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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第四章
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第36話 四月一日

 四月一日。

 公務員試験を突破していないハカリは正規職員ではなく、準職員として入庁することとなった。


 当然、入庁式などはなく、仕事も職場も昨日までと何ら変わりない。

 変わったのは服装だけだ。


 今までは私服で仕事をしていたのだが、準職員とはいえ正式に市役所預かりとなったことで、森羅たちと同じ黒のスーツが支給されたのだ。


「おっ。似合ってるじゃん」


「うんうん」


 室内に入ってすぐ滴がからかい混じりに言い、合わせて森羅も頷く。


「しかし。準職員がセミとはいえオーダースーツっていうのもどうなのかね。税金の無駄遣いって言われそうだ」


「アタシらのスーツには魔法の力が込められてるからな。店で売っている既製品だとできないんだよ」


「魔法の力って、これを着ていると俺でも魔法が使えるの?」


「いや、魔法が使えるっていうか着ていると空気中のマナを吸って自動的に発動する。お前の奴は確か低級の魔法効果を打ち消す障壁を自動で張る防御魔法じゃなかったかな?」


「そうね。たとえばほら、私は今誰かが入ってきても良いように幻術魔法を使っているけど、はー君からは普段の私と変わらず見えてるでしょ?」


 確かに今の森羅は以前食堂で見た茶髪姿ではなく、金髪でエルフ耳も残ったままだ。


「なんでそんな微妙な魔法を」


「だってはー君には偽物じゃない私の素顔を見てほしいもの」


「はいはい。本当は?」


 こうした本気なのか冗談なのかわからない(そもそも転生後のエルフ姿が本物と言えるのかも疑問だ)言葉を本気にすると面倒になるのは分かっていたため軽く流す。

 案の定、森羅は唇を尖らせつつも大人しく説明を始めた。


「そっちが本音なのも確かだけど、私たちが範囲魔法使うときに、はー君も巻き込まれないための防御魔法ってこと」


「そーそー。集団催眠の魔法とか使って一般人を逃がす時、一緒に歩いていかれると困るだろ」


「後は、ほら。誰かがはー君に洗脳とか思考誘導魔法使わないようにって意味もあるね」


 ついでとばかりに付け加えられる。軽いノリで告げられた言葉だが、そちらが本命の理由だと察した。


「あー、なるほどね」


 今回の作戦で思考を誘導して操作する魔法の効力をハカリ自身が理解したからこそ、その耐性を付けさせることで、ハカリの行動を誘導する気はないと示しているのだ。


 恐らくは朝日と森羅の気遣いでもあるのだろう。

 当然のように滴はそのことに気付いた様子もなく、突如手のひらに拳を打ち付けた。


「今回の件で上位存在の性格がひねくれてることがはっきり分かったからな。次の異世界送りでもどんな手段使ってくるか。いろいろ準備しておかねーとな」


 三つの想定外が重なった先日の異世界送りに関しては、その後議論が成されたが、最終的に上位存在は人間と変わらない精神性や人格を持っている可能性について朝日が言及していたこともあり、上位存在が嫌がらせとしてわざと行ったとの結論に至った。

 同時に、今後はより万全を期して異世界送りを実行すると決定したので、このスーツもその一環なのだろう。


「そうそう。できれば今度はアレの介入の余地がないほど完璧に異世界転移を実行して吠え面をかかせてやろうね、滴ちゃん」


「いいね! やってやろうぜ」


 デスク越しに拳を合わせて意気投合している二人。

 元々上位存在を嫌っていた森羅はともかく、特に感慨のなかった滴まで反上位存在派になっているのは、例の件で小子が体調を崩したことに起因している。


 とそこまで考えて、件の小子がいないことに気づいた。


「小子は?」


「あいつは下。例の末社を掃除してくるとさ。あんな目にあっといてさ」


「あー」


 市役所にいても神託が聞こえるように朝日が配置したという小さな社のことだ。

 先日の会議でも一人だけ上位存在(彼女は一貫して神様と呼称していたが)を庇う発言をしていた小子らしい。


「ちなみに室長は入庁式に出てるよ」


 森羅が話題を変える。


「へぇ。室長クラスでも式に参加するんだ」


 偶にニュースなどで見る市職員の入庁式は新人以外は挨拶している市長くらいしか見た覚えがなかったが、他の職員は画面外にいたということだろうか。


「というより、今回は天災対策企画課の新設式も含んでいるからね」


「えー。だったらアタシらも関係者じゃん。今から飛び入りで参加しようよ。どこでやってんの? 下の会議室?」


「入庁式は、市の公務員全員が対象だから会議室じゃ収まりきらないだろ」


「そ。近くの文化会館だって。それにそろそろ式も終わりじゃないかな。新人は式の後すぐにそれぞれの部署に異動するからあまり時間はかけないはずだよ」


「なーんだ。仕事さぼれないならいいや」


 もう興味はなくなったとばかりにイスの背もたれに体を預け、そのままグイと背筋を伸ばした。

 相変わらず子供じみた奔放さと自由さに、森羅とハカリは思わず目だけで笑い合う。

 いつまでも入り口に立っていても仕方ないので自分のデスクに移動しようとすると、上からヒラリと紙切れが落ちてきた。


 目の前に来たのでつい手に取りかけるが、その札に刻まれた見覚えのある模様を見て即座に後ろへ下がる。

 勢いがつき過ぎたせいで扉に頭をぶつけてしまう。


「痛ってぇ!」


 丁度金具部分だったことで予想以上の痛みが走り、頭を押さえてしゃがみ込む。


「……何しているの?」


 直後、上から降ってきた言葉の主が誰か気づき、怒りと共に吐き捨てた。


「それはこっちの台詞だよ。転移でいきなり現れるな」


「……階段を登るのは疲れる」


 ツイと目を反らしながら小子が言う。


「だったらエレベーターを使えよ」


 そう言うと、小子は珍しく大きな動きで首を横に振った。


「……あんな細い紐で鉄の塊が上下するなんて信じられない。絶対に落ちる」


 流石に価値観が古い。というより、他の者たちに比べ小子は一人だけ遙か昔に転生したためか、現代技術を一切信用していない節があった。


「いや落ちない。というか、小子たちならそれこそ落ちても対処できるだろ」


「吃驚するのも嫌」


 そんな会話をしながら、ハカリと小子もそれぞれ自分たちのデスクに着く。

 入庁式に出ている朝日を除いた四人全員が集まったことで、話題が変わった。


「そういえば、式には当然市長もいるよね。アレの結果、出てるかな」


 アレと言いながら滴が指したのは、天井からぶら下がったプレートだ。

 そのプレートには表裏に別々の名称が刻まれており、表側には市民に見られても良いようにこの部屋の表向きの名前である情報精査室(正式稼働と共に準備の部分が外れた)の文字が刻まれているが、裏側には本来の名称である異世界転生応援室と刻まれている。


 問題はその本来の名称である異世界転生応援室の『転生』部分だ。


 先日の異世界送り後、ハカリたちはこれからも異世界送りの際には今回と同じやり方、つまり上位存在の天災より早くトラックを使って異世界転移を行う方法を基本とする事を決めた。

 ならば部屋の名前も異世界転移応援室に変えるべきではないか。との意見が出たのだ。


 どうせ表に出ない名称なのだから勝手に変えればいいとの意見も出たが、朝日はキチンと稟議書を制作し市長の許可を取るべきだと主張したのだ。


「いやー、昨日の今日でまだ無理だろ」


「でも、表向きの名前が変わるわけではないし。結局市長が決裁すれば済む話でしょう? それなら一日でもできるかも。今日から正式稼働することは市長も知っているのだし、朝日室長は市長と個人的なコネもあるらしいから」


「前回はそれでも失敗してたけどな」


「……そう。結局まだ本殿の管理も私たちに移ってない」


「それこそ市長が独断で決められることでもないでしょう」


「確かに。もしかしたら今日から正式名称を名乗れるかも知れないのか。あのプレート直すのはどうする? 業者に頼むと時間かかるかな」


「アタシがやろうか? 魔法の力でちょちょいのちょいだ」


「だから。お前らは何かと魔法で解決するのをやめろ。この前はあくまで緊急事態だからこそだ。これからはできるだけ魔法は使わない作戦をだな──」


「あーあー! 聞こえない聞こえない」


 耳を塞いで声を張り上げる滴に、呆れた息を吐いた後、ハカリは隣の席で苦笑している森羅を見て、ふと彼女に伝えなくてはならないことを思い出した。

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