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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第四章
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第34話 面倒な後始末

 前方で緑色の光が弾けた後、トウノタカトの姿は消えていた。

 本来の異世界転生では、トラックで跳ね飛ばされて絶命した後、魂だけが異世界に移動する。

 その場合でも痕跡を消すため、上位存在の世界改変が発生して死体が消失するが、そこにはタイムラグが存在した。


 だが今回はぶつかった衝撃もなく、触れた瞬間に世界改変を示す強い緑色の光が発生した。

 つまりこれは前回朝日が行った死を伴う異世界転生ではなく、肉体そのものが直接異世界に移動する異世界転移が行われた証に他ならなかった。


「対象の転移を確認。作戦──成功」


 ダッシュボードに通話中で置かれたままの二つのスマホに声をかけると真っ先に答えたのは滴だった。


『おー。良かったなー、オイ』


「ああ。ありがとう。小子にも伝えてくれ」


『必要ない、聞こえている』


「小子もありがとう」


『いい、これも仕事』


 素っ気のない小子の声はいつも通りだ。体調は回復したらしい。


「あ、しまった。後ろの天災──」


 作戦が成功したことに安堵してブレーキを踏んでいることに気づいた。

 異世界送りが成されたとはいえ、すでに起こってしまった天災である土砂崩れが治まるかどうかは分からない。

 慌ててサイドミラーで後ろを確認しようとするがその前にもう一つのスマホから静かな声が聞こえる。


『大丈夫。それはもうただの災害。いいや、災害ですらない。ほら』


 言われるがまま、改めてサイドミラーで背後を確認してみると、凄まじい勢いでトラックに迫っていたはずの土砂は、トラックの少し後ろで単なる泥溜まりとなっており、勢いは完全に殺されていた。

 今度こそ安心してブレーキを踏み、トラックを完全に停止させる。


『では滴くんと小子くんはその場から市役所に撤収。僕も通行止めを解除してから戻るよ』


『了解ー』


「じゃあ、俺たちも──」


 後ろの泥を撤去すると言おうとしたが、朝日が遮る。


『そっちの泥も僕が片づけておく。君たちは後始末を終わらせたら市役所に戻っていなさい』


 後始末の部分を強調されてハカリはツイと視線を隣に移す。

 いつの間にかトラックの中に戻っていた森羅がハカリに向かってにっこりと笑いかけていたが、その目も眩むような笑顔と対比して、彼女の後ろには、不機嫌さと怒りを煮詰めて作られた般若の面が如く、こちらを睨みつけている沙月の姿があった。


 長年に渡り彼女の様々な表情を見てきた自負のあるハカリを以ってして、初めて見たその表情は彼女が怒りの頂点にあることを如実に示していた。


 こちらの後始末の方が泥の撤去より遙かに難しいのは間違いなさそうだ。

 心の中で苦笑しつつ彼女に説明をすべく、ハカリはトラックを降りた。



 話し合いは全員がトラックから降りた後、少し離れた場所で行われた。

 また土砂が流れ出てくることも考えて、トラックの中で話そうとしたのだが、沙月が応じなかったためだ。

 無理もない。


 教習所の件を記憶操作によって忘れている彼女からすれば、ハカリたちは突然トラックで連れ去ろうとした不審者も同然なのだから。

 そんな状況でも逃げたり、警察に通報したりしないのは、おそらく後ろの土砂に今更ながら気づいたためだろう。


 助けてくれようとしたことは理解していても、その助け方、トラックの窓から身を乗り出した女に抱きかかえられ、そのまま猛スピードで走り続けるという危険極まりないやり方だったことが問題なのだ。

 とはいえ、導具となった転生トラックに沙月を入れては彼女にも世界改変が利かず、異世界送りの現場を目の当たりにする可能性があったのだから仕方ないのだが、その代償として自分たちはすっかり沙月の信頼を失ってしまったようだ。

 事実、沙月はハカリではなく、直接捕まえた森羅をジロジロと眺めている。


「なーに? あれは緊急避難って奴だよ? 運良く止まったから良いけど、土砂に巻き込まれたら──」


「貴女、その耳」

(しまった! 帽子を取ったままだ)


 導具であるトラックの中では魔法が使用できないため、沙月の捜索には純粋な聴覚に頼るほかなく、帽子を外してエルフ耳を露出させたままだったのだ。


「いや、それは──」


 異世界送りを成功させたことで、細かいことに気が回らなくなっていた自分の詰めの甘さを悔やみつつ、慌てて誤魔化そうとする。

 しかし。


「私の耳がどうかした? 小さくて可愛いでしょう?」


 森羅はまるで慌てた様子もなく、自分の耳を指さして笑った。

 彼女の耳は先端が長く伸びたエルフ耳ではなく、普通の人と同じ形に変わっていた。


「え?」


 その声はハカリと沙月、どちらが口にしたものか。

 どうやら彼女はトラックを降りた際、即座に魔法を使用したらしい。

 ハカリなどより森羅の方がよほど冷静だ。


 これも異世界で修羅場をくぐり抜けてきた経験によるものか。

 とりあえず助かった。幼なじみの記憶をそう何度も弄られたくはない。

 沙月はおかしいな。と呟きながら少しの間森羅の耳を凝視していたが、直に気を取り直したように顔を持ち上げる。


 細かいことでも気がつく割に、後に引きずらない性格なのはよく知っていたので、特に驚くことはなく、ハカリは沙月の次なる言葉を待った。


「貴方たちはこんなところでなにをしてたの? 土砂崩れが起こる前から止まってたけど、あそこには私のバイクが置いてある。盗もうとしていたんじゃないの?」


 だとすれば許さない。と口ではなく目で告げている。

 その台詞を聞いて、沙月がどうしてこんな雨の中、それもあんな危険な場所から上って現れたのか察しがついた。


(雨の日くらい部屋で大人しくしてろよ)


 おそらく沙月は、今日も例の大ケヤキでくつろいでいたのだ。

 そこでハカリたちのトラックが自分のバイクを隠している停車帯に現れ、そのまま居座り出したことを怪しみ(トラックの荷台にバイクを乗せて盗み出そうとしているのではないかと考えたのだろう)危険も省みず崖から直接上がってきたのだ。


「はぁ」


 思わずため息を吐くと沙月の目は更に吊り上がった。


「やっぱり!」

「いやいや。えーっと、ほら」


 邪魔にならないようにポケットに入れていた職員証を見せつける。


「市役所の職員? あ! 私のバイクを撤去するつもりね。許可が出るまでちょっと置いてただけよ。免許も取ったから今日にでも持っていくつもりだったの!」


「あー、そうか。それも市役所の仕事か」


 今度は路上に放置されている自転車やバイクを撤去する職員だと勘違いしている。

 それも市役所の仕事ではあったので無理もないが、思いこみの強さも変わらないな。と笑ってしまう。

 笑われたことに不満を抱き、眉間に皺を寄せる沙月を見て慌てて、土木課に行く前に用意した名刺を差し出した。


「俺たちはこういう者だ」


「天災対策企画課・情報精査準備室?」


 名刺に刻まれた表向きの室名を読み上げる。


「見ての通り天災の対策について考える部署の者でね。それで今回はここに土砂崩れ発生の危険性があると知らせを受けて確認に来たら実際に土砂崩れが起きたってわけ」


 これは停車帯にトラックを駐めるにあたり、万が一誰かが不審に思って近づいてきたとき用に準備していた言い訳だ。


「ふぅん。市役所って案外仕事してるんだ。まあ今回は防げなかったみたいだけど」


 名刺をしげしげと眺めながら告げられた言葉は、事実ながら身も蓋もない。


「確かにそうだけど。これからは違う」


 思わず口を滑らせていた。


「これから?」


「ああ。これからは天災が起こる前に対処する。市民の役に立つのが市役所の仕事だからな」


「……だったらついでに市民の頼みを聞いてよ。あの泥に埋まってるバイクを荷台に乗せて運んで」


「あー。運んでやりたいところなんだけど」


 荷台には重りが詰まっているため、バイクが乗るスペースはない。

 その台詞を別の意味で受け取った沙月はフンと鼻を鳴らした。


「分かってるわ。お役所がそんな特別扱いしてくれるはずないものね」


 ふてくされながらハカリの顔を見ていた沙月だったが、ふいに何かに気づいたように眉が持ち上がり、ハカリの顔を正面から見つめてきた。


「……貴方。どこかで会ったこと、あるよね」


「え?」


 心臓が跳ね上がる。

 例の異世界がらみの衝動ではなく、もっと別の感情によって。

 教習所でのことは森羅が忘れさせているが、それはあくまで教習所で会った際の記憶だけのはずだ。

 もしかすると今回の世界改変によってハカリの記憶を失う前のことを思い出したのではないか。そんな淡い期待は。


「ああ! 貴方。この前私の憩いの場所に入り込んでた人ね」


 続く言葉であっさり途絶えだ。


「……ああ。そっちか」


「そっち? そっちって──」

「まーまー。バイクは運んであげられないけど、代わりに家までは送っていくよ」


 沙月の肩に手を乗せながら森羅が声を高くする。


「それより! ……あ。うん」

(こいつ。また魔法使ったな)


 突如素直になって頷く沙月を見て確信する。

 やはり、幼なじみの思考が魔法で操られるのを見るのはあまりいい気分ではないが、これもハカリの失言を誤魔化すためのものだ。文句を言えた義理ではない。


「はー君」


「ん?」


「私は室長と土砂の片づけをしていおくから、彼女を家に送って」


「いや、でも──」

「良いから。戻る前にドライブしてくると良いよ」


 ドライブ部分にアクセントが置かれている。

 それだけでハカリは森羅の言いたいことを理解して、苦笑を返しつつ、片目を伏せて礼とした。


「え? ええっと。まあ、送ってくれるなら、うん」


 困惑しつつも森羅に引きずられてトラックの助手席に向かう沙月を見ながら、自らも身を翻して運転席に向かう。


「約束通り、ドライブに連れて行ってやるよ。沙月」


 運転席のドアを開ける直前、二人には聞こえないように、今は既にいなくなった、ハカリのことを知っていた大切な幼なじみの少女に向かって呟いた。

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