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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第一章
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第44話 サポート開始②

 先ずは異世界係に送るメールの方を完成させることにした。

 石鹸の作り方に関しては、その内容を精査して貰っている間に調べた方が効率的だと考えたのだ。


 頼まれていた内容に関してはすでに調べ終わって纏めてあるが、面倒なのはそれらをビジネス文章に変えなくてはならないことだ。

 特に今回は身内ではなく、他部署に提出する書類である。

 滴のこともあって評価が落ちている今、適当な仕事は許されない。

 朝日か森羅がいれば添削を頼めるのだが……


「仕方ねぇな。その資料貸せ。メールはアタシが打っておいてやるよ」


 思考を巡らせていた秤の手から、空気を泳いでやってきた滴が資料を奪い取っていく。


「ええ?」


 思わず口から疑問符が出た。

 滴にまともなビジネス文書が書けるとは思えなかったのだ。


 普段の態度もそうだが、実際に異世界サポート業務の最中、相手を怒らせた事実もある。

 そんな滴がお堅いビジネス文書を作成できるとは到底思えない。

 そうした感情がこもった声を聞いた滴の眉がピンと持ち上がる。


「なんだよ? その声」


 苛立たしげにこちらを睨みつける滴に、どうすれば穏便に書類を取り返せるかと高速で頭を回転させていると、意外なところから助け船が入った。


「……滴は文書を纏めるのが得意」


「え?」


 秤の視線が声の方向、斜め向かい側のデスクに注がれる。

 そちらでは滴と異なり業務開始時間後、自分の席に着いてデスクワークを始めた小子が、手書きでなにやら文書を作成していた。

 彼女はパソコンが使えないこともあり、デスクワークの際は基本的に全て手書きで作成しているのだ。


 その筆運びは淀みなく、こちらに視線も向けていないこともあって、先ほどの声は幻聴だったのではと疑いそうになるほどだ。


「……私も提出する文書の清書を滴に頼むことがある。だから心配ない」


 手を止めないまま再度小子が口を動かす。

 同時に、彼女の言葉に調子を良くしたらしい滴が秤から奪い取った書類束を丸めて小子を指した。


「そーそー。こいつパソコン使えないし、そもそも内容も堅いっつーか古すぎるからな。こっちである程度要約してからでないと、打ち込みもできねーんだよ」


 小子は百年以上昔の日本から異世界に転生したため、未だ現代の文明に慣れてはおらず、パソコンやスマホはおろか、テレビやエアコン、電気ケトルなどの生活家電もまともに扱えないため、手書きで作ったものを文書にするときは、他の誰かに清書を頼んでおり、時には滴に頼むこともあるのも知っていたが、それらはただ書いた内容をそのまま打ち込んでいるだけだと思っていた。


「人は見かけによらないもんだ」


「お前なぁ」


「いや。悪かったよ。あまりに意外というかなんというか」


 怒りというよりはショックの色合いが強そうな声色に、フォローを入れようとするが慌てたせいか、余計なことまで言ってしまった。

 当然滴は不機嫌そうに舌を打ち、こちらを睨む。


「……言っておくけど、アタシは異世界行く前は普通に社会人してたんだからな?」


「へぇ。初めて知った」


 異世界での話は何度か聞いていたが、異世界に行く前の話は皆あえて避けているようだったのでこちらからも話を降ったことはなかった。


「初めて言ったからな」


「だったらなんで前の異世界サポートの時は相手を怒らせるようなこと言ったんだよ」


 資料を手にしたまま秤のデスク上を飛び超え、自分のデスクに戻っていく滴に問いかける。


「あー? それはあれだよ。担当した奴があんまりにもナメた態度とりやがったからだ」


 予想通りの答えに、本当に任せて大丈夫かと心配になる。

 やはり適当な理由を付けて調べ物の方を担当してもらおうかと口を開きかけるが、その前に滴は自分用のノートパソコンを開き、その裏側に顔を隠すようにして続けた。


「でも。こいつは面倒くさいが、異世界をナメちゃいない。そういう奴なら、アタシだって手を貸すさ」


 文句は言うけどな。

 誤魔化すように鼻を鳴らす滴に、秤は開きかけた口を閉じ、改めて告げた。


「そっちは頼んだ」


「おう」


 首を傾げてパソコン画面から顔を覗かせ、ニヤリと笑った。



 ・



「おー。完璧だ」


 石鹸制作に必要な材料や手順を集めプリントアウトしている最中、自慢げに完成したメール草案を見せてきた滴に秤は手放しの賞賛を送った。


「当たり前だろ。年期が違うよ年期が」


 ただでさえ自慢げだった鼻を更に高くしながらフフンと鳴らし、そのまま顎先を持ち上げるように胸を張ってこちらを見る。

 いわゆるドヤ顔だ。


「じゃあ、早速送るか。センドウも首を長くしているだろうからな」


「って言っても、異世界とこっちじゃ時間の流れが違うんだから、向こうじゃ送ってから大して時間経ってないだろ」


 身も蓋もない言い方に秤は肩を竦めた。

 異世界とこちらの世界は時間の流れが違うというのは事前に聞いている。


 異世界の方が時間の流れが遅いため、調査や元請け部署での審査を得てからメールを送っても、向こう側からすれば送って直ぐ返事が来ることになるそうだ。

 だからこそ、毎回異世界係の監査を受ける時間的余裕があるのだ。


「だとしても早いに越したことはないだろ」


 負け惜しみのような言い訳に、しかし、滴はあっさりと頷いた。


「まあ、それはそうだな。今回は違うと思うけど、緊急性の高いときは、一分一秒が命取りになりかねないもんな」


「そういうこと。だからあっちの審査もさっさと終わってくれれば良いんだけど──」


「あいつらもお役所仕事だからなー。アタシの時も平気で数時間、下手すりゃ丸一日経ってから返事来たこともあったからな」


 やる気が感じられない。と自分のことは棚に上げる滴に苦笑を返しつつ、滴の作った草案を決裁書という形にした上で調べた情報と共にファックスで送信した。

 正直ファックスで送っていいのなら、全てデータで送り、決裁自体も電子決裁で問題ない気がするのだが、そうもいかないらしい。


「──これでよし。こっちも清書するか」


 それなり時間を掛けて書類を送り終えた後、秤は石鹸の調査依頼の方を纏め始めるが、滴はそちらを手伝う気はないらしく、空中に浮かび上がるとそのまま横になり、まるでハンモックに乗っているかのごとく、両手を頭の後ろで組みながらゆらゆらと揺れ始めた。


「自分の仕事はいいの? 確か外回りして異世界帰還者の痕跡を探すんじゃないのか?」


「いいんだよ。シツチョーとシンラもいないし、ひと仕事終わったからしばらく休憩ー」


 面倒くさそうに手を振る。

 秤としてはそれでいいのかとは思うが、自分の仕事を手伝ってもらった手前、強く言うこともできない。


(まさか仕事を手伝うって言ってきたのは、これが理由じゃないだろうな)


 思わず訝しんでいると、突如滴がその場で身を起こし、慌てて自分の席に戻ろうとし始めた。

 なんだ。と問う間もなく、室長デスクに空間の歪みが生じた。


「ほう。良い度胸じゃないか。滴くん」


 歪みの中から現れた朝日が、椅子に戻る直前の滴に声をかけた。


「お、お早いお帰りで」


「一時帰宅だよ。秤くんに届け物があってね」


「俺に?」


 はい。と差し出された書類を受け取りに向かう。


「これは──さっき送った」


 今しがた送ったばかりの決裁書だ。

 送った際には空白だった決裁欄には、天地という名字判子が押されている。


「なんでこんなに早く」


「ちょうど僕が天地さんと話をしている途中で送られてきたからね。急いで確認させて決裁を行わせた」


「出張って、そこだったんですか。でも、いくら何でも早すぎません?」


 送ってから五分と経っていない。

 ちゃんと中身を確認したのか心配になった。


「そう心配するなよ。初めは後回しにするつもりだったようだけど、はー君を待たせるわけにはいかないって。思考強化やら、時流操作やらの魔法を使わせたからね」


「使わせたって誰が?」


 答えは出ているようなものだが念のため問うと、朝日は何でもないように答えた。


「それはもちろん森羅くんが」


「その森羅は?」


「また送ってくるかも知れないからと。今もあちらに待機して睨みを利かせている」


「大丈夫なんですか、それ」


 こんなことをして他の異世界係との関係に軋轢を生まないか心配になる。


「天地さんは温厚な人だからね。だからこそ、急かさないといつまでも仕事を溜め続けるというか」


「ああ、それで普段は仕事が遅いんですか」


「いやいや。今回特別早かったのはアタシが清書した内容が素晴らしかったからだろ?」


 疑問が解消されたところで、いつの間にか椅子に座りなおした滴が秤の手にある書類を指した。


「ああ。見覚えのある文体だと思ったけど、やっぱり滴くんが清書したのか」


「……まずかったですかね?」


 秤の名前で提出する書類を滴に書かせたことだ。


「そんなことはないよ。ただ君の名前で提出する以上、何かあったときの責任は君が取ることになる。それをわかっているなら問題はないさ」


「そっちは大丈夫です。俺が信頼と納得をした上でのことですから」


 試すような朝日の言葉に間髪入れず頷くと、朝日は満足げに笑い、何か言おうと口を開きかけたが、その前に再び滴がふてくされた声を出す。


「結局問題なかったんだろ? さっさと送ってやれよ。急いでるんじゃなかったのかよ」


 その声はどこか恥ずかしがっているのを誤魔化しているようにも聞こえて思わず笑いそうになるが、画面越しに滴がこちらを睨んでいるのが見えて、秤は慌てて顔を隠した。

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