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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第二章
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第47話 異世界帰還者捜索業務

「秤くん。ちょっと」


 出社してきたばかりの秤に朝日が声を掛けてくる。

 その時点で嫌な予感がした。

 彼女の顔に浮かんでいた作り物じみた笑みがその理由だ。

 この笑みは見たことがある。一ヶ月前、異世界サポート業務を手伝うように言われたときと同じ笑みだ。


「なんですか?」


 また面倒な仕事を押し付けられるのかと、僅かに緊張しながら朝日の前に立つと、彼女は笑みを浮かべたまま口を開いた。


「異世界サポートには慣れたかい?」


「……ええ。ようやく手の抜き方が分かってきましたよ。おかげで滞っていた情報精査も片づきました。まあ、異世界に関係するような情報はありませんでしたけど」


 一瞬、適当な嘘をついて誤魔化そうかとも考えたが、直ぐに諦める。

 魔法の使える朝日ならばこちらの嘘を見抜くことなど簡単なことなのだから。


 例の一件後、秤はサポートの仕事を抑えながら情報精査の業務も片付けていた。

 情報精査には単純に、どの仕事をどこの部署に担当させるのか選択するだけでなく、異世界に関係する事件や事故(こちらで把握していない異世界帰還者の痕跡など)の確認も含まれているのだが、そうした調査を行ってもなお、現在寄せられている全ての仕分けが終了してしまい、その結果を提出したのが昨日のこと。


 つまり現在の秤は急ぎの仕事は無く、手が空いているのは事実であり、朝日の笑みには異世界サポートの片手間に行うはずの表向きの業務まで終わらせたことも知っていると無言の圧力も込められていた。

 抵抗を諦めて背筋を伸ばし、話を聞く姿勢を取ると、朝日は満足げに頷いてからチラと視線を秤の後ろに飛ばした。


「?」


 秤も後ろを振り返って視線を追うと、その先にいたのは滴だった。

 いつも通り本来の姿である人魚形態になって宙を漂っていたが、秤と目が合うと途端に気まずそうに目をそらし、それだけで何となく状況を理解する。


「ある人物から苦情が入ってね。彼女がこの異世界転生応援室以外の場所で、変身魔法を解いて優雅に泳いでいたと」


「どーせ三上だろ。いいじゃん、あの裏口どうせ誰も入ってこないんだから。たまには広い空間で自由に泳ぎたいんだよ。ここや家だけじゃ狭苦しい」


 三上は異世界帰還者ではないが、生まれつき人の感情が色で見えるという異能の力を持った警備員だ。

 その三上が待機しているのは荷物搬入口でもある倉庫のような場所だが、確かにあそこは大型トラックが入ってることも仮定して広く作られているため、滴が自由に泳ぎ回るスペースは十分にある。


「ダメだ。彼のことはともかく、あそこには荷物の搬入だけでなく、市役所の職員がサボタージュしにくることもある」


「そんなのアタシの洗脳魔法で──」


 ヘラヘラ笑う滴をひと睨みして黙らせると、朝日は秤を向き直る。


「というわけで、彼女をこのまま一人で外回りをさせているのは心配だから、今日は君が付き添ってやってくれ」


「外回りって例の異世界帰還者の痕跡探しですか?」


「そうだ。近場が回り終わったから、今日から少し遠出してもらう予定でね。流石に外で同じことをすることはないとは思うが、現地までの道程を面倒臭がって魔法で移動しかねないだろ」


「そんなことしないって」


 不機嫌な滴の声を無視して朝日は秤を見る。応援室以外での魔法使用について口うるさく言っているのは外ならぬ秤自身、断ることできないと諦めと共に一つ頷いた。


「分かりました。電車かバス使ってもいいですか?」


 歩きで行かせはしないだろうと訊くと彼女はまさか。と苦笑して言った。


「君の愛車を使って良いよ。もう手続きは済ませてあるから」


 その言葉だけで、なんのことを言っているのか直ぐわかった。


「……公用車は市の車ですよ」


 朝日が言っているのは半ば異世界転生応援室専用となりつつある2トントラック、つまりは異世界トラックのことだ。


「一件だけメール打つんで、それから出ます」


 小さく息を落とした後、秤は終業時間の関係で返信しそこねたセンドウへのメールを返すため、自分の席に着いた。



 メールを送り終えた後、滴を伴い公用車の鍵を受け取りに、市役所の一階に降りる。

 正面ではなく人気のない奥まった道を進み、古びたアルミサッシの扉を開けると荷物搬入口と裏口を兼ねた空間に出た。


 2トントラックでも入る広さはあるが、トラックは場所を取るため基本的には外の駐車スペースに止められているのだが、事前に準備していたのか今日は室内に入っていた。

 朝日は職員がサボりに来ると言っていたが、ざっと周囲を見回しても取りあえず職員の姿は見えない。


 代わりに滴の件で朝日に告げ口をしたとおぼしき三上が常駐している警備室からは、アップテンポでノリの良い音楽が漏れ聞こえていた。

 思わず滴と顔を合わせる。


「あいつの方が絶対仕事舐めてるよな?」


「うん。まあ……いや、それでもここで魔法使うのは不味いだろ」


 思わず同意しかけるが、慌てて付け加える。

 下手なことを言って賛同したと思われても面倒だ。


「チッ。とにかくあの野郎、とっちめてやる」


 最近ではあまり聞かない言い回しと共に、腕を振って警備室に近づく滴を追いかける。


「ん? なんだ。気持ち悪い色が歩いてきたと思ったらお前か」


 会話用の小さな窓ガラス越しにこちらの姿を確認した三上は、いつも通りスマホをいじりながら余裕な態度を崩さない。

 むしろ火に油を注いでいるかのようだ。

 この余裕は何か責められない確信でもあるのだろうか。


「言っておくがあれは警備員として正当な──」


 三上の言葉を最後まで聞くことなく、滴は無言でガラス窓に向かって手を伸ばす。

 小窓は鍵がかかっていたが、滴の腕はごく当たり前のようにガラスを透過し、そのままガラス越しに三上の襟首を掴んで引き寄せた。


「ちょ! お前、なんで」


「鉄の入ってない壁なら抜けられるって言っただろうが」


「いや、そこじゃなくて! その色のまま手を出してくるとか、お前本当に頭おかしいのか!」


「あー。余裕の理由はそれですか」


 感情を色で見えるという三上の持つ異能。

 その力で滴が手を出してくるような心理状態ではないと見抜いたからこその余裕だったらしい。


「釣合くん。感心してないで助けてくれ!」


 スマホを放り投げて、無骨なステンレス製の作業机にしがみ付くが、それでも抵抗は無意味とばかりにじりじりとガラス窓に顔が近づいていく三上の悲痛な叫びが響く。

 このままでは滴と異なりガラスの透過などできるはずのない三上は、頭がガラスに打ちつけられ、突き破って外に引きずり出されることになる。

 大惨事は免れない。

 三上もそれを分かっているからこそ必死に抵抗しているのだろう。


「滴。そこまでだ」


 手元に引き寄せようとしている腕を上から抑えて言うと、ガラスにぶつかる直前でピタリと腕が止まり、こちらをジッと睨みながら唇を尖らせていたがやがて、不満げな鼻息と共に腕を外してガラス窓から手を抜きだした。


「……まったく。色も変えずに攻撃するとか。動物や虫だってもう少し分かりやすいぜ」


 噎せながら首元を押さえて文句を言う三上からは先ほどまでの余裕ぶった態度は消え失せ、言葉遣いも荒くなっていた。

 こちらの方が素の性格なのだろうか。


「はん。それぐらい出来ないと異世界じゃ通用しねーんだよ。その分じゃお前があっちに行っても生き残れそうにないな」


「そんな世界で生きるのはゴメンだね。そうなったらさっさと死んで来世にかけるさ」


「随分ドライな考え方ですね」


 転生者に生き抜いて貰うための異世界サポート業務に付いている秤としては聞き捨てならない台詞だ。


「感情が見えると遅かれ早かれそうなる。君も気をつけろよ。今はまだ綺麗なもんだが、最初に見たときよりは若干こいつらに染まってる」


 もう余裕を取り戻した三上は、こちらの憤りなどさらりと流してからかうように言う。

 その切り替えの早さと巧さに、驚きつつも同時にその手の切り替えが不得意な秤は僅かに妬ましさも覚えながら、曖昧な笑みを返す。

 今の感情も三上に伝わっただろうか。


「いいからさっさと鍵寄越せ。アタシらはお前みたいな暇人と違って忙しいんだよ!」


「はいはい──」


 そう言って作業机の引き出しから2トントラックの鍵が入ったバインダーを取り出した三上だが、一瞬手を止めると、滴に向けシッシッと追いやるような動作をしながら、秤に目を向けた。


「受け取るのは釣合くんだ。お前はもうちょっと窓から離れてろ」


 その声はホンの僅かに震えていた。

 余裕ぶった態度を取ってはいたが、先ほどの件はしっかりと三上の心に傷となって刻まれ、あくまでそれを取り繕っていただけなのだと気付いた秤は、笑いそうになる自分を律し、唇を噛み締めつつ一歩前に出た。

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