第58話 作戦会議
あのままトラックで見張るのは流石に目立ちすぎるため、秤と滴は取りあえず異世界転生応援室へ帰還した。
部屋の中にいたのは小子のみで朝日と森羅はまだ戻っていないようだ。
これは正直ありがたい。
センドウの死を朝日から知らされた後、必死に秤を慰めようとしていた森羅を無視してしまった手前もあり、今はまだ合わせる顔がない。
「ようココ。二人は?」
そんな秤の心情を察したわけではないだろうが、滴が二人の話を振った。
「市長に呼ばれてから戻ってきてない。こっちの仕事は私たち三人に任せるって」
「ふーん。で? 新しい神託は下ったか?」
「……まだ」
応接ルームのソファの定位置に座った小子が言う。
テーブルの上には複数の書類とファイル。そして広げた地図上に幾つかの人形が置かれていた。
そのうちの一つ。一番大きく目立つ木彫りのコケシのような人形を秤は手に取る。
「なに?」
「目標の位置が変わった」
転生予定者を表す人形を持った秤を怪訝そうに見る小子の言葉に答え、人形を別の場所に置き直す。
がんセンター緩和ケア病棟の場所だ。
「がんせんたー? ってなに」
「癌専門の病院だよ」
「がん?」
「……早期に見つかればともかく、発見が遅れれば現在の医療でも治すのがほぼ無理に近い病気のことだ」
遙かに昔の日本から異世界に転生した小子は現代の常識に疎い。
彼女がいた頃は癌という病気はあっても、まだ別の名前だったのだろう。
「ふーん」
曖昧に頷く小子に対し、滴は閉口したまま、自分も定位置である小子とは反対側のソファに座る。
もっと色々と話し合わなくてはならないことがあるはずだが、話が進まない。
この面子の場合、無口な小子に質問をすることで、話を進める役である滴の口が重いためだ。
その理由に察しがつき、秤はこっそりと深呼吸をしてから切り出した。
「……小子。もし異世界送りの前に、転生予定者が死んだらどうなるんだ?」
現在最も気にしなくてはならないことはそれだ。
滴も理解しているはずだが、センドウの件で人の死に敏感になっている秤に気を使っていたのだろう。
気遣いはありがたいが、だからこそ、秤から切り出すことで滴にこの手の話題を口にしても大丈夫だと示す必要があった。
「ふん。確かに、それは確認しとかないとな。どうなんだ?」
こちらの意図に気づき、滴はどこか罰悪そうに鼻を鳴らしてから話に乗った。
二人分の視線を受け止めても小子は動じた様子もなく、しばし考えこんでいたが、やがて滴と秤をまっすぐに見つめて答えた。
「今まではなかったこと。だからはっきりとはわからない。けど、神様はきっと諦めない」
「諦めない?」
なにを。と秤が問う前に、小子は続ける。
「そう。異世界送り以外の理由で亡くなった場合、その人は送られないと思う。でも、神様にとって異世界に人を送るのは約束。それを違えることは、きっとない」
「つまり、次の候補者を起てて、もう一度異世界送りをやるってことか」
調子を取り戻した滴が、言葉の足りない小子の言いたいことを纏めると、彼女はその通りとばかりに大きく頷く。
「もう一度、か」
それでは転生予定者のカガヤカオルに続き、もう一人、転生予定者の死を見届けなくてはならなくなる。
何だかんだと言ってもセンドウの死から完全に立ち直ったわけではない今の秤にとって、それはキツイ。
「それは避けたいな……滴、例えばだけど、何とかカガヤカオルと接触したとして、奴の病気をお前の魔法で治すことは出来るか?」
そう。
手の施しようのない末期癌であったとしても、それはあくまで現代の医学での話だ。
彼女たちの魔法の力は現代の科学でも不可能なことを可能にする。それは医学でも同じではないか。
ゲームなどでよくある治癒魔法や、それこそ復活魔法などを使えば、カガヤカオルが異世界に行くまでの時間を稼げことは可能だ。
当然末期癌の患者が突然回復しては、大騒ぎになるだろうが、異世界送りが実行されればその痕跡すら消える。
つまり上位存在の世界改変を逆に利用してやろうと考えたのだ。
秤の言葉を受けて、滴は感心したように頷いたが、直ぐに何かを思い出したように眉間にしわを寄せた。
「確かに、それは出来る。アタシらの魔法は怪我だけじゃなく単純な体調不良や病気にも対応しているからな。ただ、それはあくまで普通の人間相手ならの話だ」
「普通って、転生予定者は別に普通の人間──そうか」
話ながら端と気づく。
「ああ。転生予定者は選ばれた時点で、体に神気が宿る。犬のマーキングみてーにな。奴にはもうそれが感じられた」
「滴。そういう言い方は、ダメ」
秤たちが上位存在を神として崇めている小子としては聞き逃せない発言だったようだ。
もっとも、上位存在を特別嫌っている森羅が言ったのならば、口には出さないかもしれないが、滴は上位存在を個人的に嫌っているわけではないため、自分の神が無意味に蔑まれるのは我慢がならないといったところだろう。
「はいはい。前にも言ったけど神気はアタシたちの魔法を弾く性質がある」
意図を察したのか、滴はそれ以上食い下がることなく手を踊らせて話を戻した。
「つまり、回復魔法も効かないってことだよな。小子、日取りの神託は降りてないのか?」
「……まだ。声が小さいから、しばらく先だと思う。多分十日くらい先」
「十日、か」
それまでカガヤカオルは保つだろうか。
と考えてみるが、そんなことは分かるはずもない。
そもそも彼の容態すら不明なのだ。
彼が運ばれた場所は治療を行うがんセンター本棟ではなく、末期患者の痛みを緩和するために作られた別棟だ。
彼が末期であるのは間違いない。
もう手の施しようがないからこそ、体調が良いときは一時帰宅して家族と過ごすこともできるとドラマや映画などで見た覚えがあった。
先ほどマンションにいたのは、そうした一時帰宅の最中だったが、突然体調が悪化してしまったため、急遽病院に送り返されたと考えれば、救急車がわざわざ遠くのがんセンターに運んだ理由も納得がいく。
そうなるとやはり問題なのは、救急車で運ばれるほど体調が悪化したカガヤカオルがあと十日も保つのかということだ。
秤と滴がどうしたものかと唸っていると、その様子を眺めていた小子が不意に口を開いた。
「……私の護符は?」
「あっ、そうか! それがあったな!」
「護符って、小子が作っているあの札みたいな奴か。あれも効果ないって言ってなかったか?」
応援室入り口の扉に張り付けられている達筆な文字と模様の刻まれた札は、人避けの結界を作り出すためのものだ。
しかし、彼女の使用する札に込められた神通力もさらに上位の力である神気には通用せず、魔法と同じく弾かれるとも聞いている。
「これも前に話したろ。神気はあくまで魔法を拡散するものであって、無効化するわけじゃねー。つまり、回復魔法でも全力で掛ければ少しは効果がある。問題は持続時間だ」
「持続時間?」
「回復魔法は本来ほとんど一瞬で治るけど、拡散された場合はゆっくりと時間を掛けて回復する。その間ずっと魔法を掛け続けなきゃならないわけだが、そんなことしてたら目立つ上、いくらアタシでも魔素が保たない」
ここはただでさえ魔素が薄いからな。と続けてから、滴は小子の肩に手を置き、そのままズイと秤の前に小子を押し出した。
「その点、こいつの護符は持っている間ずっと効果が発揮されるから魔素を込めまくった回復用の護符を作って転生予定者に持たせておけば、その間ずっと回復の効果が出続けるってわけだ。まあ、流石にアタシらの全力魔法に比べると効果は低いが、それでも最低限体調を悪化させずに維持し続けるぐらいのことはできると思うぜ」
「確かにあの人避けの札は張ってからずっと効果が出てるもんな。それの回復版を作ればいいわけか……小子、行けるか?」
この場合の行けるか。は札が作れるかどうか、というより滴の言っているように神気の魔法拡散を突破するレベルで回復効果を発揮する護符が作れるか。という意味だ。
「……大丈夫。私と神様の気は性質的に近いから、滴の魔法より拡散効果が少し低い」
言葉足らずかとも思ったが、小子はこちらの意図を正確に読みとり、その上で自慢げに言い放つ。
無表情で感情も乏しい小子にしては珍しいが、自分の信仰する神と似た力を持っているのは彼女にとっても自慢なのだろう。
後ろで滴は面白くなさそうな顔をしていたが、口には出さなかった。
先ほどの会話が利いているようだ。
その子供っぽい様子に苦笑しつつ、秤は手を打って話を纏めた。
「よし。なら小子はその護符の制作に入ってくれ。滴はここから病院の監視、場合によってはカガヤカオルが別の病院とかがんセンターの本棟に転院する事も考えられるから、そっちの監視も頼む」
「……分かった」
「了解。で? 秤はどうする?」
「俺は、とりあえず状況を室長に報告する。ホウレンソウは社会人の基本だからな」
「あー、報告・連絡・相談って奴な。アタシがこっちにいた頃の上司も言ってたけどまだあるんだな」
転生前は社会人をしていたという滴は納得したように言う。
「……覚えているなら、実行してもらいたいね」
これまでの様子を見るに、滴はその概念を完全に無視している。
もっともそれは彼女だけではなく、センドウの死を隠そうとしていた森羅も同じだ。
こちらを気遣ってのこととはいえ、どうも異世界転生応援室の職員は皆揃って秘密主義のきらいがある。
やれやれと、心の中で溜息を吐きつつ秤は受話器を手に取った。




