第51話 異世界サポート業務報告書
「げ」
トラックを外の公用車置き場に止め、鍵とバインダーを戻すため裏口から市役所に入ってきた二人を守衛室内から確認した三上はガラス越しに顔を歪めた。
「よう」
「なんで帰ってきた。直帰したんじゃないのか」
先ほどの件がすっかりトラウマになっているらしく、三上はガラス窓から離れて壁際に移動する。
「お前に言っときたいことがあってな」
威嚇するように指を鳴らすリアクションはなんとも古くさいが、下手なことを言ってこちらに矛先が向かっても困る。
とはいえ流石にそのまま見過ごすこともできず、滴の気を逸らす意味を込めて話題を変えて三上に話しかけた。
「直帰のこと知ってるってことは、森羅たちから連絡入ったんですか?」
「え? ああ、なんか別の異世界係に出張するから部屋の鍵を総務係に返しておけとか何とか。もう部屋の鍵も閉めてあるからって荷物も預かってるぞ」
秤の意図を察したのか、これ幸いと話に乗って早口にまくし立てると、守衛室の奥から秤と滴の私物である通勤鞄を持ってきた。
確かに荷物を預けておくとは言っていたが、あれは滴を応援室に近づけさせないための方便だったはず。
秤の機転で解決した今、応援室に戻っても問題はないはずだが、他にも理由があるのだろうか。
「ここに置くからな」
そんなことを考えている間に、三上は鞄を小窓の前に置くと、再度飛び跳ねるように後ろに下がる。
そこまで怯えなくても。と思わないでもないが、感情を色で見るという異能によって人の敵意や怒りなどの負の感情を見続け、日常となっている三上には、それが通じない相手への対処法が分からないのだろう。
「小子の荷物は? あいつも出張か?」
怯える三上のことなどもうどうでも良いとでも言いたげに、滴は小窓を開け、鞄を取り出した。
見たところも三上に対する怒りはおろか、興味すら失っているように見えるが、三上は壁際から動かないまま滴の質問に答えた。
「いや、荷物と鍵持ってきたのはあいつだ。帰る前に社の掃除しておくとか言ってたから、裏じゃないか?」
「裏?」
「例の末社か」
市役所内に朝日が建てさせたという小さな神社のことだ。
そこの管理や掃除は小子がしていると聞いていた。
「定時までは掃除するとか言ってたな」
「あー、あいつは生真面目だからな。アタシだったら帰って良いって言われたら即帰るっつーのによ」
やれやれと言うように滴は肩を竦めて、同意を求めるようにこちらを見たが朝日や森羅も余所の異世界係に出張して働いている以上、秤としてもこのまま帰るのは気が引けたため、曖昧に笑うだけに留めた。
せっかく市役所に戻ったのだから、異世界サポートは無理でも何か適当に仕事をしていこうか。
そんなことを考えつつ、自分の鞄を持ち上げようとすると、鞄が朝より重くなっていることに気づいた。
「ん?」
不思議に思って開いた鞄の中には、市役所の備品として使われている青いファイルが仕舞われていた。
「なんでこれがここに?」
自分が使用しているものではないが、ファイル自体には見覚えはあった。
「なにそれ?」
「異世界サポート用の業務報告書だよ。今はもういちいち決裁仰ぐ必要はなくなったけど、どんなメールが来たかとその返答については毎回纏めてるからな。後で送るんだと」
ほら。と言いながら中身を開いて見せる。
中に綴じられているのは内容を一枚で簡潔に纏めるためにテンプレート化された業務報告書と、要点や捕捉を纏めた別紙。
それらを一緒に綴じた物を一日分として、纏めたものだ。
毎日送るわけにはいかないので、秤が提出した後、朝日が確認して判子を押し、一週間分を纏めて異世界係に送ると聞いている。
「ってことは、出張先に持っていくつもりで忘れたのか? 届けた方良いならアタシが転移で追いかけていっても良いぜ?」
直前まで早く帰りたがっていた滴らしからぬ気の利いた提案だが、単純な善意ではなく、朝日がいる余所の異世界係に転移を使用して押し掛けることで無言の抗議、いや煽りに行くつもりなのかもしれない。
どちらにしても、その必要はないのだが。
「いや、これはもう確認が済んでいる古い奴だ」
書類の一番最初に記載欄がある日付は一月ほど前のもの。
秤が異世界サポートを初めて直ぐの頃であり、内容にも見覚えがある。
(随分真面目に書いてるなぁ)
一つ一つの事柄に対し、真面目に調査し、自分なりの考察や考え方を別紙に纏めているため、一日分の書類が多くなっていた頃の報告書を見ていると手の抜き方を覚えたのは、つい数日前だというのに、なんだか懐かしい気持ちになる。
同時に、あることを思いつく。
「……応援室の鍵はあるんですよね?」
応援室に戻って置きに行くと共に、小子を見習って定時までは仕事をしていこうと思い直して三上に問う。
「なんだ。わざわざ戻しに行くのか? せっかく帰って良いって言われてるのに」
「それもありますけど、朝出したメールの返信がないかチェックだけしときたくて」
異世界サポートが休止になった以上、今から送ることはできないだろうが、朝送ったメールの返信が自分のパソコンに届いているかもしれない。
「真面目だね」
呆れ調で言いながら三上は守衛室の壁に張り付くように取り付けられたキーボックスから応援室の鍵を取り出し、こちらに持ってこようとする。
その瞬間。
「物体転移」
その言葉と共に秤の手の中にあったファイルが水色の粒子を纏いながら一瞬で消滅した。
「滴、お前なにを──」
「異世界送りのときは魔法使っていいんだろ? 安心しろ、ちゃんとアタシのデスクの上に飛ばしておいた。こんな時のためにマーキングしてあんだよ」
イタズラを成功させた子供のような屈託の無い笑みを前に、なにも言えずにいると滴はあっけらかんと続けた。
「それより。時間があるならつき合えよ。アタシも小子の手伝いに行くからさ」
「小子のところって、神社の掃除か? けど」
「良いから。だいたいお前末社の場所知らないだろ。一度行っておかないとなんかあったとき面倒だぞ。アイツ未だにケータイも持ってないからな」
「あー、それは確かに。メールの代わりに紙飛行機飛ばしてきたときは驚いた」
エレベーターすら信用しない小子が携帯やスマホなど使いこなせるはずもなく、なにか用件があるときは紙飛行機を自由に操れる式紙に変えて飛ばしてくるのだ。
「そう言うわけだ。行くぞ」
有無を言わさぬ口調で歩き出す滴を前に、反論は諦め、小さくため息を落とすと軽くなった鞄を手に取った。
「あいつも案外過保護だね」
ようやく壁際から定位置であるデスクに戻った三上が言う。
「小子限定ですけどね。あれがもう少し周りにもできれば──」
口に出してから、滴の人間離れした聴覚を思い出し、慌てて口を閉じる
「あ、じゃあ、すみませんけど。そういうことで」
誤魔化すように一言謝罪し、その場を離れる。
歩きながらふと先ほど読み返した一ヶ月前の報告書の内容を思い返し、同時に考える。
適度に手を抜くのは必要なことかもしれないが、それにしても最近はやる気をなくしすぎていたかもしれない。
今回の異世界送りで新しい転生者が送られるのかもしれないのだから、明日からはもう少し真面目に仕事をしよう。
原点回帰とばかりに決意して、随分離れてしまった滴の背中を急ぎ足で追いかけた。
・
日時
×月×日
部署名
天災対策企画課 異世界転生応援室 トラック係
氏名
釣合秤
業務内容
異世界サポート業務。
対象者センドウモリタカ
異世界転生×日目。本人が異世界人との接触を拒否したため、野外キャンプに必要な知識。弓錐式による発火方法。水源の確保。小石、砂利、布、木炭などを使用した濾過方法。ビバークに適した場所の探し方などをインターネットを利用して調査する。(※1)
異世界転生に対し驚いてはいるものの、対象α(※2)から与えられた能力(※3)などもあり、ある程度落ち着いている様子。
本人は早々に対象αの不調原因である仮称・魔王を倒して日本に帰還することを望んでいる。
今後の予定
本人の手に入れた※3の力の解明後、異世界人と接触情報収集の提案。
※1 それぞれの内容に関しては別紙参照
※2 異世界を創造し、転生者を呼び寄せた者の仮称、上位存在とも呼ばれる
※3 仮称・魔王を倒すため、対象αより与えられた超常的な力、センドウモリタカの場合は防御力と生存能力に特化している
コメント・指示
問題なし
室長・朝日月夜より
・
日時
×月○日
部署名
天災対策企画課 異世界転生応援室 トラック係
氏名
釣合秤
業務内容
転生サポート業務。
対象者センドウモリタカ
異世界転生×日目。本人が与えられた能力絶対防御(仮称)の内容に関する調査は概ね終了(※1)初日ビバークした場所をそのまま拠点としていたが、近くに不明生物(※2)が出現、襲われるが無傷で討伐。しかしこちらに攻撃手段も武器も無いため、沈黙まで時間が掛かった模様。今後はより効率的な戦い方を模索する必要があると思われる。
今後の予定
拠点近くに不明生物(以降はモンスターと呼称)が現れたことも合わせ、以前にも進言した異世界人の住む集落(※3)への接触を進言を続ける
※1 別紙参照
※2 外見上はゲーム等に登場する不定形生物であるスライムに酷似しており、ジェル状の体内に確認できた球形の部位を攻撃したところ、液状化して死亡。
※3 調査の結果、近くに二十世帯ほどの小さな集落があることを確認済み
コメント・指示
問題なし。ただしあくまでもサポート業務であることに留意し、無理な説得はしない。
室長・朝日月夜より
・
日時
○月××日
部署名
天災対策企画課 異世界転生応援室 トラック係
氏名
釣合秤
業務内容
異世界サポート業務。
対象者センドウモリタカ
異世界転生×日目。以前より提案してきた異世界住人との接触を承諾し、村に向かう。
いざというとき逃走する準備をしていたものの村の住人の態度は友好的。
異世界人にとって現代日本から送られる転生者は神の御使いと呼ばれ尊敬させる存在であると判明。
村にいくつかの知識(※1)を教えることを条件にしばらく滞在することになった
今後の予定
情報収集と、村に教える知識の選定を進める。
※1 生態系に影響が出ない範囲に限定、範囲は本人に任せる。
コメント・指示
問題なし。
室長・朝日月夜より




