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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第三章
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第67話 次へ繋がる第一歩

 カガヤカオルが入院している個室の前で、一つ深呼吸をする。

 心臓が早鐘を打ったように高鳴り続けていた。


 理由はいくつかある。

 

 朝日から任せられたリーダーの重圧。

 滴に探して貰っている道路だけではなく、カガヤの体調が持つか、持ったとして上手く病院から連れ出せるかどうかなど、計画遂行に際し細かな部分が決まっていないこと。

 ずっと失敗が続いていて、もうミスは出来ないという想い。

 そして何より──

 

 これがセンドウが死亡して以後、初めての異世界サポート業務であることだ。

 ここ最近、何かと忙しかったせいで、あまり思い出さずに済んでいたが、この業務をするとなればどうしても意識してしまう。

 

 実のところ、道路探しだけなら遠視で十分だと気づきつつ、そのことを言わなかったのはそれが理由でもある。

 一人でこの仕事をするのが怖かったのだ。


 あのまま滴が気づかなければ、なし崩し的に一緒に連れて来られるかと思ったのだが、滴の歯に物が詰まったような物言いから、既にそのことに気づいているだと察したため、あえて自分から口にした。

 結果、秤は一人でここにいる。


(よし!)


 ならばもう、覚悟を決めるしかない。


 口には出さず気合を入れ、秤はようやく部屋の扉をノックした。


「どうぞ」


 直ぐに返事があり、室内へと招かれる。


「釣合さん。今日も来てくれたんですか?」


 ベッドから起きあがろうとするカガヤを押し留めつつ、秤は来客用に用意されていた丸いパイプイスに腰掛けた。


「今日は顔色が良いね」


 緊張を隠しつつ、当たり障りのない話をする。

 実際、昨日別れてからまだ丸一日と経っていないはずだが、血色は目に見えて良くなっていた。


「これのおかげですよ。先生も驚いてました」


 屈託ない笑みを浮かべ、懐から護符を取り出す。

 彼はそう言うが、殆どが拡散されている以上、護符だけでそこまではっきり効果が出るとは思えない。

 おそらくプラシーボ効果だ。


 これまで日増しに近づく死に怯えることしかできなかったカガヤにとっては、たとえ異世界への転移という形だとしても人生の続きを夢見ることができるだけで救われたのだろう。


 もちろん、それをわざわざ指摘する気はない。

 最低でも後十日は彼に元気な状態でいてもらわなくてはならないのだから。


「それは良かった。くれぐれも医者や他の患者に見つからないようにね」


 特別な才能が必要な魔法と異なり、護符は誰であっても、肌に直接触れさせるだけで効果が表れる。

 しかし、問題となるのは回復の際現れる粒子だ。

 これは一般人でも目視できる。

 とはいえ布団の中で発生させれば隠せる程度の淡い光だが、それでも万が一他者に見つかると面倒だ。

 

「分かっています……それで、今日はどうしたんです? もしかして、もう異世界に行く日が決まったんですか?」


 瞳が輝く様を見て、秤は苦笑する。


「いや、それはまだ。ただ異世界に行く前に準備をしておいた方が良いと思ってね」


「準備?」


 ああ。と頷きつつ、持ってきた鞄からファイルを取り出そうとして、一瞬手が止まる。

 このファイルには、これまで秤が異世界サポート業務を行った際、使用した資料が纏められている。

 つまり、ここに記されている内容一つ一つがセンドウを思い起こさせるものなのだ。

 それを使って説明することで、また彼のことを思い出してしまうのではないか心配になった。


「釣合さん?」


 動きを止めた秤を怪訝に思ったカガヤが、声をかける。


「あ、ああ。いや、なんでもないよ。大丈夫」


 自分に言い聞かせるように呟きながら、改めてファイルを取り出した。


「お勉強だ。異世界に行った後、必要になる知識のね」


「勉強、ですか?」


「ああ。異世界とは書いて字の如し、こことは異なる世界。当然こっちとは常識やルールがまるで違う世界がいくらでもある。対策を立てておくに越したことはないよ」


 その言葉を聞いたカガヤは神妙な顔つきで頷き、手に持ったままの護符を大切そうに懐へ戻し、聞く姿勢を取った。


「どんな世界に行ったとしても、真っ先にやらないといけないのは、安全の確保」


「安全?」


「ようするに衣食住。どんな世界であっても、その三つ、特に食と住を確保しないと始まらない」


 本来、何も知らない土地に突然送られて、裸一貫でゼロから衣食住を得るのは相当難しい。

 そもそも言葉が通じるかさえ不明なのだから。

 しかし、異世界送りによって飛ばされた場合は、そこまで心配する必要はない。

 目的が他の異世界を管理している別の上位存在が長年ため込んだ淀み、つまりは不調原因を物質化した存在を消すことにあるためだ。


 あちらの上位存在としても、せっかく送り込まれた転生者が何もできず簡単に死亡されては困る。

 その対策として、ある程度意志疎通が可能で、安全な場所に送られるケースが殆どだという。

 それでも転生直後が最も危険なのは間違いない。

 今から話そうとしているのは、その転生直後を少しだけ楽にするための知識である。



 初日と言うこともあり、まずは大ざっぱな異世界の区分(朝日たちから聞いた異世界も含めて)を説明した。

 秤がこれまで得た情報を総合した結果、飛ばされる異世界は大まかに分けて三つに分類されている。


 一つは小子が居たような地球によく似た世界。

 この場合は、こちらの世界で得た知識や経験がほぼそのまま利用できるため、一番楽だ。


 二つ目は、滴や森羅が行っていた世界のような、地球とは根本から異なる、本当の意味での異世界。

 この場合は、とにかく世界の情報を集めることが重要となり、必然的に衣食住の確保がどれだけ早くできるかで、その後の難易度が変わってくる。


 最後の三つ目は朝日が行っていたようなゲームやマンガ、アニメの世界に酷似した世界。

 この場合は、元となった世界を知っていればかなり楽になるが、知らければ二つ目と大差ない。


 そうした世界の違いに関する説明を、カガヤは時に質問を交えながら真剣に聞き入り、メモまで取っていた。


「そっか。あっちの文明レベルによっては、食材の調達手段が狩りとか漁になることもあるんですね」


「そう。ただそちらに関してはいくら知識があっても簡単にはいかない。だから、現地の人との交渉が重要になる」


「交渉……正直、自信ないです」


 力なく笑うカガヤの言葉ももっともだ。

 中学生の少年では、交渉の経験など殆どないだろう。


「それも当然。だから知識が必要なんだ」


「なるほど。交渉術を学んでおくってことですね」


 納得して頷くカガヤに再度苦笑を返す。


「交渉術に限らず、医学、化学、物理学、農業、政治、軍事、はたまたおばあちゃんの知恵袋に至るまで。とにかく何でも覚えていった方が良いよ」


 センドウのように異世界基準でもずば抜けた能力(チート)を手にしてスタートできる場合もあるが、全ての異世界で適応されるわけではない。


「交渉材料となる商品がなければ、そもそも交渉のテーブルに着くこともできない。そして頭の中に入れた情報はこの世で最もかさばらない商品だ。上手く使えば様々な物と交換できる」


 知識とは、チートや物品の持ち込みという運の要素が絡む物に頼らずとも、頭に詰め込んでおけば、それだけで武器になる。

 だがこれは学校の勉強とは異なり、無理に詰め込ませても本当の意味で使いこなすことはできない。


 センドウは違ったが、滴が担当した転生者はまさにそうしたタイプだった。

 せっかく異世界にやってきたというのに、あれこれと指示を出されたことにうんざりして勝手な行動を取り、それを咎めた滴と盛大な言い争いに発展し、結果滴は担当を外されることになった。


 だからこそ、何故必要なのかをきちんと言い聞かせることが重要となるのだが。

 果たして上手く伝わったかどうか……


「スゴい!」


「え?」


「頭に入れた情報は最もかさばらない商品。その通りだと思います!」


 先ほどとは違う意味で瞳を輝かせ、興奮気味に言う。

 ここまで食いつかれるとは思っていなかった。

 第一この言葉も秤が考えたものではない。

 転生者をその気にさせて、勉強させるための標語として余所の異世界係が考案したものをそのまま口にしただけなのだ。


「そ、そういうこと。と言うわけで早速いくつか説明するね」


「よろしくお願いします」


 力強く頭を下げて言うカガヤに、若干の気まずさを覚えつつも、やる気になったならそれで良い。と自分を納得させる。

 ファイルのページを捲り、説明を開始した。




「……今日のところはこれくらいかな」


 話が一区切りついたところで、秤は腕時計の時間を確認する。


 時刻は午後四時。

 異世界送りが終わるまでは、毎日全員で情報のすり合わせを行うと決めている。

 そろそろ戻らなくては、定時で上がることができなくなるため、また滴が文句を言ってきそうだ。

 後は明日に回したいところだが、面会時間はまだ残っている。なにより以前言われたことを思い出してしまった。


 明日がある保証なんて無い。


 その言葉を思い出すと、帰ると言うのが気が引ける。

 腕時計とカガヤの顔を交互に見ていると、ファイルとは別に用意した要点のみを纏めた書類を読んでいたカガヤが顔を上げた。


「分かりました。僕もこれ読んで、聞きたいところを考えておきます。次は、いつ来ていただけますか?」


 あちらの方から、次。と口にしたことに驚いていると、カガヤは照れ笑いを浮かべる。

 それを見て秤も笑って告げる。


「明日、また来るよ」


「ありがとうございます。また明日」


「ああ、またな」


 軽く手を挙げて部屋を出て、そのまま病院を後にする。

 四時を過ぎてもまだ日は落ちず、蒸し暑さが残っていたが、それが気にならなかったのは、思った以上に異世界サポート業務を上手くこなすことができたためだ。


 センドウが死んだと聞かされて以来、立ち止まっていた場所から、ようやく一歩踏み出せたような気がした。

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