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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第三章
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第29話 森羅の好意

 水神丘史跡公園。

 補修工事と銘打って入り口を塞ぎ、予定通りブルーシートで覆われた古墳登頂部で、ハカリたちは儀式の準備を開始していた。


 とはいえ、なんの力も持たないハカリは足手まといにしかならないと、魔法の力も使用して無理やり登頂部にトラックを運び入れた後は、少し離れたところに設置されていた三人掛けの木製のベンチに移動して彼女たちの様子を眺めていた。

 小子が彼女の実家が管理していた小さな社に向かって祈祷を捧げている間、滴と朝日がトラックを中心とした魔法陣を描き、その周囲に篝火を焚いていく。

 こうして傍目から見ていると──


「怪しい宗教の儀式にしか見えないね」


 こちらの心を代弁したかのような、森羅に苦笑する。


「まあ警察には朝日さんが市長を通じて、地鎮祭ってことで申請書を出したらしいし大丈夫だろ」


 そんなことを言っている間に近づいてきた森羅もベンチに腰を下ろす。

 篝火の灯りに照られた顔が、どこか憂いを帯びて見えた。


「でも普通土木工事で地鎮祭なんてしないよね」


「普通ならそうだけど、こういう遺跡の工事は普通とは条件が変わるからな。少なくとも警察からは何の文句も出なかったらしい」


「……さっき同じこと言ってた」


「え?」


「室長が。考え方が似てるのかな? 交渉のときも息ぴったりだったらしいね」


 少し低くなった声と、拗ねたように尖らせた唇。

 いや、事実彼女は拗ねているのだろう。


「……どうだろうな」 


 拗ねていることは分かっても、どう対処すればいいのか分からず探るように言うと、それを聞いた森羅の方が慌てたように顔を持ち上げ、眉を下げて手を合わせた。


「ゴメン。私面倒くさいね」


「いや──」


 なんと答えていいのか分からず閉口すると、森羅は静かに語り出す。


「土木課との交渉のとき、はー君が朝日室長を連れていったでしょ? あれに嫉妬しているんだと思う。課同士が絡んだ交渉なんて室長が行かなきゃいけないって、少し考えれば分かるのにね」


 土木課へ交渉に出向く前、森羅が何やら不満を抱いていたことを思い出す。

 同時に、疑問が強まる。


「なんで」


「え?」


「森羅はなんで、俺のこと、その」


 これまでずっと疑問に感じていたことを思わず問いかけてしまい、途中で口ごもると森羅はそんなハカリの様子を見てコロコロと笑った。


「好きなのかって?」

「っ!」


 思った以上にハッキリとした告白に、言葉に詰まりつつもこちらもハッキリと頷いた。

 森羅は、んー。と可愛らしく唸りながら視線を遠くに飛ばしたが、短い思案の後再びハカリに笑いかける。


「今は内緒」


「なんだよそれ」


「君の方から思い出して欲しいからね」


 以前と同じようなことを口にした森羅は立ち上がり、儀式の準備を続けている朝日たちの下に向かおうとした。

 ベンチから立ち上がったことで、ちょうど目と同じ高さのところに森羅の手が映る。

 白く美しいその手が離れていきそうになった途端、手が勝手に動いて彼女の手を思い切り掴んだ。


「は、はー君?」


 仮にも十八歳の男が全力で握りしめたというのに、森羅は痛がるでもなくただ驚いたように目を丸くする。


「あっ、いや」


 その様子を見てやっと我に返ったハカリは慌てて手を外し、そのまま所在無くなった手で頭を掻いた。

 ついでとばかりに視線も外したが、いっそ物理的な力が加わっているかのような強い視線を感じる。


 何か手を取った言い訳を口にしなくては。

 そんな考えが一瞬脳裏を掠めたが、口から出たのは全く別のものだった。


「明日。異世界送りの現場に一緒に来てくれないか?」


 先ほど森羅が言った嫉妬に対する、埋め合わせと取ることもできる提案だが、実際はそんな打算的な考えはなかった。


 心臓の鼓動と同じく勝手に口が動いたのだ。

 森羅は先ほど以上に目を見開き、大きな瞳で何度も瞬きを繰り返す。

 エルフ特有の長い耳が、猫のしっぽのように立ち上がり桜色に染まったのがこの暗がりでも分かった。


「あの、えっと。んんっ!」


 ワタワタと子供のように落ちつきがなくなった森羅は、無意味に髪を整えるような仕草を見せた後、強引な咳払いによって冷静さを取り戻し、流れる水のようにハカリの懐に潜り込むと、未だ意味なく首に置かれたままのハカリの手を取った。


「喜んで」


 キュッと手に力が込められる。

 握る強さは、先ほどハカリが握りしめたものに比べるとずっと弱いが、込められた意志は遙かに強く感じた。


 握る力と、告げられた言葉、心臓の鼓動、なによりも目を糸のように細めた、本当に嬉しそうな笑顔を見て、ハカリの脳裏に何かが駆け巡った。

 それは、不意に忘れていた記憶が呼び起こされたような感覚。

 しかし肝心の記憶は蘇らずに、ただ懐かしさだけが残る不思議な気持ちだ。


(あれ? もしかして)


 先ほどはぐらかされた疑問の答えが見つかった。


 いや。


 そこまできっぱりと言えずとも筋道の立った推論を思いついたのだ。

 彼女と自分は以前どこかで会っているのではないか。

 それも一度や二度顔を合わせたというようなものではなく、もっとずっと深い関係を持っていたが、ハカリの方が一方的に忘れている。


 普通ならそんな都合の良い記憶喪失などあるはずがないが、ことハカリ自身ならば話は別。

 事故に遭ってから戻ってくるまでの半年間のことだ。

 彼女たちと違い、ハカリは異世界に送られている間の記憶が無い。


 ハカリの身に起こった異世界送り。運転手と教師を含めた四十二人乗っていたバスの乗客の中でハカリ以外にもう一人、存在が消えていたクラスメイトがいた。

 それが誰なのか調べようと思ってはいたのだが仕事が忙しく、捜している暇がなかったため、未だ絞り込むことができずにいた。

 その正体の知れぬクラスメイトも痕跡が消えていることから、ハカリと共に同じ異世界に転生した可能性が高い。


 それこそが森羅であり、その後彼女と自分は、異世界で共に冒険し仲を深めた。だから彼女は自分に好意を寄せている。

 思い出して欲しいとはそのことではないのか。

 一瞬のうちに思考が巡る。


「もしかして──」


 それらをどこまで聞こうとしていたのかは自分でも分からない、そもそもそれ以上聞くことすらできなかった


「おーい。準備できたぞー」

「っ!」


 突然声を掛けられて体が硬直しかけるが、その前に手を離した森羅がハカリを庇うように前に出た。


「良かった。ちょっと雲が出てきたから心配したよ」


「明日の予報は雨だからな。月が隠れると儀式ができないし……って、あれ? なんか大事な話してた?」


 庇われたのは良いが、空中に浮いている滴が相手ではその行動にも意味はない。

 上から覗くように、森羅とハカリを交互に見た滴は首を捻る。


「いやいや。明日現場に一緒に着いてきてくれって頼んでたところ。さすがに一人だと予定外の事態に対応できないからな」


「えー!? 森羅が行くの? 雨ならアタシの出番だろー。もう魔法も解禁したんでしょ? 水の中なら魔法も使い放題だし、久しぶりに思い切り泳ぎたかったのにー」


 人魚の下半身をくねらせ、でたらめなダンスを見せる。

 先ほどの言葉を全く疑っている様子のない滴に安堵しつつも、それは隠して代わりにため息を落とした。


「そんな目立つことされたら、異世界送りをする前に通報されるよ。あくまで人に見つからないか、見つかっても言い訳が利く状況でのみってことだからな。その辺は後でしっかりマニュアル作るからそのつもりでな」


 言ってから、今回の作戦に於ける責任と総指揮を負った立場とはいえ、新入りでまだ正規職員でもないのに偉そうだったか、と心配になる。滴相手ではなおさら反発してきそうだ。


「はーい」


 そんな心配をよそに、滴は思った以上にあっさりと頷き、その場で足を生やすと地面に降り立った。


「滴ちゃんも異世界帰りだからね。ああ見えて命令系統を守ることの大切さは分かってるよ」


 耳元に顔を寄せた森羅がこそりと言う。

 声だけで上機嫌になっているのが判り、その意味でもほっと胸をなで下ろす。


(なんだかんだ言って、室長の言葉には従ってたもんな)


 自由奔放に見えても、朝日の言葉はきちんと聞いていたし、一度注意されたことを破ったりもしなかった。

 ただ次々に別の問題を起こしてきただけだ。


「ほらほら。もう始まるよ、本気で踊る小子を見るチャンスは早々ないぞ」


「そうだね。私、初めて見るかも」


 素足のまま駆け出した滴を追いかける森羅だったが、ハカリが着いてこないことに気付いて振り返る。


「俺はこの間見たから今回はいいよ。ここで明日の作戦を練っておく」


「でも──」


 言い淀みつつ、立ち止まる森羅に再び滴が声をかける。


「早くー。月が隠れたら小子が怒るぞー」


「……ん。分かった。明日はよろしくね」


 再度あの嬉しそうな表情で笑いかけられ、心臓が跳ねるが、それを隠してハカリも笑顔を浮かべる。


「ああ」


 手を挙げて離れていく森羅の後ろ姿は、やはりどこかで見覚えがある気がした。


「また考えないといけないことが増えたな」


 それも全ては明日を乗り切ってからの話だ。

 小さなため息を吐き、空を見上げる。

 滴の言うとおり、先ほどまで雲一つ無く澄み切っていた夜空に雲がうっすらと掛かり始めていた。


 明日の予報は雨。

 その雨は異世界送りに必要な天災を引き起こす下準備として、上位存在が仕組んだものに違いない。


「そうはさせるか」


 まだ雲に隠れることなくこちらを見下ろしている月に向かって吐き捨てる。

 それはハカリなりの、上位存在に対する宣戦布告だった。

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