第68話 昔話をしよう
そのまま病院の外に出て、駐車場に戻る。
ここに来るのは今日で三度目だが、駐車場にはいつも車が多い。
そんな中でも秤が乗ってきた2トントラックは非常に目を引いている。
いつ神託が降りるか分からないため、トラックで来ていたのだが、軽トラならまだしも、このサイズのトラックで病院に乗り込んで来る者など滅多にいるはずもないからだ。
「おい。さっきのトラック見たか?」
こちらに向かって歩いてきた、若い男の二人組の片方も、チラと後ろに目を向けながらトラックの話題を口にした。
「何が?」
もう片方の男が手にしていたスマホから目を離さず言うと、男は大げさに息を吐いた。
目立つとはいえトラックを見たぐらいで、ずいぶんな騒ぎようだ。と思ったのも束の間、続く男の言葉に眉を顰めた。
「すっげー美人が立ってた」
「マジで? 美人のトラック運ちゃんか?」
「違う違う。スーツっぽいの着てたから。でも、スカートの下がメチャクチャ綺麗な生足でさ。バンパーのところに座ってたから運転手でも待ってるのかも」
そんな会話をしながら、もう一人も後ろを振り返ってトラックを確認しようとしていたが、そこからでは見えず、かといって戻ってまで確認するつもりもないようで、もっと早く言えよ。などと文句を垂れていた。
スカートスーツで生足とくれば思いつくのは滴だけだ。
しかし、彼女とは午前中に分かれ、市役所に戻ると言っていたはずだ。
わざわざここまで来たということは何かあったのか。
歩く速度を速めてトラックがある駐車場の隅にたどり着くと、そこには予想通りの人物が立っていた。
「よう」
先の男が言ったように滴がトラックのバンパーに腰を下ろしていた。
彼女は秤に気付くなり、ニッコリと太陽のようなまぶしい笑顔を浮かべ、手をヒラつかせて出迎えた。
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「いやよく考えたら遠視するだけなら、市役所戻る必要も無いと思ってな。飯食いながら調べてたんだよ。んでついでにここを見たらまだトラック停まってたから送ってもらおうと思ったわけ。遠視しまくって疲れちまったからさー。いやー、本当に頑張ったわ」
さあ誉めろ。と言わんばかりに滴が胸を張る。
「偉い偉い。ついでに足を隠せばもっと偉い」
座席の下の空間では、薄青色のヒレが揺れている。
乗り込んですぐ変身魔法を解いたのだ。
「ここなら見えないだろ。こっちは疲れてるんだから、これぐらい大目に見ろよ」
「……はいはい。で、結果は?」
適当にあしらったのが気に入らないのか、滴はフン。と不満気に鼻を鳴らしたが、すぐに切り替えて報告を始める。
「事前に当たりを付けてたところは、どこも五分を越えるところは無かった。でも一個、良いところを見つけた。ほら、ここ」
バシバシと地図を叩く音が聞こえるが、チラ見程度ならともかく、運転中にしっかり確認はできない。
「ちょっと待て、どっかで止まるから──」
近くにトラックを止められるスペースがないか探すが、あいにくと一本道が続いている。
「必要ねーよ。ここだもん」
「……ここ?」
同じ言葉を繰り返す滴だが、込められたアクセントが先ほどと違うことに気づく。
「そう。この道路。見覚えあるだろ?」
「そりゃあな」
昨日来たばかりだ。忘れるはずがない。
小山のようになっているがんセンターをグルリと囲む道の一つで、反対側には田圃が広がっている。
秤と滴が昨日、病院を抜け出してきたカガヤカオルを待ち構えていた場所だ。
遮るものがなにもなく、見通しのよい場所であることに加え、カガヤを助け出した時、頻繁に車が通っていたこともあって、初めから選択肢から外していた。
「この道なら神託が降りたら直ぐに来られるし。また脱走って騒がれてもどうせ直ぐ居なくなるんだ。捕まる前に送れるだろ?」
「確かに。若干カーブはかかってるけど一本道だしスピードも出せるか。でも、交通量は?」
小山を囲んでいるため自然と道はカーブしているが、ハンドル操作が必要なほどではない。
この道なら必要な速度を出すことは十分に可能だが、問題はスピードを上げる間車が来ないかどうかだ。
と思ってバックミラーを見ると、道路上には秤たちのトラック以外、一台も車が無いことに気付いた。
「あんときは結構車通ってたけど、この時間帯なら全然車通らねーんだよ」
「そうか。面会終了までまだ時間あるからな」
病院以外は何もないこの道を通るのは、面会に訪れた者くらいだ。
緩和ケア病棟に入院している患者は、みな余命宣告を受けた者ばかりなので、見舞いに来た者もできるだけ長く一緒に居たいと考える。
この時間でも駐車場に車が大量に停車していたのもそれが理由だろう。
「じゃあ、ここを重点的に後は何度か時間帯を分けて調査するって感じでいいか」
今の時間帯で問題ないからと言って、他の時間はどうかは分からない。
特に面会時間の開始と終了前後は車の出入りも多くなるに違いない。
「はー? これ以上アタシを働かせる気かよ」
「仕方ないだろ。朝日さんたちはまだ戻ってこない。小子の遠視は紙を媒介にするから、こんなところで使ったら上のがんセンターから丸見えだ」
「だったらお前がさっさとレベル上げて魔法使えるようになれ。遠視はどの異世界でも初歩の魔法なんだから」
「覚えろって言われてもな、そもそも俺にレベルなんかあるのかね」
「シンラが見えたって言うんだからあるんだろ」
先ほどカガヤに語ってきたばかりだが、異世界には様々な種類が存在する。
その中でもレベルという概念がある異世界は多い。
森羅が使える中で他者の強さを測定する魔法があり、それを使って秤を見たところ、応援室にきた当初は1だったレベルが現在では5まで上がっていると言っていた。
とはいえ、ゲームで在りがちなレベルの上昇に伴い力やスピードなど、身体能力も上がったということであればともかく、体にはなんの変化もない。
せめて魔法の一つでも使えるようになれば話は別だろうが、今のところその予兆もない。
前回の異世界送りで得た経験値によってレベルが上がったらしいが、今回の件を解決して更にレベルが上がれば、そのときこそ何かが変わるのだろうか。
「魔法、か」
(あいつが最初に覚えたのは変身魔法だったな)
チラと視線を滴の足下に向ける。
運転中だったので、ほんの一瞬だが、当然のように滴は視線に気がついた。
「何だよ人の足をジロジロと」
「足じゃなくてヒレだろ」
「いいんだよ。アタシにとってはこれが足なんだから」
そう言うと、滴は器用に人魚の下半身を座席の奥から取り出して真ん中の座席に載せ、秤のわき腹を突いてきた。
しなやかに動いているヒレも先端は堅いらしく、薄い鉄板のような硬質な感触が伝わり、地味に痛い。
「運転中はやめろ」
「はいはい。で?」
先ほどの意趣返しのつもりか、適当な返事をする。
「……別に足を見てたわけじゃない。変身魔法が使えたら便利かと思ってな」
本当はセンドウのことを思い出していたのだが、それを知られたくは無かったので適当な言い訳を口にする。
実際、変身魔法は転移と並んで非常に便利な魔法だ。
だからこそ、センドウからどんな魔法から覚えたらいいか相談された際、攻撃魔法ではなく変身魔法を勧めたのだ。
「いや、そうでもない。少なくともあっちの世界じゃ特に役に立たない魔法だったよ。好き好んで足生やす意味なんてないしな」
「足が生えるのは年寄りの証。だったか?」
以前滴が語っていた人魚の生態だ。
個人的には、そうやって変身することで敵の油断を誘うという使い方ができると思うが、そんなことを言えばヒレで叩かれそうだ。
「まーな」
突き放すような物言いは、以前がんセンターの患者たちに対し悪態を吐いていたときに似ていた。
やはり、触れられたくない異世界でのトラウマのようなものがあるのだ。と察して口を閉じる。
それ以上、こちらからはなにも告げず、まっすぐ市役所へ向かおうとしたが、窓の外を眺めたまま、滴がぽつりと呟いた。
「あそこに車止めろ」
「え?」
滴が指したのは、田圃の真ん中に設置された野菜の自動販売スペース。
駐車場も広く、トラックを停めても問題ない。
止める必要はないと言っていたのに、なぜ今更。と思っていると彼女はこちらに視線を戻し小さく鼻を鳴らした。
「ちょうどいい機会だ。聞かせてやるよ。アタシが行ってた異世界の話」
そう言った滴の顔にはどこか決意じみたものが浮かんでいた。




