第48話 人魚の生態①
その後、滴を宥めて転生トラックに乗りこませ、市役所を出た二人は異世界帰還者捜索業務を開始した。
とはいえ、巡回予定の場所はある程度決まってはいても明確な目的地はないため、適当にトラックを走らせるだけなのだが。
魔法の残滓は目で見ることはできず、滴が察知するより他にないため、こうして走りながら確認するしかないのだ。
その察知方法は人魚である滴の肌感覚を使用するものらしく、窓を全開にしておかなくてはならない。
もう七月も半ば。
先日雨が降ったこともあり、太陽で熱されたアスファルトと接した空気は肌に張り付くように熱苦しい。
一応エアコンも最大風力にしているのだが、小さな吹き出し口から出てくる冷気だけでは全開にあけ放たれた窓から入ってくる熱気が相手には焼け石に水だ。
「あー。あっつい。アタシがいた頃はこんなに暑くなかったぞ。これが地球温暖化ってやつか」
青みがかった長い髪を鬱陶しそうに纏めながら滴が低い声を出した。
「どっちかっていうと、ヒートアイランド現象ってやつらしい。開発しまくってアスファルトとかビルとか人工物が増えたせいで、熱が溜まりやすくなってるそうだ」
昔はエアコンなんかなくても問題なかった。という者は多いが、その原因はこれらしい。
過去から異世界に移動し、こちらの世界に帰ってきたばかりの滴からすれば、余計にその差を実感できることだろう。
「あー、確かに。どこもかしこもアスファルトだのコンクリートだので塗り固めやがって。芝生も小川もなくなっちまったな」
滴の視線が、チラと道路脇に向かう。
コンクリートで固められた用水路の中を勢いよく水が流れていた。
滴が居た頃はああした用水路もコンクリートではなく、自然のまま流れる小川を利用していたのだろうか。
この間、滴が異世界に行く前は働いていたという話は聞いたが、その時も詳しい話は出ていないため、彼女が社会人をしていたのがいつ頃のことなのかは不明のままだ。
それでも百年以上前に転生した小子を除き、他の三人が異世界に行った時期は、いずれも平成のどこかであることは僅かな会話からでも察することができる。
その場合彼女たちの家族や友人、恋人(いるかどうかは不明だが)なども普通に生きている可能性が高いはずだが、捜したり会いに行こうとする気配は見られない。
もっとも、秤が出会った時点で、彼女たちは日本に戻って半年から一年程度時間が経過していたそうなので、その間に一度は会いに行っているかもしれないが、どちらにせよ、今でも継続して交流を持っている者はいないことは確かだ。
その理由もある程度予想は付く。
恐らくは秤と同じだ。
自分が幼少期から転生するまでの間暮らしていた、児童養護施設コモレビ。
そこで今も暮らしている幼なじみにして唯一の家族と言ってもいい存在である柊沙月とは例の異世界送りの一件以後、顔を合わせていない。
彼女の通っている高校や行動範囲は熟知しているので、会おうと思えば出来るのだが、一度異世界に転生したことで上位存在による世界改変が起こって自らの痕跡は消えてしまった。
つまり彼女の記憶から自分の存在は完全に消えている。
そんな状況で会ったとしても自分が辛くなるだけだ。
だからこそ、秤は滴の言葉には触れず、話を変えることにした。
「ところで。なんでさっきから窓全開にしてるんだ? 痕跡を探すのに必要とは言ってたけど、それなら少し開けとけば良いだけだろ?」
魔法の痕跡を見つけるために滴の持つ肌感覚が必要だとは聞いていたため、わざわざ全開にしていることにキチンとした理由があることは理解していたが、あえて険のある言い方をしたのは、直情的な滴を怒らせてスムーズに話を変えるためだ。
「アタシだって開けたくて開けてんじゃねぇよ。変身している上、スカートが邪魔でエラがふさがってんだから、これぐらいしないと空気中からマナを取り込めないんだよ!」
感情的になったのは狙い通りだが、少しやりすぎたのか、怒りのままに吐き捨てた滴は尻と太股の中間辺りを叩き、見せ付けるように突きだしてきた。
「エラそこにあるんだ」
変身を解いて本来の姿である人魚形態に戻る際の邪魔になるという理由で、一人だけパンツスーツではなく短めのスカート姿の上、ストッキングやタイツも履いていない滴の健康的な生足を見せつけられて僅かに動揺する。
そんな己を隠すように、視線を前に向けたまま聞く。
「本来の姿になったときの魚部分がここだからな。ここから酸素とマナを吸収する。変身魔法を使っててもそれは変わらねーけど吸収率は段違いだからな。これぐらい開けて風を取り込まないと分かんねーんだよ」
少しだけ落ち着いた声となり、再度エラ部分をポンポン叩く。
「ふーん」
なんと答えていいのか分からず適当な返事をすると、滴の表情が意地悪くゆがんだ。
「せめて変身魔法を解いて本来の姿になれば、吸収効率も上がるんだけどなー」
独り言にしては声も大きく、口調もわざとらしすぎる。
秤への当て付けで言っているのは明白だった。
「それ。いつも言ってるけど、ずっと変身魔法使ってるのはキツいのか? えーっと魔力、じゃない。マナの消費的に」
彼女たちは異世界から戻った後でも、魔法や符術といった超常の力を使っているが、それはゲームでいうところのMPに相当するものを消費している。
変身魔法や幻術魔法などは比較的消費量は少ないそうだが、この世界は彼女たちがいた異世界に比べ、そうしたMPの元となる物質が少ないので、魔法を使い続けると疲労を感じるとも言っていた。
それが辛いのかと思っての問いかけに、しかし滴はあっさりと首を横に振る。
「子供の頃ならともかく、今のアタシなら変身魔法程度、一日中使ってても大したことないよ。使った分も寝てる間に回復するし」
「じゃあ、なんで?」
変身魔法を使いたがらないのか。核心に迫った質問に、滴は苦虫を噛みつぶしたような渋面を作った。
「変身魔法そのものじゃなくて、足が嫌なんだよ。アタシのいた世界じゃ、足生えるのは年寄りになった証だからな」
「足が生える?」
以前彼女が居た異世界は、星そのものが水で覆われていたと聞いている。
だからこそ、下半身が魚でエラ呼吸の出来る人魚の体に進化したものだと思っていたが、成長するに従って足が生えるという話は初耳である。
人魚の生態について知るいい機会だと続きを促すと、滴は一つため息を吐いてから語り始めた。




