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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第二章
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第53話 急転直下②

 その後のことはあまりよく覚えていない。

 森羅は秤の隣でずっとあれこれと慰めの言葉を口にしていた気がするが、彼女もそのうち朝日に呼ばれ部屋を後にしていった。

 同時に、朝日からは新たに相談が入っていた応援室の表向き業務である仕分けを頼まれ、午前中はずっとその仕事に注力した。

 何も考えず、殆ど機械的に仕事をこなしているうちに、昼になったが二人は戻ってこなかったため、秤は一人で昼休みに入り市役所最上階の食堂へと移動した。


 昼食はいつもこの食堂で取っている秤だったが、今日は食事をする気にならず自動販売機のカップコーヒーだけ買うと、最初に森羅たちの聞き取り調査をした際に利用し、それ以来すっかり指定席になりつつある観葉植物に囲まれた食堂隅のテーブルに着いて、買ってきたコーヒーを一口啜る。

 いつも飲んでいるものと同じコーヒーが、今日は普段より苦く感じられた。


 仕事をしている間は無理矢理そちらの方に意識を集中して忘れようとしていたが、こうしてぼうっとしていると、センドウのことを考えてしまう。

 昨日まで、いや、秤が朝にメールを送ったときまでは、なにもなかったはずだ。

 異世界にも順応を始め、冒険者として仕事も始めた。

 直近のメールでは、戦う手段のない自分では魔王を倒せないからと、自分以外のチート能力を持った転生者を迎え入れようとしていた。

 それが成功すれば、一人でも反則(チート)級の能力を持った者同士で手を組むことになり、異世界での冒険はより安全性を増すことだろう。

 そうなれば遠からず魔王を打倒し、異世界を救い、センドウは日本に帰ってくるはずだった。


 それがたった一晩でいったい何があったというのか。

 朝日もその辺りの詳しいことは分からないと言っていた。


 あれほど慎重に行動していた上、チート能力まで持っていたセンドウを死へと追いやった理由。

 実のところ、一つだけ思いつくことはあった。

 秤が最後に送ったメール。それが原因である可能性だ。

 センドウが知りたがっていたもう一人の転生者。

 強力な無属性魔法を使う魔術師であり、互いの欠点を補いあう良い組み合わせだったこともあり、仲間にしたいと言っていたセンドウを後押しするメールを送ったが、その転生者との交渉が決裂してしまい、その相手に殺されたのではないだろうか。


 物理攻撃や魔法攻撃のみならずあらゆる属性に対する完全な耐性を持つ、まさしく反則級のスキルを持っているセンドウが死亡させられるとすれば、同じチートスキルしかあり得ない。

 共に魔王を倒すという目的は同じなのだからと何も考えず後押しをしたが、転生者と言ってもその考え方は様々、中には手柄を独り占めしようとする者も居るかもしれないし、単純に魔王に興味など無く、異世界でずっと暮らしていこうと考えている者もいるかもしれない。

 そうした考え方の違いから交渉が決裂し戦闘に移行した場合、どれほど防御力に優れていようと戦う術を持たないセンドウでは勝ち目はない。


 せめて事前に相手の情報を集めてから動くようにいうべきだった。

 そこまで考えてから思わず笑ってしまう。まさしく後の祭りだ。

 

「辛気くせーな」


 聞き慣れた声が頭上から降り注ぎ、ため息を吐く。

 声の主が誰かなど、確認しなくてもわかった。


「だったら他に座れよ」


 顔は持ち上げず、むしろ視線を逸らすように横を向いて舌打ちと共に吐き捨てる。

 普段の滴ならこちらの態度に怒りを抱いて文句を言うか、最悪手を出してくると思ったが、彼女は何も言わずテーブルの上に定食の乗ったお盆を乗せると、そのまま秤の向かい側に腰を下ろした。

 ここで食べるつもりらしい。


「ちょっと話がある」


「話? 何だよ」


 こちらの質問は無視した滴は、無言のまま手を合わせる。


「向こうにまともな肉食文化が無かったせいか。未だに肉ばっかり食いたくなるんだよな」


 そんなことを言いながら、食べ始めた滴の食事はどうやらレバニラ炒めのようだ。

 普段はどうということはないが、レバー特有の強い臭いに思わず顔を歪める。


 直ぐに本題に入らないことに嫌気が差し、一口しか飲まないまま冷めてしまったコーヒーを手に取ると立ち上がろうとする秤に滴は箸を向けた。


「シツチョーに聞いたよ。死んだんだってな。例のえーっと、なんとかって転生者」


 名前は忘れたとでも言いたげな様子に苛立ち、秤は滴を睨みつけた。


「センドウ。センドウモリタカだ」


「そうそう。そんな名前だったな。あんなバカみたいに強い力貰ったくせにあっさりと死ぬなんてな」


「お前がッ!」


 一瞬にして怒りが沸点に達し、立ち上がる。

 中途半端な座り方をしていたせいで、立ち上がった拍子に膝がテーブルを叩き、コーヒーカップが倒れた。


「おっと」


 そんな声と共に滴が秤を指していた箸をコーヒーカップに向けなおすと、こぼれ出たコーヒーはテーブルに広がる前に球のような形になってゆっくりと戻っていく。

 そのまま魔法の力で触ることなく、カップも元の位置に戻すと改めて秤を向きなおり、こちらを試すような笑みを浮かべたが、秤が何も言わないことに気づくとつまらなそうに鼻を鳴らした。

 

「なんだよ。最後まで言えよ、昨日アタシと一緒に外回りに出なかったら、助けられたかもしれないって。そう思ってるんだろ?」


 実際そうした考えが頭をよぎったことは事実だ。

 だが、滴が敢えてそのことを指摘して、こちらを怒らせようとしているのだと気づいたことで怒りで沸騰していた頭に、冷や水をかけられた。


「……昨日のメールは元から朝一で送るつもりだったんだ。滴の仕事につき合ったことは関係ない」


「なんだ。冷静じゃねーか。でも八つ当たりでもなんでも感情は吐き出せるときに吐き出したほうが楽になるぞ」


「八つ当たりだって分かってそんなこと出来るかよ。そっちこそ、妙に優しいな。らしくもない」


「バーカ。アタシはいつでも優しいだろうが」


 冗談めかした言葉に、ため息と同時に苦笑いを浮かべてからイスに座り直し、コーヒーカップを手に取った。


「熱っ!」


 すでに冷めていると思って無遠慮に掴んだコーヒーカップから伝わる熱さに思わず声を上げて手を引っ込める。

 同時にカラカラとした忍び笑いが聞こえて視線を上げると、滴が口元を隠して笑っていた。


「滴。お前な」

「さっき戻すときにちょっとな。電子レンジの要領で温めなおしてやったんだ感謝しろよ」


「ったく。そうやってポンポン魔法使うなって何度言わせるんだよ。異世界送りも終わったんだ。もう特例は──」


 認めない。と言い切ることは出来なかった。

 秤の言葉を聞いた滴の表情が真顔に戻ったのが見えたためだ。


「そう言えば。結局話って何なんだ?」


 センドウのことを聞いて慰めに来ただけとは思えない。


「……今日も午後からは、アタシと組んで貰うからな」


「また、異世界帰還者の捜索か?」


 声が震える。

 そうではないと、内心で気づいていたためだ。


「お前、午前中にアタシだけじゃなく、小子も居なかったことに気づいてなかっただろ?」


 果たしてそうだっただろうか。

 午前中のことはよく覚えていない。そもそも滴が居なかったことすら今初めて気づいた。

 何も答えられず無言の秤を一瞥し、肩を竦めた滴は彼女にしては珍しく静かな口調で告げた。

 想像通り、今の秤にとって最悪の言葉を。


「神託が降りた。今度はこの市内で異世界送りだ」

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