第54話 木林森羅②
朝日に連れ出されたのは市役所近くのファミレスだった。
店に入る直前、朝日に着信が入ったため、一人店内に入った森羅は近づいてきたウエイトレスに人目に付き辛い奥のテーブルに案内してもらい、待ち合わせなので相手が来た後で注文が決まったら呼び出すと言って人払いも済ませた。
「後は──」
ざっと周囲を確認してから、指を弾くと同時に白い粒子が膜状に広がり席を包み込む。
店内に人は少ないが、十二時を過ぎれば昼休みになったサラリーマンやそれこそ市役所の職員などもやってくる。
そのときになってからでは目立ってしまうため今のうちに魔法を使って準備をしておこうと考えたのだ。
これは同時に、今から始まる話し合いで冷静でいられるか自分でも自信がないということを示していた。
「やあ、お待たせ。準備万端だね」
準備を終えた直後、電話を終え店内に入ってきた朝日の暢気な顔と声を聞いて、その考えが間違っていなかったことを知る。
「座ってください」
それでもまだ何とか冷静さを保ちつつ席に座るように促すと、朝日は大人しく指示に従ったが、こちらになんの断りもなく、灰皿を手元に引き寄せて内ポケットからタバコを取り出しつつ、メニューを覗きみる。
近頃完全禁煙の店が多い、ファミレスにしては珍しく喫煙席がある。
だからこそ、この店は朝日のお気に入りであり、森羅もわざわざ喫煙席に座ったのだが、それでもこちらに断りもないのは癪に障る。
「注文は済んだ? もうすぐ昼だ、ここは僕が奢るよ」
シガーケースから取り出したタバコをくわえたままライターを探す朝日に、とうとう我慢できなくなった森羅は、彼女の言葉には応えずに手のひらでテーブルを叩いた。
派手な音が鳴ったが魔法の効果で外に漏れていないため、ウエイトレスや数少ない客も反応は示さない。
「どういうつもりですか!?」
感情を抑えることなく怒鳴り声をあげても朝日は動じる様子はない。
「力加減には気をつけろよ。テーブルを壊したら、君の給料から天引きするからな」
思い切りテーブルを叩きつけた森羅の手を口に咥えたタバコの先端で指しながら飄々と言う。
秤を除き応援室のメンバーは身体能力もそれぞれの異世界で鍛え上げられており、木製のテーブル程度ならばたやすく破壊できる。
「ご心配なく。ちゃんと筋力減衰魔法を使っていますから!」
それは朝日も理解しているはずなので、これは冗談のつもりなのだろうが、今の状況では全く笑えない。
「何故あんなことをしたんですか?」
これ以上茶番にはつき合っていられない。
「あんなこと?」
「はー君にサポート対象者が死んだことを伝えたことです」
「僕から言わせて貰えば、隠そうとした方が驚きだよ。いつまでも隠し通せるものでもないだろう」
呆れてため息を吐く朝日に、更に怒りがこみ上がってくる。
「……別に話さないとは言っていません。もっとタイミングを見極めるべきだと言っているんです」
「さっきも言ったが、それは過保護だよ。この仕事をしていれば遅かれ早かれ、いずれこのときは来る。そのときにタイミングだ何だと言っている余裕があるとは限らないんだ。今回のようにメールのやりとりだけで、元々顔も知らなかった相手が死んだという状況なら、少なくとも目の前でいきなり死なれるよりはよほど気が楽だ。これを利用しないでどうするんだ」
「他の人ならそうかも知れませんが──はー君は、あの子は特別死に敏感なんです」
秤は他人の死に異常なほど動揺する。
それを隠そうとして、誰が相手でも一定以上の距離を保とうとするタイプなのだ。
「彼を職員として迎え入れると言ったのは君だ。僕はすべての記憶を消した上で単なる記憶喪失者として扱うことも提案したはずだ」
「そんなことできるわけがないでしょう。そもそも彼のことは私が面倒を見ると言ったはずです。それなのに貴女が勝手なことをするから」
彼と再会して直ぐ起こった異世界送りを見て動揺した秤が、人を殺す覚悟を決めるのではなく、人を殺さずに異世界に送るトラックによる異世界転移を提案してきたとき、やはりと思った。
彼は変わっていない。
そんな彼だからこそ、自分が守ると決めた。
怒りを通り越して、殺気すら滲ませて睨む森羅の視線を受け流し朝日は続ける。
「彼と君の関係は知っているが、異世界転生応援室に入った以上、彼の面倒を見て成長を促すのは室長である僕の仕事だ」
「成長? あれははー君のトラウマを抉っているだけです」
重ねて言うが、朝日はその言葉にも特に反応を示さない。
「もういいです。後は私がケアしますから邪魔をしないでください」
彼女の態度にもう何を言っても無駄だと、立ち上がりかけた森羅の眼前に朝日の手が伸び、それを留めた。
「なんですか?」
「彼のケアは滴くんに担当させる。君は余計なことをするな」
声色はこれまでとなんら代わりはないが、そこには有無を言わさない強い意志が込められていた。
「滴ちゃんに?」
彼女の明るい性格は確かに周囲の人間にも伝播し楽しい気分にさせるが、同時に感情を優先しすぎるきらいがあり、思ったことをそのまま口に出して相手の感情を逆なでしてしまう。場合によっては逆効果になりかねない。
「ああ。さっき彼女から連絡が入ってね。そのときに頼んでおいた」
店の中に入る前に来た電話のことだろう。
仕事の話とは言っていたが、相手が滴だと聞いて妙に嫌な予感がした。
「滴ちゃんなら面倒くさがって、簡単に了承するとは思えないですけど……」
「まあ文句は言っていたけどね。緊急事態ということもあってか案外あっさり受け入れてくれたよ」
「……」
勿体ぶった言い方を続ける朝日に、視線を強めて無言で続きを促すと彼女は肩を竦め、咥えていたタバコに火を付けずに灰皿の上に置いた。
「朝、小子くんが神託を受け取った。異世界送りだ。今度はこちらでね」
「私は何も聞いてないですけど?」
朝ということは先ほどの電話が来る前から知っていたことになる。
「僕が言わないように言い含めておいたからね。君が知ったらどうせ、今の秤君にそんなことさせられない。とか言って自分が殺しにいくだろ?」
否定はしない。
事前にそれを知っていれば、すぐにでも実行していただろう。
まだトラックの運転はできないので、先日小子に作ってもらった自分用の導具を使用して転移ではなく転生という形でだ。
朝日もそれが分かっているからこのタイミング、つまり朝日から頼まれた滴が秤に異世界送りのことを話したであろう頃合いを見計らって森羅に話したのだろう。
「心配はいらないよ。今回の件に関しては、滴くんが最も秤くんの気持ちが理解できる」
こちらが黙っているのを肯定と受け取ったらしく、小さく鼻を鳴らした朝日が答えるが、返答内容は曖昧なままだ。
「どういう意味です?」
「彼女もまた、死に敏感だということだ」
未だに答えをぼかし、意味ありげに笑う朝日を問いただしたくなるが、恐らくそれは滴の異世界での生活、あるいは転生する前に日本で暮らしていた時期に関係していることならば、迂闊に聞くことはできないし、そもそも聞いたところで朝日が答えてくれるはずもない。
「大丈夫なんでしょうね?」
仕方なくこちらも、意図的に敬語を崩して、室長ではなく同時期に異世界から帰還を果たし、応援室ができるまでの一年間、苦楽を共にしてきた友人である朝日月夜に訊ねると彼女は微笑を浮かべたまま両手を上に向けた。
「さて。それは上位存在のみぞ知る。という奴かな」
にやりと笑って告げた朝日を、ジロリと睨み付ける。
「それ。ぜんぜん面白くない」
森羅と秤を長期間、引き裂くキッカケを作った上位存在を神が如く扱うなど、森羅に対する嫌がらせ意外なにものでもないが、どうせこれもわざとだろうと、森羅は深々とため息をつくと、メニューを取り出す。
せいぜい高いものをたらふく頼んでやろう。
テーブルに肘を突いてメニューを眺めるという秤には決してみせられない格好のまま、森羅はメニューを眺め始めた。




