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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第三章
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第65話 明日からの予定

「はぁ」


 車に乗り込んだ後、深いため息を吐く。

 そのままハンドルを両手で抱くように握って身を屈ませていると、先に助手席に乗り込んでいた滴が明るい声を出した。


「なんだよそのため息。とりあえず問題はなかっただろ? 魔法のことは喋らないって約束させて護符も渡せた。異世界送りのときには外に出てトラックでの転移にも協力してくれる。万々歳じゃねーか」


 病棟の中庭に転移で現れた後、滴は全てを語った。

 異世界の存在と、そこに人を送り込むために天災を引き起こす上位存在。

 その対象にカガヤカオルが選ばれたこと。

 異世界送りの後は、世界改変によって自らの痕跡も消えてしまうことも含めて、全てだ。


 ただ生きることが目的だと言っていたカガヤカオルも、流石に家族や友人たちの記憶からも消えてしまうことはショックだったようだ。

 しかし、最終的にはすべての話を信じた上で、余計な被害を生まずに済む異世界送りの意義も認め、その段取りに関しても、全てこちらに一任すると言ってくれた。


 それまで肌身離さず護符を持っているようにも伝えたため、滴の言うように、元々予定していたやるべきことは全て達成したことになる。

 しかし。


「それは──」


 結果論だろ。と続けようとした秤だったが、途中で口を噤む。

 あのとき、滴がやってこなければ、秤自身が異世界の話をしていたに違いない。

 そうならなかったのは、たまたま同じタイミングで彼女が現れたおかげだ。

 そんな自分に彼女を責める資格は無い。

 しかし、滴は黙り込んだ秤を見て何か勘違いしたらしい。


「それにほら。アタシが動いたのはさ。秤が出したメールの返事、あれが届いたからなんだよ。魔法の隠蔽も含めてこっちに任せるって」


 取り繕うような声を上げ、無理矢理秤をハンドルから引きはがすと、スマホの画面を見せてくる。

 画面には滴が言った文面がそのまま載っていたが、画面端にスクロールバーがあることに気付く。


「ん?」


 無言で確認する。

 メールの末尾には、まだしばらく応援室には戻れないと書かれていた。


「二人はまだしばらく帰れないみたいだな」


「あ、ホントだ。あの二人、そもそも今どこにいるんだっけ?」


「さぁ? 市長から仕事を頼まれたって話だけど」


 改めて考えてみると疑問だ。

 午前中滴も言っていたが、異世界送りは応援室にとって最も大事な仕事のはずだ。

 それに加え、転生予定者に魔法の存在が露見したという危機的状況にあっても戻ってこずに、全てこちら任せにするとは一体どんな仕事を頼まれたのだろうか。


「どっちにしても、このことも朝日さんに報告しないとなぁ」


 魔法隠蔽に関して全て任せると指示が出ていたとしても、それがそのまま全てを話して良いと言われたことにはならない。


 ホウレンソウの徹底を提言したこともあり、報告しない選択肢はないのだが、昨日から、いやこの件に関わってからずっと失敗続きという事実に打ちのめされ、動く意欲が湧いてこない。


「まあ、それについては……ドンマイ」


 サムズアップと共に浮かべられた滴の笑顔を見て沸き出す怒りを燃料として、秤はキーを回してエンジンを掛けた。



 ・



 公用車を返した後、応援室に戻った二人は留守番をしていた小子から新しい神託は届いていないことを告げられた。

 そのことに安堵しつつ、今日の件を報告書という名の始末書に纏め、メールに添付して送信したタイミングで、ふいに滴が口を開いた。


「あのガキの異世界明日からは時が来るのを待つだけだな」


 朝日たちがいないのをいいことに、自分の席ではなく応接ルームのソファで休んでいた滴に目を向ける。


「いやいや。まだやることはあるから」


「ん?」


「異世界サポート。って言っていいのか。あっちに行ってから困らないように、必要な知識とか教えに行くって。聞いてただろ?」


「あー。言ってたな。でもそれ、別にアタシが行く必要ないじゃん」


 あっさりと、さも当然のように言う。

 始末書制作までこちら任せにしていた件と併せ、流石に苛立ちを覚えたが、なんとか冷静さを保って続ける。


「……そりゃそうだけど。他にもやることはあるの分かってるか?」

 

「他?」


 不思議そうに首を傾げる。

 忘れているわけではなく、単純に思い至っていないという顔だ。


「何だよ。護符も渡して本人も協力する気になったんだろ?」


「……場所、でしょ?」


 秤が口を開く前に、小子が言う。


「場所って?」


「……あの大きな導具を加速させられる場所」


「正解。邪魔されずに加速できる道がないと異世界転移は実行できない。当日までに見つけないと」


 対象の魂だけ送る異世界転生に比べて、身体ごとそのまま異世界に送り込む異世界転移の場合は、莫大なエネルギーが必要となる。


 そのためにトラックという一般車より重量があり、ぶつかったときの衝撃が大きい車両を使用する訳だが、力とは重量と速度の積によって決まる。

 重さはなんとでもなるが、早さを出すためには、人通りが少なくなおかつ十分に加速させられる長い直線がある道路が必要なのだ。


「前に使ったところでいいだろ? あの丘の上の──ああ」


 言いながら自分で気づいたらしい滴に秤は頷きかける。


「そう。いくら護符の効果があるっていっても、今の状態であんな場所まで連れていくのは難しい」


 そもそも病院からあの場所まではかなりの距離があるため時間が掛かりすぎる。

 その間、警察にでも連絡されて捕まってしまうと、それこそ異世界送りに間に合わない可能性もある。


 だからこそ、病院から正式に外出許可を貰うか、無許可で連れ出した場合でも、警察に連絡が入る前に異世界送りが可能な近場で探さなくてはならないのだ。


「それをアタシが探すの?」


「小子は神託待ちで、俺は病院に通う。二人はまだ帰ってこないとくれば滴しかいないだろ。あ、言っとくけど、地図だけじゃ探せないからな。長い直線もそうだけど、交通量が少ないのが絶対条件だから」


 速度が上がれば上がるほどエネルギー量も増えるのだから、車速を出せるに越したことは無い。

 前回の異世界送りでは最終的に六十キロは超えていたはずだ。交通量の多い場所では、それほどの速度を出すのは難しい。


「んんー。あ! ここ市役所なんだから、道路の交通量とか分かるんじゃね? ほら、なんか椅子に座ってカチカチ数えるやつ」


「交通量調査か。確かに役所でやってるはずだけど、あれは交通量が多いところを調べるんだろ。俺たちが探すのは基本的に車が来ない場所だ」


「あー、面倒くさい」


 ガシガシと頭を掻いて苛立ちを表現していた滴は、不意に何かに気づいたように、顔を持ち上げた。


「つーかさ、もうその辺は明日にしようぜ明日。もう定時過ぎてるじゃん」


 釣られて壁を見るといつのまにか五時を過ぎていた。


「……そうだな。朝日さんからの返事も直ぐには来ないだろうし、続きは明日にするか」


「そうそう。やっぱり市役所は定時上がりのえーっと、あれ。そうホワイトじゃないと」


 酷い労働環境を指すブラック企業の反対としての意味だ。

 彼女が転生する前には無かった概念のせいか、いかにも言い慣れていない口調だった。


 市役所だからといって全部署がホワイトと言うことは無い。

 そもそも定時を過ぎた現在でも、かなりの職員が残業しているのは間違いない。

 しかし、異世界転生応援室は、その数少ない例外部署であることも事実。


「んじゃ。場所を探すのは明日までに担当の滴が考えておくってことで」


 今日一日の憤りを晴らす意味も込め、ここぞとばかりに付け加える。


「いやいやいや。それも明日みんなで考えようぜ」


「ふぅ。仕方ないな」


 本気で慌てたような言い方に、ようやく溜飲が下がり、秤はニヤリと恩着せがましく笑った。

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