第62話 予想外の通話②
「倒れてたときから意識があったってことか?」
「どちらかというと、滴の完全回復魔法のときじゃない? 詠唱もそうだけど神気に拡散されたこともあって随分派手だったからな」
運転しながら、ダッシュボードの上に置いたスマホに目を向ける。
市役所を出る前、朝日に状況を報告するメールは送っておいたが、返信はまだ来ていない。
「しょーがねーだろ。アタシは他人に魔法掛けるの苦手なんだから。無詠唱もだけど、魔法に不可視化とか掛けるのも得意じゃないんだよ」
拗ねた口調で吐き捨てる。
別段滴を責めるつもりは無かったのだが、そう聞こえるような言い方をしたことは事実だ。
(しまった……仕方ない)
秤は慌てて、けれどそれは表には出さずに告げる。
「いや、提案したのは俺だからな。緊急事態とはいえ、先に相手の意識を確かめるなり完全回復魔法の特性を聞くなりしていれば良かった。全部俺のミスだ」
朝日室長になんて言われるか。と続けてわざとらしくスマホに目をやり、大きなため息を吐く。
これは、あえて自分のせいだと言った上で、そのことを強く後悔している様子を見せて逆に相手へ気を遣わせる。という手法だ。
性格的に単純でそしてお人好しの相手に絶大な効果を発揮するやり方だが。
「そんな気にするなよ。世界改変も起こってないんだから、シツチョーだって秤を叱ったりしないって」
滴はまんまと引っかかり、感情が怒りから慰めにシフトする。
彼女の面倒見の良さを利用しているようで罪悪感を覚えるが、話を円滑に進めるためだと、割り切って話題を変えた。
「世界改変が起こってないのは、知られたのが少数だからか。それとも相手が転生予定者だからか。どっちだと思う?」
魔法を初め、超常の存在が世に知られることを上位存在は嫌っているため、異世界送りの度に世界改変を起こすというのは、あくまで朝日の立てた仮説だが、個人的に的を射ていると思っている。
それを前提として問うと、滴は手を持ち上げてあっさりと告げた。
「そりゃ、転生予定者だからだろ。どうせ転生でこの世界から居なくなる奴なんだから、知られても関係ないってことだ」
「……なら。これ以上広まるのはまずいってことだな」
「そういうこと。ただ、アタシはそういう説得無理だからな。あのガキには魔法も使えないし、お前に任せるぞ、これも役割分担。それに名誉挽回のチャンスでもあるからな」
上げられた手が、肩に乗せられる。
(コイツ。俺に全部押しつけようとしてるな)
ここぞとばかりに仕事を押し付けようとする滴に思わずカチンと来る。
先ほどまで罪悪感を抱いていた自分が馬鹿みたいだと嘆きつつ、ふいに意趣返しを思いついた。
「なら。滴は俺のスマホ預けとくから、朝日さんから連絡来たら説明よろしくな。メールで知らせてって言われたから報告はメールにしたけど、動けるようになったら詳しく話を聞きたがるかもしれないからな」
「ええ!?? やだよ。シツチョーもそうだけどシンラも一緒だと、絶対小言言ってくるだろ」
案の定、不満の声を上げる滴に、秤はニヤリと笑う。
「役割分担、なんだろ?」
「ぬぐ」
自分の言った言葉を使われて、滴は反論できずに唸り声をあげた。
・
カガヤカオルから指定された場所は病室ではなく、建物内に作られた散歩スペースの一角だった。
ただし、先ほど彼が脱走を図った建物周りを取り囲む散歩コースではなく、建物中央の吹き抜けに造られた中庭部分だ。
先にナースステーションで面会を願い出ると怪訝な顔をされ、患者は現在面会できないと言われたが、カガヤカオルを発見した者だと名乗ると態度が急変した。
本来なら体調が急変したばかりなので、面会は原則禁止らしいのだが、恐らくはこの緩和ケア病棟というのが患者を治すことより、よりよい余生を過ごすための治療を行う病棟ということもあるのだろう。
本人が希望していることも合わせ、短時間という約束で許可が下りた。
その後、看護師からカガヤカオルに連絡が入り、彼が指定したのが、この中庭の一角にある談話スペースということだ。
こちらも芝生が敷き詰められ、あちこちに背の低い木なども生えていて、自然が多いが林から直接繋がっている周辺部と異なり、いかにも造られた庭園といった雰囲気がある。
そんな中庭に備え付けられた丸太製テーブルセットのベンチに腰掛けて到着を待つ。
日は落ちているが、季節は夏。周辺部分と異なり、四方を囲われた中庭では、風が通ることもないせいか、蒸し暑さを感じる。
そのせいもあるのか、中庭には他に散歩をしている患者の姿もなく、ひっそりと静まり返っている。
これを見越して人の居ないところで話をしようと、ここを待ち合わせ場所に指定したのかもしれない。
ある意味では好都合だが、四方を囲まれ、どの方向からでものぞき見ができる見通しの良さは計算外だ。
(滴。聞こえるか?)
現在、車内で朝日からの電話番しつつ待機している滴に念話をつなげる。
(……あ、ああ? 大丈夫。聞こえてる聞こえてる)
どこか慌てたような声は明らかに気を抜いていた証だ。
見張り役が誰もいないことを良いことに、車内でくつろいでいたか、昼寝でもしていたのだろう。
いろいろと言いたいことはあるが、今は時間がない。と気づかない振りをして話を進める。
(会うのは中庭になった。万が一のときは転移で来てもらうつもりだったけど、ここだと目立ちすぎる。悪いけどそのまま待機して居てくれ)
(りょーかい。そっちは任せた、巧いこと護符を渡すところまで行ってくれよ)
念話によって伝わる意志が妙に強くなったことに疑問を覚える。
(先ずは魔法ことを誤魔化す方が先だ。昼間回復させたから、しばらくは大丈夫なんだろ?)
念のため護符も預かってはいるが、一番の目的はそれだ。
そのことは事前に言っていたはずだ。
(こんな辛気くさいところに何回も来たくねーからな)
先ほどよりも更に強い意志が頭の中に直接響く。
自分の思っていることを隠すことなくダイレクトで伝える念話ならではの現象、つまりは冗談などではなく本気でそう思っているのだ。
(……)
念話ですらなんと答えていいのか分からず、思考が停止する。
先ほどこちらを気遣ったことからも分かるように、滴は粗暴な態度を取りながらも本質的には優しく、人の死などにも敬意を払うタイプだと思っていた。
(……一度念話切るから。なんかあったらこっちから魔法掛け直す)
そんな秤の混乱が伝わったのか、気まずそうな間を空けてから、それだけ伝えると、魔法によって頭の中に入っていた他人の思考を読み取る機関が消失した気配を感じ、滴の思考は届かなくなった。
(最後のは──)
念話によって伝わるのは、相手の考えている思考だけではない。
思いの強さや隠された感情も、言葉にせずとも伝わってくる。
念話が途切れる寸前に伝わってきたのは、行き場のない苦痛と悲哀、そしてなによりも、まるで自分の痛みであるかのように錯覚してしまうほど強い痛哭の念だった。
「……」
「お待たせしました」
滴が吐き出した感情の意味が理解できぬまま、先ほど電話で聞いたばかりのしゃがれた声が届き、秤は一端思考を止めると立ち上がり、カガヤカオルを出迎えた。




