如き輝きを持つ金色の髪、そこから伸びる長く尖った耳。


「幻術使わなくて良いの?」


 自分で言うのも何だが、今日は珍しく本来の人魚姿ではなく、変身魔法で足を生やしているため、ここぞとばかりに言うと、彼女はそっと唇を綻ばせる。


「幻術は使ってるわ。今は屈折率を変えて貴女に見えるようにしてるだけ」


「転移じゃなくて、ずっとそこにいたってこと?」


「ええ。気づかなかった? おかげで久しぶりにはー君成分を堪能できたわ」


 先ほどまでの、妖艶さすら感じる笑みとは違う、本当に心から喜んでいることが分かる無邪気な笑みを向けられ、同時に冷たい物が背中に流れる。


 木林森羅。


 彼女は、異世界で全てを終わらせてこちらの世界に戻ってきた滴を見つけ、朝日に引き合わせた張本人だ。

 森羅のおかげで、滴は生活基盤を手に入れることができたといっても過言ではない。


 それから現在まで、かれこれ一年近くのつき合いとなるが、滴は彼女のことをよく知らない。


 もっともそれは他の職員についても同様で(互いに確認し合った訳ではないが)異世界での暮らし、そしてその前、現代で暮らしていた頃の話も暗黙の了解で話さないことにしている。

 それでも分かることはいくつかある。

 一つは上位存在と名付けられた、異世界に人間を送りこんでいる神が如き力を持った存在のことを森羅が言葉では言い表せないほど憎しんでいること。


 そして、四ヶ月前最後のメンバーとして朝日が連れてきた男、釣合秤のことを、それこそ上位存在に対する憎しみすら比べものにならないほど、深く愛していることだ。


 その愛はどうやら一年程度のつき合いで、甘くなるものではないらしい。


 にこやかな笑顔では隠しきれない明確な不満と怒りが、肌に突き刺さる。

 だが、文句を言いたいのはこちらも同じだ。


「ずっとこっちを監視してたって訳だ」


「隠れてみていたのは今日が初めてだけどね」


「マジかよ。ぜんぜん気づかなかった」


 肌感覚によるサーチには自信があったのだが。


「それはそうでしょうね。だって、使っていたのは魔法じゃなくてあれだもの」


 あれ。と言いながら森羅が指したのは、朝日のデスク上に置かれている室長という役職名と名前が掘ってある、白いプラスチック製の役職プレートだ。

 プラスチック板を加工したものではなく、三角柱を横に倒したような立体的なデザインである。

 だが、それが何だというのか。

 疑問を思っていると、森羅はからからと笑って指を弾き、魔法で役職プレートを滴の手元に引き寄せた。


 ズシリと重たいプレートは内部までプラスチックが詰まっていることを示していたが、どうも持った感触が妙だ。

 中身が詰まっているのは間違いないが、重さに偏りがある。


「──まさか」


「そのまさか。中に監視カメラが入っているの。電源はデスクの中のワイヤレス充電器から自動供給。二十四時間体勢で監視ができる代物よ」


 偏りの中心辺りに刻まれた室長の『長』部分をよく見ると、黒く塗りつぶされた中に、小さな穴が確認できた。


「チッ」


 思わず舌を打つ。

 いつも秤が繰り返していた監視社会という言葉を思い出した。


「まあ、実際に二十四時間見てたわけじゃないけどね」


「気分が悪いことには変わらねーよ」


「それはこっちも同じ。ずいぶんいちゃいちゃしてたね。私のはー君と」


「勘弁しろよ。アタシの精神年齢いくつだと思ってんの。子供は趣味じゃない」


 少しの間睨み合うが、同じタイミングで双方とも怒りの矛を収め、話を進める。


「しかし。アイツ変なところで鋭いからばれないか冷や冷やしたが、とりあえず大丈夫だったみたいだな」


 森羅から届いた魔力の波動に気付き、無理矢理用事を作らせて部屋から追い出したが、少々強引すぎたかもしれない。

 追い出した本当の理由を、森羅に気づかれていないと良いのだが。


「本当ははー君を仲間外れにするようなやり方は好きじゃないんだけどね……滴ちゃんにはちゃんと聞いておかないといけないことがあるから」


「シツチョーの言ってた仕事か」


 担当していた転生者が死亡したことで、ショックを受けた秤のケアについてだろう。と予想して聞くと案の定森羅は真剣な顔で肯定した。


「シンラも見てたんだろ? とりあえず忘れたとは言わないが、今のところは仕事も忙しいから大丈夫だろ」


 朝日は滴が居るだけで負荷が大きくなるなどと言っていたが、実際はそんなことをするまでもなく様々なアクシデントが重なってそれどころではなかった。


「うん。監視カメラだけでなく、はー君からはメールでも報告は受けていたから。転生予定者がガンで入院していたり、病院から脱走してその現場にはち合わせて魔法の存在が露見したり、後はトラックで転移できる道路を探したりもしたんだっけ?」


「そーそー。遠視であちこち探すことになって大変でさー」


 秤が落ち着いたことを喜んでいる様子の森羅を見て、滴はそっと胸をなで下ろしつつ、それを隠す意味も込めて自慢げに語る。


「うんうん、ご苦労様。確かにそれだけ忙しければ、はー君も余計なこと考える余裕はないよね」


 ニコニコと笑って同意する森羅にもう一度そうそう。と頷きかけたところで、森羅の目がスッと細まった。


「私もそう思ってた……さっきの話を聞くまではね」


「っ!」

(まずった)


 僅かだが、動揺してしまった。

 その動きを見逃さず、森羅は更に目を細めて、こちらの真意をのぞき見ようとする。


「……何の話?」


 無意味だろうと思いつつ誤魔化してみるが、森羅はこちらの問いには答えず淡々と続けた。


「貰えるチート能力を考えさせる? そんなの一つしかないでしょう。貴女にもそれは分かっているはずよ」


 森羅の言うように、今の状況でカガヤが選ぶ選択肢など一つしかあり得ない。

 もっともそのチートとやらが、一つではなく複数選べるのなら話は別だが。


「健康な体だろ? でもせっかくのチートをそんなことに使えば異世界で生きていくのは難しくなる」


 秤はそのことに気づいていないようだが、カガヤ本人は恐らく気づいている。

 だからこそ、秤にチート能力を考えておくように言われても、歯切れが悪くなっていたのだろう。


「それがはー君の本位じゃないのは分かっている?」


「だったら。ちゃんと説明してやればよかったのか?」


「逆でしょ? 幸いはー君はそのことに気づいていないのだから、これ以上傷つけさせないよう徹底的に隠すべきよ」


 森羅が言っているのは、秤に気付かれないように秘密裏にカガヤカオルを殺して異世界転生させてやるべきということだ。

 それを伝えるために森羅は滴に魔力を送り、自分の存在をアピールしたのだ。


「……シンラ。アンタがあいつのことを特別扱いしているのはわかってるし、それに関してどうこう言う気はないけど。これは良い機会なんじゃねぇの?」


「どういう意味?」


 問いではあるが、すでに答えを理解した上であえて聞いているような言い方に、滴は苦笑を返す。


「たぶんアンタの考えている通りだよ。アイツには今回、一番最初に越えるはずだった壁を改めて越えて貰う」


 秤が必死に悩み、考え、滴に高速思考魔法を使わせてまで思いついた、トラックによる異世界転移というアイデアにあれこれ言うつもりはないが、世の中は常に最善の結果が得られ続けるようにはできていない。

 最善の方法とは別に、最悪の方法を考え、その上で結果を出すのが仕事というものだ。


「安心しろって。ちゃんと準備はしてあるからさ」


 この間秤に聞かせた、滴が行っていた異世界の思い出話。

 あのときはあえて途中で話を止めたが、最も聞かせたいのはその後。

 滴が生まれて初めて、自分の意志で人を殺したときの話だ。


「それは、朝日さんの指示?」


 どこかを見ているような視線の先に、滴も目を向ける。

 なにもない壁があるだけだが、森羅のことだからあるいはそのずっと先に、秤がいるのかもしれない。

 だからこそ、滴もまたそちらを見ながら力強く告げた。


「いや。アタシのアイディア」


 森羅の表情は晴れない。

 今滴がやろうとしていることは心のケアにはならない、むしろ逆のことをしようとしている。

 しかし、同時にこれからも異世界と関わっていく以上絶対に必要だと理解しているからこそ、軽々に反論はできないのだ。


「シツチョーがやったみたいにいきなりやるんじゃなくて、ちゃんと話をした上でやるよ」


 それさえ済めばもう、こちらの異世界サポートで人が死んでも大して気に止めることはなくなる。

 一種のショック療法にはなるかもしれない。


「アイツに人を殺す覚悟を教えられるのは、たぶんアタシだけだ」


 口にしてから、今の言葉は森羅には無理だと言っているも同然だと気づく。

 怒り出すかと思ったが、意外にも森羅はなにも言わず、何かを思い出すように眉を持ち上げたのち、目を伏せた。

 長い熟考の後、目を開けた森羅は、その翡翠のような瞳でまっすぐに滴を見抜いて告げた。


「はー君のこと。よろしくね」


「ああ」


「あと、あんまりはー君にベタベタしないように」


「はいはい」


 もう一度、趣味じゃない。と言おうかとも思ったが、藪蛇になるのが目に見えていたため、適当に流して、どのタイミングで秤に昔話を聞かせるべきか思案を開始した。

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