第63話 転生予定者カガヤカオル③
互いに自己紹介を行ない、カガヤカオルと付き添いの看護師は改めて彼を助けてくれたことに対する礼を口にした。
その後、看護師は何かあったら直ぐに呼んでくれと、無線式のナースコールを残してその場を離れていった。
「……」
「……」
どちらとも口火を切らず、互いにさぐり合いを行うような微妙な緊張感が流れていく。
秤としては話の主導権を握りたいのは山々だが、先に相手が件の魔法についてどこまで知っているのかを確かめたい。
つまりは単純に滴と秤の会話を聞いただけなのか、それとも滴が使用した魔法の発動まで見ていたのかをだ。
それを探るために相手の出方を見ようと、秤は敢えて自分から話を切り出そうとはせずに、先ずは相手を観察する。
滴の使用した魔法と護符の効果で体調が回復したものだとばかり思っていたが、顔色の悪さは先ほどと大差ない。
これでは病院も面会を渋るはずだ。
そんなことを考えている秤を余所に、カガヤカオルは、ふと思い出したように、そうだ。と一言口にすると入院着のポケットに手を入れてスマホを取り出した。
「あの、先ずはこれお返します。勝手に電話を使ってすみませんでした。通話料は──」
「ああ。大丈夫ですよ、それくらい。仕事用ですから」
苦笑しながらスマホを受け取ると、カガヤカオルがほっと安堵の息を漏らしたのが分かった。
たかが一度の電話。
通話時間も一、二分程度であればせいぜい数十円だ。
人にってはその程度のことでいちいちお金のやりとりなんて。と初めから触れることもないような小額である。
しかし、細かいことを気にするタイプの人間にとっては大問題だ。
秤自身もそうしたことが気になるタイプだからこそ分かる。
そしてその手の人間が、勝手に他人の電話を使って連絡を取り、今直ぐに会いたいと自分の都合を押しつけることがどれほど勇気が要ることなのかも。
「それで。あの、さっき電話で話したことなんですが──」
意を決したように話し始めるカガヤカオルの声は震えていた。
彼がどういったタイプの人間なのか確信した秤は、わざと少年の言葉を遮った。
「魔法、と言ってたね。それはあのアニメとかゲームでよくある、何もないところで火を起こしたり、空を飛んだりするあれのことだよね?」
話を逸らしつつ、嘲笑混じりの笑みを浮かべる。
気の弱いタイプならこうした態度を取られるだけで萎縮して話の主導権を握れるかと思ったが。
「……ええ。それと、治るはずのない病気が治ったりする魔法です」
少年はくすりともせずに真剣な眼差しで秤を見続けるだけだ。
その強烈な意志が込められた瞳は、他のことはともかく、この話題に関しては一歩も引かないと宣言しているかのようだ。
(これは誤魔化すのは無理だな。となると、問題は目的か)
魔法の存在を知り、それを秤に話すことでカガヤカオルがなにを得ようとしているのか。
とはいえ、そちらに関しては彼の境遇を考えれば答えはでているようなものだ。
「あの光景を見たとはいえ、魔法なんてよく信じたな」
諦めにも似た息を鼻から抜いて言うと、少年は力無い笑みを浮かべた。
「僕の家は結構裕福なんです」
唐突な語りに、コンシェルジュ付きの大きなマンションを思い出す。
「その上僕は一人息子ですから、病気が見つかってから両親はお金を惜しまず、最新治療とかまだ認可が下りていない治験中の新薬だけじゃなく、よく分からない民間療法とかも次々受けさせてくれました。中には明らかに怪しい宗教じみたものまでありましたから。魔法も僕にとっては似たようなものですよ」
ははは。と乾いた笑いを浮かべた後、笑みを納めた少年はただ。と前置きをすると改めて秤を見て続けた。
「貴方たちの魔法には本当に効果があった。だから信じた、それだけです」
「……体調が回復しているようには見えないけどな」
視線を少年の足下に向ける。
顔色もそうだが、枯れ木のように細い足はベンチに座ってしばらく経った今も微かに痙攣している。
少なくとも護符と魔法によって体調が目に見えるほど回復したとは思えない。
それでも効果があったとなぜ分かったのか。
視線でそう問うとカガヤカオルは再び小さく笑みを浮かべる。
「それは、分かりますよ。自分の体のことですから。ほら。よく言うでしょ? 自分の体のことは自分が一番よくわかってるって。あれ、勘違いだとか、医者の方がよく分かるとか言う人いますけど、本当は違うんですよ。僕みたいに毎日毎日体と会話しながら生きているような人間にとっては、自分のことは自分が一番よく分かってるんだ」
突然饒舌になったカガヤカオルの瞳には、先ほどまでの強い意志に加え、狂気の混ざった喜びが見え隠れする。
「あの光に包まれた瞬間、確かに僕の体は回復した。回復したんだ! そのときに貴方たちが魔法と言っているのが聞こえた。だから僕はあれが本物の魔法だと信じて、いいえ確信しています。貴方たちは本物の魔法使いだって」
力強く言い切った少年は、本気で信じているようだ。
秤の場合は、記憶や戸籍の消失から始まり、幼なじみの柊沙月に忘れられ、空を泳ぐ人魚である滴との邂逅に至ってもなお、半信半疑だった。
最終的にすべてを受け入れたのは、一度目の異世界送りと世界改変を目の当たりにしたことで、ようやく魔法。というより超常の存在を確信できた。
そんな魔法の存在をこうまであっさりと信じてしまうのは彼の言うように詐欺や宗教まがいの民間療法を受け続けたことで抵抗が薄くなっているのか、それとも現代医学では完治不可能として余命宣告を受けたが故に、藁をもすがる気持ちで超常の力に賭けているのか。
あるいはその両方か。
いずれにしても彼の願いが魔法による病気の改善だというのなら話は早い。
滴から託された護符を渡して、肌身離さず持っているように伝えれば良い。
そのまましばらく過ごしてもらえば、異世界送りの準備が整う。
その頃には今より体調も回復しているだろうから、更に信頼を得ることができているはずだ。
そうして病院の外に誘導し、トラックを使用して異世界に転移させる。
これで全て丸く収まる、滴も喜ぶだろう。
早速とばかりに、スーツの内ポケットに仕舞われた護符を取りだそうと手を入れて、直前で心臓が跳ねた。
「っ!」
何の前触れもなく突然心臓が大きく脈打つ。
護符を取るはずだった手で、そのまま心臓を上から抑え込むように握りしめるが、脈動は止まらずむしろ大きくなった。
「どうしました?」
そのまま顔を伏せ、テーブルの上に額を付けた秤を心配して声をかけてくるが、応える余裕はなかった。
(今度は何だよ)
なにかを決断した際に発生するこの心臓の脈動は、こちらの世界に戻ると同時に記憶ごと消えてしまった存在。
異世界で冒険をして、最終的には異世界を救った英雄であるツリアイハカリという人格の残滓だと結論づけていた。
三ヶ月ほど前、直接人を殺して異世界に転生させる方法ではなく、トラックを使用した異世界転移の方法を選んだときを最後に起こることはなくなっていたため、もう消えてしまったものだと思っていたが、どうやらまだ微かに残っていたらしい。
今度は何が気に入らないと言うのか。
心の中で悪態をつくも実のところ、その理由についても想像がついていた。
(何も知らせないまま送り出したらまた、センドウみたいなことになるかも知れない)
それは嫌だ。
そう心の中で認めた瞬間心臓の拍動が収まった。




