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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第二部 第一章
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第42話 新たな業務②

「センドウモリタカ。十六歳。異世界に行ったのは──十日前。ってなにか天災ありましたか?」


 最近は今までさして興味もなく見ていなかったニュース番組だけでなく、ネットニュースにも目を通すようにしている秤だが、自分の知る限り十日前に人が死亡するような大規模天災はなかったはずだ。


「僕らの管轄区ではないけどね」


 ほら。と言いながら朝日は取りだした新聞をテーブルの上に放り投げ、一カ所を指で示した。

 全国紙ではなく地方新聞だったが、秤たちが住んでいる都市のものではない。

 朝日が指しているのは市内で発生した看板落下事故に関する記事だ。


「看板の落下事故。古くなった看板が強風に煽られ接合部分が破損したものとみて現在調査中。破片で怪我人三名。死亡者は……無し」


 記事の内容を読み上げると、朝日は満足したように頷いた。


「これが異世界送りなんですか?」


 秤が遭遇した土砂災害に比べて規模が小さすぎる。


「確証はない。この地域を担当している異世界関連部署では僕らのように、事前に転生予定者を知ることはできないからね。ただ。彼らが世界改変に気づいたタイミングで発生した事故はこれだけらしい。なにより、そのセンドウ某の証言とも一致している」


 次の頁に書いてあるよ。と付け足す朝日に言われるがまま、資料をめくると確かにそうした記述があった。

 時間と場所も新聞の記事内容と一致している。


「あちらはそうやって転生者のことを調べているんですね」


 異世界に送られた転生者の痕跡を消去する世界改変。

 本来であれば記憶にも改竄が起こり、転生者の家族であってもその存在を忘れてしまうが、かつて異世界に送り出され、その後戻ってきた異世界帰還者だけは除外される。

 その特性を利用して余所の異世界帰還者たちは、世界改変が起こった時間を記録し、天災によって発生した事故などを調べることで、送り出された転生者を捜しているということらしい。


「でも、それだとずいぶん手間が掛かりますよね。世界改変の時に戸籍とかデータの類も消えるんでしょう? まさか全住民の情報を記憶している訳でもないでしょうし」


 異世界送りが実行された天災を見つけたとしても、それが新聞やニュースに乗ったときには、転生者の情報は消えているはずだ。

 全住民の中から誰が消えたかを判別するのは相当手間が掛かる作業だ。

 そうした秤の疑問には、朝日ではなく森羅が答えた。


「それが例の異世界と繋がったパソコンなんだと思うよ。異世界と通信できるだけでなく、そこに入っているデータも守られて、原本が残っているから、後は天災が起こった辺りの住民を調べて、改変された後の住民票と見比べれば誰が消えたか分かるってこと」


「そういうことだ。僕らは小子くんがいるから必要はないけどね」


 あまり個人の能力に頼りすぎるのもどうかと思うが、ここでそれを言っても仕方ない。

 なにより、今はもっと気になることがあった。


「怪我人はいても、他の死亡者はゼロですか」


「そう。つまりあちらの上位存在は、転生予定者をピンポイントで狙って異世界に送り込んだわけだ。毎回こうなら彼らが異世界送りではなく、その後のサポートに力を入れている理由も分かるというものだ。まったくどこかの誰かに見習ってほしいくらいだね」


 そう言った後、朝日は一瞬間を空け、しまったとばかりに口元に手をやった。


「本当ですよ。空の上でふんぞり返って適当な仕事をしている上位存在と違って、そういうのは神様って呼んでも良いくらいです」


 案の定、これまでニコニコしていた森羅の目つきが鋭くなり、怒りのままに声を荒げた。

 複数いるとされる上位存在の中でも、ここに所属している異世界帰還者を送り出し、大規模な被害が出る異世界送りを繰り返しているこの市を担当している上位存在のことを、森羅は異常なまでに嫌っているのだ。


「そ、それにしても! この人、もの凄いチート貰っているじゃないですか。サポートなんて必要なんですか?」


 このままでは話も進まず、森羅の機嫌も悪くなるばかりだ。と秤が強引に話を戻す。


「ああ。あらゆる属性に対する完全耐性に、物理、魔法双方防御力はカンストしているからね」


 秤の意図を察したらしい朝日が話に乗ると、森羅も続いた。


「でも。攻撃力は人並みみたいですし、それを補う意味でも仲間集めや、レベル上げが必要ってことですかね」


「仲間集めかぁ。それならなんとかなる。か?」


 秤たちが住むこの現実世界だろうと異世界であろうと、人集めで重要になるのはコミュニケーション能力だ。

 別に自信があるわけではないが、それでも異世界の常識や考え方が必須でないのなら、まだなんとか助言もできる。

 なにより。


(これだけのチートを持っていれば、流石に死ぬことはないだろう)


 口に出すと、それこそフラグになりそうな気がして、心の中に仕舞いつつ秤は朝日に向かって告げた。


「分かりました。この案件は俺が担当します」


「ああ。表向きの仕事の方は僕が対応しておくから、君は慣れるまでそちらに専念してくれ。森羅くん。フォローを頼むよ」


「分かりました!」


 元気よく手を挙げる。

 もう完全に上位存在のことは忘れているようだ。と内心で安堵しつつ、秤は再度手元の資料に目を向け、これから自分が関わりを持つことになる異世界転生者のデータを改めて確認した。

 履歴書を模したと思われる一枚目の本人概歴には生まれや出身学歴などが書かれている。

 名前欄の右隣には写真張り付け窓があったが、流石に市役所の原本データにも写真は付いていないらしく、そこは空白のままだった。


「さて。どんな奴かな」



 ・



「ささ。座って座って」


 早速とばかりにデスクへ戻された秤に、上機嫌の森羅がイスを滑らせて密着する。

 完璧と言って差し支えない美貌の女性が、こちらを完全に信頼しきった屈託のない笑顔を見せて好意をぶつけてくるこの状況には、男として色々と思うところがあるのだが、未だその理由を思い出せていないこともあり、秤としてはこれまでどおり見て見ぬ振りをするしかないのだが、うまく行かない。

 密着したことでこちらに漂ってくる香りのせいだ。


 取りあえず仕事内容を教えて貰わなくては始まらないのだから、と必死に頭を仕事モードに切り替えようとする。

 そんな秤の努力をあざ笑うかのように森羅はクスリと笑って、小首を傾げながら首元で纏まったショートヘアに手を入れて小さく揺らすと、風に香りが乗って流れて来る。


「香水を変えてみたんだけど。はー君分かった? 売ってる奴は人工臭くて自分で調合したんだ。私がエルフだからかな。森の香りが落ち着くからそれをベースに作ってみたんだー」


 更に詰め寄ろうとする森羅からは確かに、秤と幼なじみの柊沙月がいつも遊んでいた裏山で嗅いでいた懐かしい匂いが漂ってきた。


「いや。森羅、ちょっと離れて」


「んー?」


 制止の声も無視して更ににじり寄ってくる森羅に。


「そこー。仕事中にいちゃつくなって言ってるだろー」


 朝日の棒読み言葉が届いた。


「もー、室長邪魔しないでくださいよー。記憶を取り戻すのは匂いも有効だって聞いたから試してたのに」


「そういうのは休憩時間にやりなさい」


「だってはー君、最近ガードが堅いんですもん」


 唇を尖らせ、不満げな顔を見せた森羅だったが、すぐにこれ以上は無理だと悟ったらしく、今までの攻勢がなんだったのかと思うほどあっさりとイスを戻し、表情を引き締めた。


(こういうところは、異世界を救った歴戦の勇士って感じだよな)


「パソコンの使い方は大丈夫だと思うけれど、さっきも言ったとおり、異世界と通信できるパソコンは余所に置いている一台だけだから、私たちはここからそのパソコンを遠隔操作する形になるの。だからね、先ずは──」


 滔々と説明を始める森羅の横顔を見ながら、急いで自らも仕事モードに切り替えた。

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