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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第四章
38/129

第37話 企画部 天災対策企画課 異世界転生応援室トラック係・釣合秤

第一部の最終話です

 しかし、流石にここで話すのもどうかと思っているとハカリの視線に気付いた森羅が可愛らしく小首を傾げる。


「ん? どうしたの?」


「いや、何でもない」


「嘘。話して」


 グイと顔を近づけて、森羅は強い口調で言う。

 とっさに誤魔化そうとするが、森羅の顔はどんどん近づき、すぐ目の前まで迫ってくる。

 いつまで経っても慣れることのない美しい顔立ちを前にして、言い訳が思いつかず、仕方なく正直に話すことにした。


「いや、えっと、この間言ってたやつなんだけど。ほら、お前のことを思い出したらって──」


「ちょっと待って。滴ちゃん! 静かに!」


 飛ぶように後退して椅子に座りなおした森羅が背筋を正し、未だ喚いている滴に鋭く告げる。


「え? あ、はい」


「んんっ。はー君どうぞ」


 その勢いに少々驚きつつ、ハカリは改めて口を開く。


「もしかしたら、森羅の本名って──」

「う、うん」


 耳元に顔を近づけて、ある女の名前を告げた。

 ネットやSNS、通っていた高校の裏サイトなどを駆使して調べ上げた生存者リストにも死亡者リストにも載っていなかった、ハカリ以外にもう一人、世界から痕跡が消えているクラスメイトの名前だ。


「……はぁ? 誰その女」


「え? 違うの? 俺と一緒に異世界へ送られた奴の名前なんだけど」


「あー、なるほど。そういうことね……はー君」


「あ、はい!」


 ジロリと睨みつけられ、ハカリもまた背筋を伸ばす。


「残念だけど、私とはー君が行ってた異世界は別の世界だし、元クラスメイトでもないよ」


「なら、俺と森羅の関係って──」

「内緒! だから早く思い出してよね」


 フン。と珍しく子供っぽく鼻を鳴らした森羅が、これ以上の会話は拒否するというように顔を背けた。


(違ったか。謎が一つ残っちまったな)


 自分の推理が外れたことを残念に思いつつ、さて、拗ねてしまった森羅をどう宥めようかと頭を捻っていると、突然声が聞こえてきた。


「楽しそうだね」


 何もなかった空間に転移してきた朝日がそのまま自分のデスクに腰掛ける。


「あんたもですか」


 その様子に、先ほどの小子を思い出した。


「んん?」


「さっきあんまり魔法は使わない方が良いって話をしていたんですよ。ここは密室だとしても、転移するところを見られたらどうするんです」


「僕は大丈夫だよ。市長室から直接飛んだから」


「そういう油断が……って市長室?」


「ああ。思ったより早く入庁式が終わったからね。そのまま市長室にくるように言われた」


「もしかして!」


「名前の変更が決まったの?」


「……!」


 森羅、滴、小子が期待を寄せる中、朝日はイスに座ったまま腕を組み、フフン。と自慢げに鼻を鳴らした。

 それだけで周囲の期待はさらに膨らむが、


(あ。これだめな奴だな)


 その態度を一度見たことのあるハカリは早々に気付いてしまった。


「ダメだった」


「やっぱり」


「ええ!? なんでー」


 予想通りの答えに苦笑するハカリとは対照的に、納得できないとはがりに滴が食ってかかる。


「まだ活動もしてない部署の名前をいきなり変えるなんて、前例がないからね」


「また前例。さすがはお役所ですね」


 役所とは基本保守的な場所であり、目立つことを嫌う傾向にある。


「でも、この名前って私たち以外にはそれこそ市長くらいしか知らないんですから、前例とか気にする必要がないのでは?」


「それだが。嘘から出た真と言うべきか」


 森羅の疑問を受けた朝日の視線が一瞬ハカリを捕らえる。


「?」


「この前釣合くんを騙すためについたあの嘘。他の地方にある異世界関連の部署との交流を復活させるという話。あれを市長が独断で動いて成功させたらしくてね」


「元々市長が原因って言ってましたよね?」


「だからこそ自分で責任を取ったとは言っていたが、どうかな。僕らの仕事が成功したからマウントをとるために動いたのかも知れない。しかしそのせいで異世界関連の稟議でも市長だけでなく、他の異世界関連部署の同意を得る必要が出てきたということさ」


「それは。面倒になりましたね」


 眉を寄せた森羅に朝日は不敵に笑う。


「でも、悪いことばかりじゃない。例の水神丘古墳。あそこの管理に関しては他の異世界関連部署からも働きかけてくれるそうだ。先日の一件で土木課の後押しもあるだろうしね」


「本当?」


 もちろん。と頷く朝日に、小子の真っ赤な口紅の差された唇が、年相応にだらしなく緩んだのをハカリは見逃さなかった。


「おお。良かったな小子」


「うん」


 場に流れる和やかな空気を、朝日が指を鳴らして切り替える。


「ちなみに改名が許可されない理由はそれだけじゃない。僕らには実績が足りないとのことだ」


「今日から正式稼働するのに実績もなにも」


「だからこそだよ。僕たちは確かに異世界転移を成功させた。しかし、上位存在の天災より早く実行に移せたのは運の要素が大きい。道路の一部が土砂に埋もれるだけとはいえ天災自体を防ぐこともできなかった訳だからね。市長はそこを怪しんでいる」


「つまり。これから先、私たちが転移による異世界送りを実行し続ければ──」

「そう。その時こそ晴れて異世界転移応援室に改名できる。当面の目標はそれにしよう」


 改名程度にそこまで。とは思わなかった。


 これは実際に異世界送りを実行した後から、ハカリの中で異世界転移に対する考え方が変わったためだ。

 たとえ自己満足でも、上位存在主導である異世界転生ではなく、異世界転移によって行われる異世界送りは、自分たちにしかできないことだ。


 異世界帰還者は強い力を持ってはいるが、同時にこの世界からは隔絶された存在となる。

 戸籍は仮初め、自分の姿も偽り、かつての知己もいないか、いてもその記憶から己は消えている。

 そんな自分たちにしかできない仕事を行なうことで、この世界との繋がりを再認識できる。


 誰も言葉にせずとも、全員がその気持ちを共通しているのが分かった。

 そうしたこともあり、朝日は改名の議題が出た際、部署内だけではない形に残る正式なものにしようと市長に稟議書を提出したのかもしれない。


「なら。これからも毎回異世界転移を実行して、市長に結果を叩きつけてやりましょう」


「そう言ってくれると信じていたよ。じゃあ、これは君に託そう」


 もう一度指を弾き、そのまま人差し指をこちらに向ける。

 その瞬間、ハカリのデスク上に突然A4サイズのバインダーが出現した。

 革製のバインダー内には数十枚の紙束が挟まれている。


「業務日誌?」


 高級そうなバインダーには似つかわしくない、安っぽい白のラベルシールに印刷された文字を読み上げる。


「僕らの仕事は実体が掴みづらいから業務の報告書を作成して、毎日提出するようにとのことだ」


「うわー面倒くさそう。アタシじゃなくて良かった」


「……よろしく」


「お前らなぁ」


「大丈夫だよはー君。もちろん私も手伝うから、二人で交代交代。そう! 交換日記のように!」


 先ほどまでの不機嫌さをどこに置いてきたのか、弾んだ声で森羅が言う。

 全員の後押しを受けては断ることもできず、ハカリはせめてもの抵抗とばかりに盛大にため息を吐いてから頷いた。


「分かった。分かりましたよ。ただし嘘は書きませんからね。問題行動も正確に記録してやる」


「ああ。よろしく頼むよ。秤君」


「え?」


 これまで一貫して名字で呼んでいた朝日に唐突に名前で呼ばれ、驚いて顔を持ち上げるが、朝日の視線は既に手元の資料に向けられていた。


「朝日さん……」


 じわじわと込み上がってくる喜びを噛み殺し、同時に思う。

 先ほど、未だ不明の森羅の正体について謎が一つ残った。などと思ってしまったが、そうではなかったのだ。


 なぜなら、それは解けない謎ではなく、今はまだ知らない秘密でしかないからだ。

 これから先知る機会などいくらでも訪れるに違いない。

 自分はもう異世界送りに巻き込まれた転生予定者ツリアイハカリではなく、異世界から戻ってきたが、記憶も覚悟も持たないどっちつかずの釣合ハカリでもないのだから。


 自分は──


 勢いよく表紙を開く。

 中に挟まれていた紙はテンプレート化された業務日誌であり、一番上には日付と部署名、そして記入者の名前欄がある。

 早速とばかりにデスクのペン立てからボールペンを取って、スラスラと書き記す。


『企画部 天災対策企画課 異世界転生応援室トラック係・釣合秤』


 部署名と役割と並んで書かれた自分の名前を見ていると、ようやく自分の居場所が見つかった実感が湧いてくる。


「悪くないな」


 口元に浮かんでくる笑みを隠すことを止めて、釣合(つりあい)(はかり)は満足げに頷いた。

これで第一部は終了となります

良かったら感想や評価を頂けると嬉しいです


第二部は書き溜めが少ないのでここからは投稿間隔がニ、三日おきになると思いますのでよろしくお願いします

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