第38話 朝日月夜①
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重厚な造りの家具や調度品に囲まれた市長室内は豪華絢爛と呼ぶに相応しい。
しかし、配置されている家具や壁紙カーペットなどは軒並み最近のトレンドからは外れた、いわば時代遅れの物ばかりだ。
それもそのはずで、この市長室は長期に渡って政権を握ってきた前任の市長が初当選した十数年前にリフォームしたときからずっと変わっていないのだ。
当時としては最先端だったデザインも今ではすっかり型落ち品となっているが、高級であるが故に劣化は少なく、そもそも前任の市長は外出好きであまり市長室に寄りつかなかったこともあり、まだまだ室内のリフォームは必要ない。
そんな中にあって、新たに当選を果たした新市長が唯一購入した物が新しい椅子である。
執務用の椅子ではなく、自らの権力を誇示するための物。
今時本場ヨーロッパでも見ない、バロック調の彫金が施された機能性皆無の巨大な椅子は、まさしく彼女の玉座そのものだ。
座り心地の悪そうな玉座に腰を下ろした妙齢の女性、この市の新たな首長であり、朝日たちの直属の上司でもある、松竹桜華は肘置きに両手を下ろしたまま、こちらをじっと見つめている。
「面を上げよ」
「はっ!」
無理に威厳を醸し出そうとしているかのような低い声を聞き、笑いそうになる自分を律し、ことさら表情と声を引き締めつつ、顔を持ち上げる。
「うむ。良い返事だ。流石は余の見込んだ騎士」
こちらの演技に気付くこともなく満足げに頷く様に、市長としてそれで大丈夫なのかと呆れつつも、言葉にも態度にも出さず、代わりに要件を問う。
「……本日のご用向きは?」
「なに。異世界転生応援室が稼働し始めて、今日で三ヶ月。そろそろ業務にも馴れたであろう? 話を聞かせもらおうと思うてな」
「陛下自ら、ですか?」
陛下という時代錯誤も甚だしい敬称に気を良くした桜花は、ニンマリと艶やかな唇に弧を描く。
「当然だ。異世界の件を知っているのは、貴公らを除けば余のみだ。何も知らぬまま問題が起こり、あの頃に戻られては敵わぬのでな」
あの頃とは、度重なる災害によって多くの犠牲者を出し続けていた時期のことだ。
その際、前任の市長は市内の縦割り構造を崩すことなく、自分の息が掛かった部署の指示に従うよう強権を振るい、結果として復興が遅れたことを問題視され、市長を退任することとなった。
彼女はその後任を決めるための臨時市長選に立候補し、市役所内の縦割りを無視して活動できる部署の立ち上げを公約に掲げて当選を果たした。
実際に新年度、つまりは四月一日より新たな部署である天災対策企画課が設立し、災害への備えを始めている。
とはいえ、それは表向きの話。天災対策企画課の本来の役割は、朝日が室長を務める異世界転生応援室の業務を円滑に進めるための隠れ蓑に過ぎない。
しかし彼女はただの隠れ蓑であるはずの天災対策企画課を本格的に運用し、応援室にも失敗すれば災害へ繋がりかねない異世界送りの成功に力を入れるように言っている。
聞きたいのもその話だろうと当たりを付け、朝日は恭しく告げた。
「ご安心を。僕らがいる限り、以前のような大規模災害、いいえ。天災は起こさせはしません」
「うむ。神、否。上位存在であったか。如何に強大な力を持っていようと、余の領民、そしてこの余自身に牙を向くというのであれば捨ておけん。遠慮なく動くが良い」
尊大な態度を崩さず高笑う桜華に、僅かな不満が芽生えた。
天災を防ぐために力を尽くせと言う割に、この三ヶ月、彼女はこちらの頼みごとを却下してばかりだったからだ。
「仕方あるまい。前任の愚者より突発的に引き継いだ故、余の足下も固まりきっておらぬ。改革には時間が掛かるものだ」
表情には出していないはずだが、彼女はあっさりとこちらの不満を看破する。
「あれ? 顔に出てましたか?」
いい加減騎士ごっこも飽きたので口調をフランクに戻し、おどけたように言うと彼女は不満気に鼻を鳴らした。
「その程度。余にとってはたやすいことよ。何故ならば」
勿体ぶるように言葉を切った桜華に、心臓が一つ動いた。
次に吐き出される言葉が、もし朝日の予想通りなら──
「余は幼き頃より帝王学を嗜んでおる故な」
自慢げに言い放ち、高らかに笑う様をみて、朝日はこっそりとため息をついた。
(そんなはずないか)
「ではそのご自慢の帝王学で早いところ市役所、というか市議会を纏めてください。どうにもよからぬ動きがあるそうですよ」
「フン。念を押されるまでもない。お爺さ──んんっ! 影の皇帝からもこの領地の差配に関しては余に一任すると命じられておる」
わざとらしい咳払いを入れた後、桜華は誤魔化すように立ち上がり、両手を広げた。
「頂点が真に有能ならば独裁であっても領民にとっても良いものだ。見ておれ、いずれはかの者すら越え、この余が国の皇帝に君臨してくれるわ!」
舞台役者のように、身振り手振りを入れて謳い上げる。
演技めいているのはいつものことだが、今回のこれは照れ隠しも多分に含まれているに違いない。
彼女が先ほど言いかけたお爺さまとは、今から六十年以上前に異世界から戻ってきた最初の異世界帰還者であり、桜花と血の繋がった祖父である松竹梅陰のことだ。
面倒ごとを避けるため、他の室員には詳細は知らないと言っているが、数十年前日本に帰還した彼は異世界で手に入れた身体能力と魔法を駆使して、莫大な富と権力を手に入れ、いつしか日本のフィクサーと呼ばれるようになった人物だ。
その権力は未だ健在であり、大層な理想を掲げていても、経験もなく、政治家としては若い三十八歳の彼女が初出馬の市長選で、当選を果たしたのは彼が裏から手を回したためだ。
彼女自身、そのことには気づいており、また祖父を尊敬しているのも傍目から見ていて明白なのだが、人前ではそうした姿を見せないようにしているらしく、自分が政治家として超えるべき強大な敵であるかのように語り出すところは何度となく見てきた。
「あ。そういえば、例の件ですが」
自分たちを含めた異世界関連部署全般を取り仕切るフィクサーの存在から、別件を思い出して聞くと、桜華は首を傾げた。
「例の?」
「余所の異世界関係部署から頼まれた仕事です。いくつか確認したいことがあるんですが、どこに連絡すればいいんですか?」
市長選で桜華が勝手な行動を採り、一時は余所の異世界関係部署と断然していた異世界転生応援室だが、日本を裏から支配するフィクサーとはいえ孫には甘いのか、彼女が直接祖父に頼み込んだことであっさりと交流は復活し、今では情報のやりとりも行えるようになっていた。しかし、未だ異世界帰還者も少なく、天災を未然に防いだことも併せて、さほど忙しくないことを理由に、余所の仕事を回されてしまった。
もっとも、なんの仕事もなく、無為に時間を過ごしながら給金だけもらうというのは、個人的にあまり良い気分ではないのでそれ自体は問題ないのだが、任せられた仕事の中に、どう対処していいのか分からない事案が幾つかあった。
「相手方も僕らのような表向きの名前があるんでしょうけど、そこまでは教えてもらっていませんからね。直接連絡を取る術がないんですよ」
「ああ。その件か。それも影の皇帝からの指示だ。彼奴はどうも異世界係同士が親密になりすぎることを危惧しているようでな」
異世界帰還者の力を知っているならば当然だ。
そもそも各地に異世界係を作ったのは、未登録の異世界帰還者の発見と管理のためなのだから。
「連絡はすべて部署に配置している者を通すようにとのことだ。我々でいうと近衛長だな。指示を出しておる故、何かあれば奴に回しておくが良い」
近衛長とは天災対策企画課の課長のことだ。
彼は異世界帰還者ではないが、市役所内で数少ない桜華個人のシンパらしい。
異世界のことは知らないと聞いているが、そんな状態でも朝日たちの行動に便宜を図ってくれている。
「承知しました。では、私はこれで──」
「待て」
聞きたいことは聞いたので、さっさと退散しようとした朝日に、桜華が手を伸ばす。
「まだ何か?」
「何かではない。余の用事が済んでおらぬではないか。さあ、余に話を聞かせるが良い。これまでの業務内容だけでなく、影の皇帝より任せられたという異世界での仕事内容も含めてだ」
声のトーンが一つ上がり、同時に濃い紫色のアイシャドーで縁取られた瞳が爛々と輝き出す。
只でさえ目立つ大きな瞳を更に際だたせているものだから、目力が凄まじく、人によっては威圧感や恐怖心すら覚えるだろう。
いつか森羅が語っていた、異世界に存在した瞳を見ただけで石化させるという魔眼を持ったモンスターの話を思い出した。
だが、そんな彼女の瞳を見て、朝日の胸に去来したのは威圧感でも恐怖心でもなく、懐かしさだった。
化粧や僅かな目元の小皺はともかく、その輝く瞳と夢見がちな好奇心だけは何も変わっていない。
「む? なにを笑う?」
「……いえ。何でもありません」
誤魔化すように首を振り、今も部下たちが格闘しているであろう仕事内容を思い出す。
それを知ったときは、図らずも異世界転生応援室にぴったりの仕事がきたな。と思わず唸ったものだ。
「僕らに任せられたのはメールを使って異世界に不慣れな転生者にアドバイスを送る。いうならば異世界サポートです」




