第41話 新たな業務①
「森羅くんから聞いているかも知れないが、先日から僕らの業務に追加された他方の異世係が送り込んだ転生者のサポート業務のことなんだが」
「聞きましたよ。滴が相手を怒らせたから次は俺が担当するんでしょう?」
応接スペースという名の休憩用談話スペースとなっているソファの背もたれに身を預けながら、秤は首を捻って背後のデスクに目をやった。
視線を向けたのは四つ纏まったデスクの中で、整理整頓という言葉とは無縁の公私の区別なく乱雑に物が積み上げられた滴のデスクだ。
「話が早くて助かる。まあ適材適所という奴だ」
「適材って。俺異世界のことは殆ど知らないのに」
先ほど森羅にも告げた言い訳を繰り返してみるが、朝日は薄く笑う。
「僕らもそれぞれ転生した世界は違うから異世界に詳しいかどうかは些末なことだ。それにこの業務ではどちらかと言えば、この世界での知識の方が重要だからね」
やはりと言うべきか先ほどの森羅と同じような台詞で封殺されてしまった。
「……」
この分では森羅との会話で出た、サポートに失敗して逆恨みを受けた場合、力のない秤では対抗できないというもう一つの言い訳も通用しないだろう。
思わずため息が漏れた。
「そうあからさまに嫌がるな。君の表向きの仕事もある程度収まってきているからちょうどいいだろう?」
「まあ。それはそうですけど……」
痛いところを突かれた。
確かに、秤の主な仕事であった表向きの業務である情報精査室の仕事は減少傾向にある。
そもそも秤たちが所属している天災対策企画課は本来天災が起こる前に未然に防ぐための部署であり、異世界送りもあくまでその一環にすぎない。
当然ながら、あらゆる天災を未然に防ぐためには市役所の職員だけでは手が足りない。
そのため市長は、天災対策企画課の設立と同時に、市民から情報を募るための相談窓口を設立した。
唄い文句は、どんな相談・情報であってもたらい回しにせず、直接相談を受ける窓口だ。
市民が役所に相談をしても、あちこちとたらい回しにされて、その度になんども同じ説明をするのでは非効率的であるため、天災に対するあらゆる相談ごとを一つの窓口に集中させることで、市民が気軽に相談できるよう考えて作られたものだ。
しかし、そうした天災の予兆が見られる場所には、実際に複数の部署が管理運営に関わっているものも多く、本人たちでもどの部署が担当すれば良いのかわからない案件も存在しているため、意図せずたらい回しが起こってしまう場合もある。
秤たち情報精査室の表向きの業務とは、そうした集められた情報を精査して強制的に各部署に仕事を割り振ることにあった。
割り振りには各部署の業務内容など、表向きの知識だけでなく、縄張りや縦割り構造、果ては市役所内の派閥争いといった複雑な力関係まで調べる必要があり、新人である秤はその調査も含め精査しなくてはならず、多忙を極めていたのだが。
「この手の相談窓口が忙しいのは最初だけだ。情報収集室の連中もある程度慣れてくれば、あちらで仕事の割り振りもしてくれるようになるさ」
朝日の言うとおり、設立当初は物珍しさも手伝い、市民から大量に相談が寄せられたが、それも最初の一月程度。
今では相談自体が減少した上、どこに割り振れば良いかわからない案件も殆どなくなっていた。
朝日はそれを知っているからこそ、あっさりと滴を異世界サポートの担当からはずしたのかも知れない。
「はあ。分かりました。やりますよ」
理詰めでこられてはもう降参するしかない。と秤はもう一度ため息を吐いて、手を持ち上げた。
「ちなみに、滴はなにをするんですか?」
まさかこのまま何もしないということはないだろう。かといって秤が行っていた表向きの業務ができるとも思えない。
そう考えた秤の問いに朝日は想定内とばかりに頷いた。
「彼女には外回りで、未登録の異世界帰還者を捜してもらうことにした。秤くんが戻ってきてからもう四ヶ月。次の異世界帰還者が居ても不思議じゃない」
「あー、確かに。相談窓口にはその手の情報入ってきてないみたいですし、戻ってきてるとしたら隠れて生活してる可能性もあるわけてすか」
そうした異世界帰還者とおぼしき者の捜索も秤が情報を精査する中で捜すことになっていたのだが、そちらはまったく引っかからなかった。
「秤くんのように記憶喪失になっている可能性もあるが──まあ、そちらの方が希有な例だ。戻ってきているなら単純に隠れている可能性の方が高い。滴くんはその手の探知能力に特化しているからうってつけの仕事だ」
「そうなんですか?」
「滴ちゃんは人魚だからね。肌感覚で魔法を使用した痕跡を掴むことができるんだよ」
これまで秤の隣に腰掛けて黙って話を聞いていた森羅がここぞとばかりに説明すると、朝日は台詞を取られたとばかりに苦笑した。
「そういうこと。だから滴くんについても心配はない……まあ、彼女を一人で外に出すのは心配といえば心配なんだが」
「それは確かに」
「あはは」
この場にいた全員の考えが一致していることは読心魔法など使用せずとも分かった。
「んんっ。それはそれとして。今は君の仕事だ」
気を取りなすような咳払いをして、朝日はずっと持っていた書類をテーブルに置いた。
一番上に極秘資料を表す判子が押してあり、真ん中に人の名前と調査資料という文字が記されている。
秤が担当することになる異世界転生者のプロフィールらしい。
「どれどれ」
秤より早く森羅の手が伸びて資料を浚う。
「なんで森羅が先に見るんだよ」
「一応チェックをね。はー君が女とメル友になるのなんて絶対だめだからね。場合によっては別の人に交換してもらうから」
「それは大丈夫だ、森羅くん。選定は済ませてある」
「室長までなに言ってるんですか」
呆れる秤を余所に、勝手に資料を開いた森羅は真剣な表情で中身を読み初め、そのまま最後まで読み終えると満足げに頷いた。
「うん! これなら大丈夫」
にっこりと明るい笑顔を浮かべて、森羅は開いた状態の資料を秤の前に差し出した。
そのまま資料を受け取ろうとするが、森羅は笑顔を浮かべたまま、手を離さない。
「?」
「はい、はー君はそっち持って」
右隣に座っていた森羅が、資料の左手側を示す。
ようするに書類を真ん中で開いて、左右のページをそれぞれが持って二人で一緒に読むという、大人になったらよほど仲のいい友人か恋人しかやらないようなことをやりたいらしい。
「森羅はもう読んだんだろ」
意図は分かったが、恋人同士でもないのにそんな恥ずかしいまねをする気にはならない。
そもそも仮に恋人同士であったとしても、職務中、それも上司である朝日の前ですることでもない。
強めに書類を引っ張ると、思いの外あっさりと森羅は書類を手放した。
「いけずー」
ただし唇を尖らせて不満を口にするのは忘れずに。
そんな森羅を無視して、改めて資料に目を通し始めた。




