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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第四章
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第71話 四度目の再会は本屋で①

 市役所を出た秤の足は、自然と光明ヶ丘の方角に向けられた。

 かつて秤が住んでいた児童養護施設コモレビがある地域だ。

 仕事が忙しいこともあって、現在住んでいる社宅周辺にある店舗や飲食店の開拓はできておらず、十年以上過ごしてきたコモレビ近くの方が土地勘があったのだ。


 向かったのは、異世界に行く前からよく利用していた大型書店だった。

 その本屋は店舗内にいくつも椅子が設置され、併設された喫茶店で何か注文すれば購入前の本でも持ち込んで良い仕組みになっているのが気に入り、特に図書館などに入ってこない雑誌などを読む際によく利用していた。


 普通の小説の類ならばともかく、異世界ものとなるとお堅い図書館にはほとんど置かれていない。

 幾ら経費で落ちるとは言っても、無尽蔵に大量に買うわけにもいかない。

 滴が言っていた面白い小説を見繕って来い。という言葉を真に受けたわけではないが、今回は使えそうなチート能力の調査が目的であるため、先に内容を確かめておく必要がある。


 平日で昼間ということもあってか、店内に客は少なかった。

 特に異世界転生小説コーナーには人の姿は殆どなく、ゆっくりと小説を選ぶことができた。

 派手な書体と長いタイトルの小説が多く、目が滑りそうになりながらも、タイトルにチートと付く小説を幾つか選び出すと、秤は併設された喫茶店に足を向けた。



「さて」


 一番安いコーヒーを頼み、四人掛けのテーブルに座る。

 カウンターもあるが、喫茶店の方にも客は少なく、今なら一人でテーブル席を使っても邪魔にはならない。

 早速、一冊の本を広げて読み始める。


 喫茶店と本屋は、完全に分断されてはいないため、本屋側から音楽や客の話声などが聞こえ、読書に集中できる環境ではないが、そもそも内容を全て読む必要はないためそこまでの集中力はいらない。

 あくまで最初の方に出てくるチート能力と、その使い方に関して調べるだけなのだから。



 短い時間で持ってきた本は全て読み終わってしまった。

 とりあえず、今回持ってきた本の中には使えそうなものは無かった。

 何度も往復するのも面倒なので、今度はもう少し多めに本を持ってくるべきか。


 とはいえ、一度に持ってこられる冊数には限度がある。

 どこかに書いてあったはずだと店内を探そうと顔を持ち上げたのと同じタイミングで、何冊かの本とコーヒーを片手に持ち、席を探していた別の客がこちらを振り返った。


「あ」


 その客と秤は、全く同じタイミングで同時に間の抜けた声を出した。

 そこに居たのは、以前よりさらに伸びた癖髪と鋭い目つきをした、飾り気のない無地の服に身を包んだ少女だった。

 その少女、柊沙月のことを、秤はよく知っている。


(沙月)


 声には出さず、同じ施設で共に育ちながら、今は秤の記憶を失っている幼なじみの名前を呟く。

 異世界転生応援室へ正式に入ることを決めた、あの二度目の異世界送りで偶然助けて以来、都合四度目となる再会だった。


 とはいえ沙月の性格上、視線が合ったとしても用件がなければそのまま素通りするだろうと思ったが、彼女は口元をへの字に曲げて如何にも不満げな表情を作ると、まっすぐこちらに近づいてきた。

 これは秤に対し何か言いたいことがある証だ。


 テーブルの上に広げられた本を、重ねて隣の椅子の上に移動させて、彼女の到着を待つ。


「……相席、いい?」


 唸り声のように絞り出した声は低く、表情そのままの不機嫌さを滲ませていた。


「どうぞ」


 だからこそ、こちらは逆に淡々と向かい側の椅子を指すと、彼女なりの抵抗のなのか真向かいではなく斜め向かいに腰を下ろした。


 さて、一体どういうつもりなのだろうか。

 今更秤の記憶を取り戻したとは考えられない。

 秤自身、この数ヶ月間幾ら考えても異世界での記憶はおろか、以前からの知り合いらしい森羅のことも思い出せないことで、上位存在の世界改変による記憶操作が完璧だと、嫌というほど理解できたため、そちらについては既に諦めていた。


 最後の心残りだったドライブの約束を果たすこともできたのだから、それだけでよしとしよう。

 そう思って、あれ以来一度として、沙月はもちろんコモレビにも近づいていない。


 だというのに、あちらから近づいてくるとは。

 席に着いた沙月は手にしていた本をテーブルではなく、秤と同じく隣席のイスの上に置くと、手にしていた飲み物に口を付けてから、ふぅ。と何かを決意するようにひと呼吸置いて、秤を見た。


「……公務員が平日の昼間から優雅に読書とはいい気なものね」


 会話の取っかかりに憎まれ口を叩くのは沙月の癖だと分かっていたため、怒りを感じることはないが、沙月の方は失言だったとばかりに身を竦ませ、そのまま口を閉じてしまう。

 その態度にも懐かしさを覚えて、秤は苦笑した。


「そう言うなよ。そっちこそ学生が平日の昼間から……ああ、今は夏休みか」


 もう八月に入っている。

 現在高校三年生の沙月は高校生活最後の夏休み中だ。


「……」


 納得した秤に対し、沙月は何も答えず黙って視線を逸らす。

 こうした態度も秤の知る沙月となにも変わらない。


「ちなみに、俺もサボっているわけじゃなく、仕事で使う調べものに来ただけだ」


 沙月がそんなことをするとは思えないが、クレームが入ったら困るのは事実だ。

 業務の一環なのは間違いないにしろ、異世界関連の仕事などと公言はできない。

 かといって表向きの仕事である、天災対策情報精査室の業務内容からはかけ離れすぎている。


 応援室自体が市長派の一員だと思われている以上、クレームがつけば他の派閥が挙って問題にしてくるに違いない。

 そうなってからでは魔法で誤魔化すのも簡単ではないだろう。


「ふーん。というか、そんなことを聞きに来た訳じゃない」


 だろうな。と口には出さず続きを促すと、沙月はもう一度飲み物で喉を潤してから、殆ど睨み付けるようにこちらをじっと見つめて言った。


「この間は、なんかよく分からないうちに乗せられたけどあのときの私はなにかおかしかったから。あれが普通だと思わないで」


「……」


「なに、その顔」


「なにを言うかと思えば。そんなことか」


 思いがけない内容を余りに真剣な顔で言われ、つい笑ってしまうと、対照的に沙月は目をつり上げた。


「私にとっては重要なことなの。あのときの私は絶対におかしかった」


 唇を噛む沙月を前に、秤はコーヒーを口に運び思案する。

 さてどう言い訳をするべきか。


 実際、あの時の沙月は森羅の魔法で思考を操られていたのだから、おかしいのは当然なのだが、そのまま言えるはずもない。

 細かなことに気がつく割に、後には引かないという沙月の性格上、深く考えることなく忘れると思っていたが、未だに引きずっている辺り、なにか思うところでもあるのか。


(──仕方ない)


「あれじゃないか? 君が俺に一目惚れして警戒心が無くなって──」

「はぁ?」


 殺意を纏った剣呑な瞳で射抜かれる。


「いや、冗談だよ」


 取りなすように笑うと、沙月は分かりやすくため息を落とした。


「私、その手のくだらない冗談は嫌いなの」

(知ってるよ)


 そして、怒った後は直ぐ冷静になり、表面上は取り繕って、自身の中で怒りが完全に鎮静化するまで話題を変えて誤魔化そうとすることも。


「……ところで、仕事と言っていたけど、調べものか何か?」


 やはり。

 強引な話題転換にも動じずに、秤はイスの上に置いていた本を改めてテーブルの上に戻した。

 その表紙を見て、沙月は眉を顰める。


「アニメの本? これが仕事?」


「アニメじゃないけど……まあ、それはどうでも良いか。今人気らしいんだけど、あんまりこういうのは読まないか?」


「小説自体あまり読まないから」

(それも、知ってる)


 沙月は読書家ではあるが、読む本は小説ではなく親書や雑学などのハウツー本の類が殆どだった。


「事故で死んだ子供が、特別な能力を手に入れて異世界で活躍する話」


「ああ。うちの小さいのがそういうの読んでた気がする」


 それは秤も覚えている。

 様々な事情があって施設に預けられている子供たちにとって、無料で読めるウェブ小説は良い娯楽だ。

 そのことを思い出すと同時に、わざわざ本屋で探さなくても、無料の小説投稿サイトで探せば良かったとも思いつくが、後の祭りだ。


「特別な力」


 ぽつりと呟く。

 変なところに食いついたと思いつつも、せっかくなので聞いてみる。


「そう。何でも好きな力が貰えるとしたら、どんな力が欲しい? というのが今調べてる内容でね。まあ今時の子供の考えを調べるためのアンケートみたいなもの。サンプルが欲しいんだ」


 市役所職員が集めるにしては奇妙な内容だが、秤の問いかけに彼女は特に異論を挟むことなく、視線を上に向けて少し考え込んだ後、告げた。


「私は人に何かを貰うのは好きじゃないからそんな力はいらないけれど」


 そう前置きをしてから、沙月は秤の目をまっすぐ見つめた。


「施設の子供たちがなにを望むかは分かるよ」


 貴方にわかる?

 そんな言葉が聞こえてきそうな挑発的な流し目に、秤も思案してみるがこれといった物は思いつかない。


「……なに?」


 少し前まで施設で暮らしていた秤が思いつかないのだから、それ以後に施設内で流行っているものでもあるのだろうか。

 そう思って問いかけると、沙月は小さく鼻を鳴らした。


「普通の家、普通の家族、そして──普通の生活」


 指折りで数えながらも、視線は動かさずこちらを真っ直ぐ見つめたまま告げられた言葉は、ぞっとするほど冷たい響きを持っていた。

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