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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第二章
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第49話 人魚の生態②

「前にちょっと話したけど、アタシが転生した世界は殆ど海に覆われていて、人間は海中で生活するのが普通だった」


 滴は視線を前に戻して遠くを見つめながら、当時のことを思い出すように目を細める。


「魔法自体は生まれつき使えるけど、実際使うにはエネルギーとなるマナを体に取り込む必要がある。マナは海中にしかないからエラ呼吸できないと話にならないわけだ」


 改めてスカート越しに太股の上辺りを触れる滴の説明に、疑問が浮かぶ。


「ん? じゃあなんでここでは普通に魔法使えるんだ?」


 そもそも彼女が水の中で魔法を使っているところなど見た記憶がない。


「こっちの世界には空気中にもマナがあるからな。昔はアタシの世界にもあったらしいけど、枯渇して海中にしかなくなったから、生活拠点が海になったらしい……って、話の腰折るんじゃねー」


 ジロリと睨みを利かされた秤はハンドルを握ったまま、分かりました。というように肩を竦めた。

 その様子に、満足げに頷き続ける。


「人間の知能と魔法を使いこなすアタシらはあっちの世界でも生態系の頂点に君臨してるわけだが、三十歳くらいになるとヒレが二つに分かれてくるんだ。その状態でもまだ魔法は使えるんだけど、そこからだんだん肌と癒着していく。遅くても四十にもなれば完全にエラが閉じて魔法どころか海の中で生活することも出来なくなる。その頃には鱗も剥がれて普通の足になっているってわけだ。そうなるともう陸に上がって生きていくしかない」


「その陸ってのは確か──」


「世界蛇って言われているバカデカい大蛇。朝日が言うところのあっちの世界を造った上位存在の不調原因ってやつだな」


 それぞれの世界を管理している上位存在に悪影響を及ぼす、いわば癌細胞の塊である不調原因を取り除くことこそが異世界転生者の役割だと朝日は推察している。

 その形は世界ごとに異なり、滴の場合は巨大な蛇だったということだ。


「ま、そのときはアタシもそんな事情知らないから、ただ単に一度目を覚ますと世界中のマナを枯渇させるほどの大飯喰らいだって言われてたから、討伐するしかなかったんだけど……まあそこに住んでる連中にとってはたまったもんじゃねーよな」


 自嘲気味に鼻を鳴らす。以前彼女が大蛇の上に住んでいた人間と戦うことになったと言っていたことを思い出した。

 先ほど滴が語っていた足が生えて陸に上がった人魚(この呼称が正しいかは不明だが)は既に魔法が使えなくなっているため、海のマナが枯渇しても大した問題ではないからこそ、住処である大蛇を守るために滴たちと敵対する道を選んだのだろう。

 そんな想像をしている間に、滴は再び視線を遠くへ向けていた。


「顔見知りだったり、ガキの頃世話になったおっさんおばさんを返り討ちにするのは、けっこう辛かったなー」


 ようやく顔をこちらに戻した瞳には涙までは浮かんでいなかったが、僅かに潤んでみえた。

 ごしごしと服の袖で顔を拭った滴は、そのまま顔を伏せる。


「滴……」


 なんと声をかけて良いのか分からず口を噤んでいると、滴は唐突に明るい口調で話し出した。


「……ということで。可哀想な過去を思い出すからアタシは常に本来の姿でいて良いと思うんだが、どう?」


「は?」


「いや、男には泣き落としが有効だからやってみろってシツチョーがさ」


 持ち上げられた顔には、イタズラを成功させた子供のような笑みが浮かんでいた。


「それ、ネタばらしするの俺がそのままで良いって言ってからじゃないと意味ないだろ」


 内心から沸き上がる怒りを治めるため、思い切りため息を履いてから告げると、滴は大きな瞳をパチパチと数度叩き、口を大きくあけた。


「……あ! 今の無し、もう一回、もう一回やろう」


「やるわけないだろ。いつも言ってるように人魚のままでもし誰かに見つかってみろ。即捕まって研究材料にされてから刺身にされるぞ!」


「ええ!? 現代人野蛮過ぎない?」


 勢いで言ってしまったが、実際に見つかった場合、どうなるかは不明だ。

 マンガやアニメでは良く見かける展開だが、現実的に考えると言葉を交わすことの出来ない魔物や怪獣などならともかく、普通に人間と同じ知性を持ち、会話も成立する生き物でも同じような扱いを受けるのだろうか。

 なんとなく危険性さえ隠すことが出来れば、人権問題なども絡めてある程度の権利が保障される気はするのだが……正直分からない。


「今のは言い過ぎたかも。ただ実際どうなるかなんて分からないから気を付けてくれって話だ。だいたい正体がばれた場合、上位存在によって大規模な世界改変が起こるかもしれないって朝日室長も言ってただろ?」


「んー、確かにそんなこと言ってたな」


「だったら目立つことは止めてくれ。家の中とか応援室の中ならもう文句は言わないから」


 応援室のメンバーが現代日本で暮らしていくための禁則事項などを記したマニュアルを作ったのは秤である。

 基本的には正体がばれるような行為は原則禁止としているが、彼女に関しては例外的に応援室の中にいるときは人魚の姿で居ることが黙認されている。

 応援室には小子が作った人払いの結界を作り出す護符が貼られているためらしいが、人魚の存在が公になる危険性を思えば完全禁止にした方が良い。

 朝日にも折を見て提案する気だったが、考えが変わった。


(さっきの話は多分……)


 泣き落としは手段だと言っていたが、話が嘘だとは言っていない。おそらく、本当に滴が異世界で体験したことに違いない。

 そうした重い話を軽い口調で語れるのは、彼女がすでにその辛さをある程度乗り越えているからだろうが、それでも彼女にとって足が生えた姿を取り続けるのが精神的に辛いことは想像に難くない。

 そう理解したからこそ、秤もまた応援室で彼女が本来の姿に戻ることを黙認することにした。

 何か有れば秤や他のメンバーでフォローすればいいと思い直したのだ。


「……しょーがない。それで手を打ってやろう」


 そんな秤の気持ちを知ってか知らずか、不満そうに唇を尖らせて不遜な態度を見せつつも、とりあえず同意を示し、滴が頷きかけた瞬間。


「っ!」


 バッと正面に向けていた顔を自分側の窓に向け、全開になった窓から身を乗り出した。


「見つかったか?!」


 魔力の残滓。

 つまりは異世界帰還者の痕跡だ。

 しかし、彼女は窓の外を見つめたまま、小さく首を横に振った。


「違う。これは──世界改変」


「それって。まさか」


 先ほど話していた異能の存在が世間に知られたことを無かったことにするために上位存在が行う大規模な世界改変ではないか。

 そう言い掛けた秤を滴は強い言葉で否定する。


「──いや。これは異世界送りの方だな」


「でも、小子からは何も聞いてないぞ」


 上位存在が異世界に人を送り込むための儀式である異世界送り。

 それが完了後、送られた人間の痕跡を抹消するためにも世界改変は行われるのだが、秤たちが住む地域を管理している上位存在が異世界送りを行う際には、事前に送られる人物と時刻の情報が神託によって小子に知らされるはずだ。


「多分、またどっか別の地域で異世界送りが発生したんだろ。前の時も世界改変が起こったことだけは感じ取れたからな」


「センドウのときか」


「ああ。だとしたら……また新しいサポート対象が増えるかもな?」


 意趣返しとばかりに、ニヤリと意地悪く笑う滴に、秤は顔を歪めてため息を吐いた。


「お前もフラグを立てるんじゃねーよ」

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