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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第三章
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第55話 感情の切り替え

 前日と同じく、トラックで市内を巡る。

 搭乗者も昨日と同じだが、違う点が二つ。

 一つは目的地。

 魔力の残滓探索という名確な目的地がなかった昨日と異なり、今回はしっかりと目的地が決まっている。

 そしてもう一つは──


「……」

「……」

「……そこ右」

「ああ……」


 車内に充満する重苦しい空気だ。

 昨日は楽しくお喋りとはいかずとも、普通に会話しながら和やかな道程を辿っていたが、今日は互いに必要最低限の会話しか交わさない。

 その理由を秤自身よく理解している。

 なにしろ秤こそが原因そのものであり、滴はそれに合わせているだけなのだから。

 とはいえ、これはありがたい。

 どこからセンドウの話に繋がるか分かったものではない以上、今は日常会話を楽しむ気にはならなかった。


「うぷっ」


 ここに来る前、殆ど無理やり滴に食わされた昼食が胃からせり上がってくるのを感じ、息を飲んで押し返した。

 自分で思い出していたら世話がない。

 隣から無言の視線を感じるが、滴はそのことには触れず、代わりに手に持っていたアナログな紙の地図を広げた。


「そこの後の信号を直進した先に駐車場があるから、こいつはそこに停めて後は歩いた方が良いな」


「了解」


 あくまでも事務的な話しかしない滴に感謝しつつ、言われるがまま視線を前に向ける。

 信号が赤だったため、一時的に停車したところで秤は再び思案する。

 いつまでもこのままでは良くない。

 なにしろこれから秤たちが行う仕事は、異世界転生応援室本来の業務にして、最も重要な仕事である異世界送りなのだ。


 一歩間違えれば、大勢の人間が死ぬことになる。

 いつまでも一人の死に縛られている訳にはいかない。

 けれど──


 答えの出ない問答を頭の中で繰り返していると、信号が青になったことに気がつく。

 感情もこれくらい簡単に切り替わるといいのだが。

 自嘲と共に鼻を鳴らし、アクセルを踏んだ。



 ・



「ずいぶん小洒落たマンションだな」


 地図に記された場所とマンションの名前を見比べつつ、滴が感嘆の声をあげた。


「そうか?」


 とりあえず表面上は意識を切り替えて、普通に接することができるようになった秤は首を傾げた。

 確かに外観のデザインにも気を使っているようだが、これくらいのマンションはいくらでもある。

 そう思って言った台詞に、滴はフンと鼻を鳴らす。


「少なくともアタシがいた頃には、マンションの中にあんなホテルの受付もなければ、管理人も居なかったよ」


 あんな。と言いながら滴が指さすのは、マンションのエントランスホールの受付に立つ制服姿の男性だった。


「ああ。コンシェルジュか」


 大型マンションにコンシェルジュが居るのはよく見かけるが、これは最近の話だ。滴が居た頃はまだコンシェルジュという言葉も一般的ではなかったのだろう。


「でたよ、横文字。前にシツチョーも言ってたけど、なんだって日本人は元からある言葉まで横文字にしたがるんだ」


「コンシェルジュと管理人は業務内容が近いけど違うんだよ。管理人は建物の監理、コンシェルジュは住人サービスがメインだから」


 施設育ちの秤は、コンシェルジュが居るような大型マンションに住んだことはないので詳しい訳ではないが、そうした区分けがされてると学生時代のクラスメイトが話していた覚えがあった。


「住人サービスか。それはちょうど良いかもな」


 初めはこちらの説明を興味なさそうに聞いていた滴だったが、最後の部分に反応して指を弾く。


「なにが?」


「中に入る方法だ。先ずはマンションの中に入って転生予定者の顔写真を撮らないといけないからな」


 確かに今まで見た転生予定者の資料に載っていた写真は、どれもポラロイドカメラで盗み撮りされた写真ばかりだった。

 いくら市役所とはいえ、住民全員の顔写真データを持っている訳ではない以上、転生予定者を間違わないように写真を撮る必要があるのはその通りだ。


「コンシェルジュに転生予定者を呼んでもらうってことか? 後で面倒なことにならないか?」


 コンシェルジュを置いているようなマンションは防犯意識も高い。

 監視カメラはもちろん、コンシェルジュ自身が業務中に起こったことに記す日誌を付けている可能性が高い。

 来客を装ってコンシェルジュに話しかけるにしても、証拠が残る。

 なにか考えはあるのかと問う秤に、滴は怪訝そうに眉を寄せた。


「やり方はお前が考えるんだよ」


「なんだよ。その無茶ぶり」


 当たり前のように言われ、眉間にしわを寄せた。


「つーか。部屋番号まで分かってるんだから、アタシとしては透明化と転移を併せてマンションの中にひとっとびしてもいいんだけど、それだとまずいって言ったのはお前だろ。異世界送りの最中だっていうのに」


「転移事故の可能性なんて聞かされたら誰でもそうなるに決まってる。それなのにみんな、ポンポン使いやがって」


 転移事故とは字の如く、未熟な者が転移魔法を使用したときに極々稀に起こる事故である。

 転移そのものが発動しない場合はまだいいが、最悪の場合狙った場所からずれた位置に転移してしまい、壁の中などにめり込んでしまうこともあるそうだ。


「そうそう起きねーよ、そんなの」


 カラカラと笑う。

 確かに滴も含め応援室の職員は全員魔法の熟練度が高い。

 転移魔法は便利すぎるが故に繰り返し使用しているため、それが顕著であり、通常使用していて失敗が起こる可能性はほぼゼロとのことだ。

 それを知っているため、普段であれば小言程度で治めているが今回は話が違う。


「転生予定者が近くに居たらどうするんだよ」


 転生予定者の身体にはあらゆる魔法の効果を阻害する神気と呼ばれる特殊な力が発生するため、近くで魔法を使用すると彼女たちでも転移事故が起こりかねないのだ。


「むっ。それは……だからお前が考えろっていってるだろ!」


 痛いところを突かれたとばかりに眉を寄せ、次の瞬間にはこちらに食ってかかる。


「はいはい。分かったよ。じゃあ少し離れよう。ずっと見ていると怪しいセールスマンかなにかだと思われる」


 スーツ姿の二人組がマンションの前で足を止めてジロジロとエントランスを見ていては怪しまれる。

 下手に顔を覚えられても良いことはない。

 幸いコンシェルジュはまだこちらに気づいてなさそうなので、そのまま通過することにした。


「神気のことも考えると、やっぱり魔法は使わずに入りたいな」


「それこそセールスマンの振りすればよくない? 中に入ればそれでいいんだから、入れてくれるまで全員にピンポンすればいい」


「そういうのを断るためのコンシェルジュだろ。大抵マンション全体の総意としてセールスお断りにしてるよ」


 しかし、考え方は悪くない。

 ようはコンシェルジュに直接マンション内に招き入れて貰える立場と理由を作ればいいのだ。


「……市役所職員なら──いや、今時市役所だからって無条件で警戒解いてくれるわけないか」


 役所の名前を語る詐欺なども横行しているため、それこそ市役所に確認の連絡が入りかねない。

 実際職員なのだから確認を入れられて困るわけではないが、理由に関しては言い訳ができない。

 異世界転生応援室と名乗れるはずはないので、表向きの名前である情報精査室を名乗ることになるが、精査をする部署がわざわざ訪ねてくる理由がない。


「待てよ……滴、地図見せてくれ」


「ん。はい」


 広げられた地図に記された住所名を確認する。

 地名を聞いたときからどこかで聞き覚えがあると持っていたのだが、センドウの件で頭が混乱していてそれどころではなかったのだ。


「そうか! あれだ。この辺で地盤沈下が起きてるって相談があったな」


 ふいに一つの書類を思い出した。

 午前中、朝日に無理矢理押し付けられた異世界転生応援室の表向き業務である住民から寄せられた、災害に繋がりかねない相談をどの部署に振り分けるか精査する仕事。

 その中にあった、近所で地盤沈下が起こっているのではないか。という相談に記された住所がこの辺りだった。


「地盤沈下って、建物が沈む奴か? そういうのって家作った奴が補償するだろ。なんで市役所に相談すんの?」


「いや、原因がちょっと前までの長雨のせいだと、ハウスメーカーが市役所に補償請求とかすることがあるから市役所側でも調査することあるんだよ」


 補償をする場合、ハウスメーカー側の調査内容だけでは確証が得られないため、市役所あるいは第三者の調査が必要となるのだ。

 本来は土木課の仕事であり、実際秤はこの情報を土木課に流したのだが、流石にまだ動いてはいないだろう。

 それを利用すれば、合法的にマンションに入ることもできるかもしれない。


「よし。時間もないんだ。それで行こう。アタシはどうすればいい?」


「ああ、先ずは──」


 話ながら、いつの間にか頭の中で感情のスイッチが切り替わっていることに気付く。

 何かを忘れるには仕事に没頭するのが良いと聞いたことがあるが、確かにその通りなのかもしれない。

 そんなことを考えつつ、連れ立って歩きながら、打ち合わせを開始した。

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