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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第三章
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第56話 転生予定者カガヤカオル①

 予期せぬ事態が起こった際の連携を取る意味で念話魔法を掛けるよう説得(例の仰々しい呪文を口にするのを滴が嫌がったため)して準備を整えると、マンションに戻った。

 表口のガラス扉を押し開けると、直ぐに奥のコンシェルジュが反応して背筋を正して小さく頭を下げた。

 こちらも会釈を返し、改めてコンシェルジュに近づいていく。


 まだ若い(といっても秤よりは年上だが)二十半ばほどの男は長身痩躯だが、サイズが合っていないやや大きめの制服を着込み、どこか緊張しているように見える。

 もしかするとコンシェルジュとしての経験が浅いのかもしれない。

 だとすればチャンスだ。と内心ほくそ笑みながら、彼の前に立つ。


 コンシェルジュは僅かに口元を持ち上げる微笑を浮かべて、秤の言葉を待っている。

 間髪入れずに首から下げたパスケースを手に取って名乗る。


「市役所天災対策企画課から参りました。釣合と申します」


「あー、海湖沢です」


 秤に併せてパスケースを持ち上げながら、滴も続く。

 市役所と名乗った途端、コンシェルジュの顔に少しだけ安堵が見えた。

 セールスマンやポスティングスタッフを断るのはコンシェルジュの仕事となるが、相手が市役所職員ならその心配はないと安心したのだろう。


「本日はどう言ったご用件でしょうか?」


 セールスではないにしても、今度は役所の人間が突然現れたことに緊張している様子を隠しながら男は言う。

 そんな彼の緊張を解すため、秤はにっこりと営業スマイルを浮かべる。


「私たち天災対策企画課は今年新設された部署でして、職務内容は市内全域の天災、つまりは災害を事前に防止することなんです」


「災害、ですか?」


 それがマンションとなんの関係があるのか。と言いたげなコンシェルジュの呟きに、一つ頷いてから続ける。


「その中でも私たちは市民の皆様から集められた情報を精査する部署に在籍しております。そこにこの近くで地盤沈下が発生したという相談が入りまして」


 チラと視線をマンションの奥に向ける。

 閉ざされたガラス扉の向こうには、高級マンションらしい広々とした廊下が見えた。


「地盤沈下。それは、このマンションでですか?」


 この程度の揺さぶりであっさりと動揺する様子に、やはりまだコンシェルジュの仕事に慣れていないと確信した。

 そもそも広いフロントに立っているのがこの男一人の時点で、経費削減かなにか人員を減らし、それに伴ってコンシェルジュの質も下げざるを得ないのかもしれない。

 どちらにせよ、これは運が良い。

 彼が相手なら、いつもの方法を使用せずに済む。

 思考誘導によって自分から許可を出させるやり方だ。

 あれは便利ではあるが、対象者に違和感は残るため多用したくはない。

 改めて秤はコンシェルジュを見た。


「ご安心ください。このマンションではありません。個人情報になりますので詳しくはいえませんが近くにある民家です」


「そうですか」


 再び分かりやすく安堵する男に畳みかける。


「相談主はそれが建築業者の施工ミスや地盤工事の不具合ではなく、去年頻発していた長雨の影響ではないかと心配されまして、我々市役所に連絡してきたわけです」


 去年の長雨。

 それは秤が異世界に行っている間に頻発した異世界送りが原因だ。

 朝日曰く手抜きを覚えた上位存在が土砂崩れによる天災だけを繰り返した結果らしいが、そのせいで地盤全体が弛んでしまい、今になってその手の相談が増えたのだ。

 そうした天災による地盤沈下の場合、責任は施工業者だけでなく市にも追及できるとでも考えて相談という形で訴えてきたのだろう。

 それを踏まえて軽口まじりに説明を続けるが、コンシェルジュの顔は相変わらず怪訝なままだ。

 結局にマンションに何をしにきたのか早く知りたいと目が訴えている。


「そちらの方はある程度調査は終わっていて確かに地盤沈下が起こっては居たのですが、今度はそれがどこまで広がっているのか調査する必要がありまして、近隣で一番大きな、つまりは重量があるマンションで問題ないか調べるのがもっとも手っとり早いのではないかと思い、こうして伺った次第です」


「……そういったことでしたら、私どもでは判断することはできかねます。管理会社に連絡いたしますので──」


「いいえ。それには及びません。あくまで今回は事前調査です。正式な調査の時はもちろん管理会社に連絡させていただきますが、その場合調査が入ったと言うだけで、マンションの資産価値に影響してしまいかねません。そうならないように、今回業者ではなく私どもだけで参りました。ここでチェックし、問題がなければ調査対象から外すことができますし、私たちの記録にも残しません。もちろんそちらの記録に残していただかなくても結構です。下手に市役所の人間が来たと報告するとそれだけで面倒なことになりますからね」


「っ」


 資産価値の問題に加え、面倒ごとに繋がりかねないと匂わせただけで、男は言葉を詰まらせた。


(はい。引っかかった)


 質の高いコンシェルジュであればそれでも業務優先で管理会社、あるいはコンシェルジュを派遣している本社に連絡するのが筋だが、経験の浅い者は面倒ごとに巻き込まれないようにする方を優先させる。

 それでも断ろうとすれば思考誘導魔法を使用しなくてはならないが──


「……分かりました。ご案内致します」


 今回は必要がなかった。



 ・


「随分と廊下が広いですね」


 さり気なくマンションの並び順を確認し、事前に調べてあった転生予定者カガヤカオルが住んている1011号室の位置を特定する。

 そちらの方が測定がしやすいと誘導して廊下を歩く途中、何の気なしに告げる。


「そうですね。当マンションはバリアフリーに気を使っておりまして、特に一階の廊下は車いすに乗った方同士でもすれ違える広さを確保しております」


 どこか自慢げにコンシェルジュが言う。

 確かに廊下の広さもさることながら、ここまでの道のりに段差もなく、先に通過したエレベーターも車いすのまま乗り降りしやすいようにか通常より大きな物が設置されていた。

 壁面には足の不自由な人を想定したやや低めの手すりもついている。

 これがこのマンションのウリなのだろう。住人への細やかなサービスを行うコンシェルジュが配置されているのもその一環だ。

 そのコンシェルジュの質はともかく。

 我がことのように滔々とマンションの自慢話を続ける男の話に相づちを打つ振りをしながら、秤は玄関の表札を確認する。


(ここが1009号室。ってことは、二つ先か)


 縦よりも横に広い作りであるこのマンションは階ごとの部屋数は二十近い。

 目的の1011号室はだいたい真ん中である。


「最も重量が集中する真ん中あたりで一度測定したいのですが」


「かまいませんが、測定とはどのように?」


 何も荷物を持っていないことをいぶかしむ男に、秤はポケットから取り出しビー玉を見せた。


「いわゆる水平チェックです。本来ならただ置くだけで転がるかを調べるところですが、この廊下は滑り止め加工がしてあるようですから、ここからあちらに向かって転がしてその速度を調べます。海湖沢さんあちらで受け取ってください」


「了ー解です」


 男が口を挟む隙も与えずに、にっこり笑って滴が奥。つまりは目的地である1011号室に向かって歩き出す。

 家の前まで行けば、滴の透視魔法で室内を確認することができる。

 そこで顔を確認し、後は外に出て対象が外出するのを待つ。これが今回の作戦だ。


(よし)


 改めてビー玉を持ち、転がそうとした瞬間。

 乱暴に扉が開く音が聞こえ、同時に部屋から人が飛び出してきた。

 青白い顔をした中年女性で、髪を振り乱した様は明らかに普通ではない。

 嫌な予感が脳裏を過ぎった。


「カガヤ様!? どうされました?」


 コンシェルジュが読んだ転生予定者と同じ苗字を聞いて、嫌な予感が当たったことを察し秤は顔を歪めた。

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