第57話 転生予定者カガヤカオル②
「あ! あの、うちの子が、また」
「分かりました。救急車の手配はお済ですか?」
「それは、はい。しました」
震えた声の中年女性に、コンシェルジュは大きく頷いた。
「では、私が外で待ち救急隊員をここまで案内します。カガヤ様はそのまま室内でお待ちください」
テキパキと指示を出した後、男は秤や滴を無視して元来た道を駆けだしていく。
嫌な予感は当たったようだが、逆にこれはチャンスだと思いなおし、秤はおろおろする中年女性に向かって胸元の職員証を掲げた。
「私たちは市役所の者ですが、良かったらなにかお手伝いしましょうか?」
合法的に室内へ入ることができれば、カガヤカオルの顔を確認できる。
いや、それ以前に今言っていた子というのが──
「え?」
声を掛けられて初めて二人のことを認識したらしく、中年女性は目を丸くした。
「ああ、いえ。ご心配なく、いつものことですから」
つい先ほどまで、あれほど慌てていたというのに。誤魔化すような愛想笑いを浮かべて言う様に疑問を覚える。
止める間もなく家の中に戻っていく後ろ姿を見送った後、秤は滴がこちらをじっと見ていることに気付いた。
視線の意味は聞くまでもない。当初の予定通り転生予定者の顔を確認するため、透視魔法を使うかどうか問うているのだ。
「今は良い。それより出てくる奴を見張っていよう」
断られたのに部屋の前にずっと立っていては怪しまれる。
そんなことをしなくても、あの女性はうちの子が倒れたと言っていた。
ならばその倒れた子供こそが転生予定者カガヤカオルかもしれない。
それならば無理をする必要はない。
「あー。なるほど」
滴も気付いたのか、あるいは読心魔法で秤の心を読んだのか。
あっさりと納得したため二人は取りあえず、先ほど戻っていったコンシェルジュを追いかけることにした。
外で救急車を待っていたコンシェルジュに、忙しいようなのでまた折を見て来ると言い残し、一度その場を離れて滴と秤は少し距離を取ってマンションを監視する。
そうしているうちにやがて救急車が到着した。
「それにしてもあの管理人。適当な奴だと思ってたけど、案外真面目に仕事するんだな」
救急車から降りて来た隊員とテキパキ会話をして、ストレッチャーと共にマンションの中に入っていくコンシェルジュを指して滴が言う。
確かに先ほど秤のはったりに惑わされていた者とは思えない落ち着きようだ。
「予定外の事態には弱くても、初めから手順が決められてる仕事には強いタイプなのかもな」
口にしてから、はたと気づいた。
秤たちはそこを突いてマンション内に入り込むことができたが、今回のことで耐性。というより本人の中にマニュアルのようなものが出来てしまうと、もう一度入るのは難しくなる。
これで件の急患がカガヤカオルでは無かった場合不味いことになる。
(やっぱり無理矢理入るべきだった。またミスったか)
自分の選択が間違ったことを心中で嘆くと同時に、ここに来るまでの間に心の奥に封じ込め、ふたを閉めたはずの感情がもたげてくる。
「そんなことはねーよ」
心の声に反応するかのように、いや、やはり読心魔法によって秤の心を読んだ滴は、声に出して秤の肩を叩いた。
「え?」
「お前の選択は正解だ。神気がこっちに向かって移動してる、肌がピリピリしやがるぜ。もう少し……ほら来た」
ほら来たと言いながら指さした先には、マンションの入り口からストレッチャーに乗せられて運び出される少年の姿があった。
・
「あー、次の信号を左に行って、そこからさらに次の次の信号を右に行った」
トラックの窓を全開にしてその縁に手を置きながら、滴はもう片方の手で持った地図を見た。
この2トントラックでの備考は流石に目立ちすぎるため、少し時間を置いてから追いかけ始めたのだが、当然すでに救急車の姿は見えない。
遠くからサイレンの音は僅かに聞こえるが、どこを走っているかまでは分かるはずがない。
しかし、常人より遙かに耳が良い滴ならばその小さい音からでも救急車がどこを走っているのか聞き分けられるようで、秤は彼女の案内に従って運転を続けていた。
「それにしても、随分遠くまで行くな」
走り出してからもう三十分以上経っている。
既にカガヤカオルのマンションがあった市の中心部からは外れている。
いつのまにか周囲には建物や店の数が減り、代わりに郊外らしく田んぼや畑が目立ち始めていた。
「掛かり付けの病院があるってことか」
「だろーな。あのおばさんも倒れるのも慣れてるとか言ってたし」
「だとしても急に倒れたなら取りあえず近くの病院に行って応急処置をして、改めて転院ってなりそうなものだけど……」
そこまで救急性の高い症状ではなかったということか。
どちらにせよ、相手がこのまま入院ということになったら面倒になる。
その場合、トラックで異世界転移させるには、入院中の相手を外に連れ出す必要があるからだ。
とそこまで考えて、再び思考がネガティブな方向に行っていることに気付く。
(こういうことを考えているとまた──)
「フラグが立つってか?」
こちらの考えを読んだ滴が続ける。
「読心の効果まだ続いてるのか」
念話は互いに読心魔法を掛ける物だが、滴側の思考は全く伝わってこなかったため、すでに効果は切れたと思っていた。
「心を空にすれば、読心は意味ないからな。お前はごちゃごちゃ考え過ぎなんだよ」
再びこちらの思考を読んだ滴がはき捨てる。
「性分なんだよ。それにしても、滴の念話は室長に比べて随分長く保つな。補助魔法苦手とか言ってなかったか?」
「アタシが長いんじゃなくてシツチョーが短いんだよ。あの人はこういうチマチマした魔法の適正はゼロみたいなものだから。逆にシンラとココには気をつけろよ。あいつらがその気になったら丸一日つながり続ける念話も使えるからな」
「ゾッとしないな。フラグ的な意味も含めて。大人しく運転に集中するよ」
「そうしろ。お、救急車のスピードが上がったな」
「了解。こっちもあんまり離れすぎないようにする。次を左だったな」
いつの間にか滴が言っていた信号機に近づいていたため、左のウインカーを点灯させる。
「んで、その次の次で右な……ん?」
「どうした?」
「……お前の言ってたフラグ理論。信じる気になったよ」
「は?」
「音が止まった」
ほらここだ。と言いながら、滴は広げていた地図の一点を指し秤の顔に近づけた。
「ここって、本当に?」
「アタシの耳を信じろよ」
そう言われては何も言えない。
それでも、一縷の望みをかけるように、信号待ちの間に再び滴が指した建物名を読み上げる。
「県立がんセンターの緩和ケア病棟」
癌を専門に扱っている病院、それも治療ではなく緩和ケアの病棟。
そんな場所にわざわざ遠くから運ばれた以上、考えられる理由は一つだ。
「転生予定者は病人、それも癌患者、か」
言葉にしてみると、それだけで面倒くささが跳ね上がった気がした。
思わずため息をはきそうになる自分を律し、代わりにトラックのハンドルを強く握りしめた。




