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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第一章
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第2話 再会と出会いの邂逅

本日二話目の投稿

一話目から読んでいただけるとありがたいです

 バスを降りて、坂道を見上げる。

 見慣れた急勾配の坂は記憶にあるままだが、最後に見たときはまだ赤く色づき始めたばかりだった街路樹の葉は完全に落ちきっていた。


 既に三月末なのだから当然だ。

 もう卒業式も終わっている。どこにも決まらなければ施設の先輩が勤めている運送会社に入れば良いのだからと、条件の良い会社ばかり探していたせいで、結局就職先も決まらないままだ。


 感慨に耽っていたが、時間がないことを思い出して坂道を上る。

 目的地は児童養護施設コモレビ。

 朝日月夜と名乗った市役所職員は詳しい説明は市役所でするため、明日市役所まで来るように告げ、時間と場所(市役所の正面入り口でなく裏口の警備員に声をかけて中に入るように言われた)を指定するとさっさと部屋を後にした。


 当然戸籍云々など信じていなかったので無視する気だったが、朝日は病院に根回しをしていたらしく、直後医者から身体には問題がないため一度市役所に行き、今後どうするか相談するべきだ。と告げられたことで、半端無理やり市役所行きが決まってしまった。

 だがその前に、どうしても確認しなくてはならないことがあって、約束の時間より早く病院を出たのだ。


「戸籍が無くなるなんて、そんなはずあるか」


 自分に言い聞かせるように呟き、さらに坂を上り続ける。

 自然の中で伸び伸びと子供たちを育てるというコンセプトで造られたコモレビは、光明ヶ丘と呼ばれる小高い丘を開発した緑の多い住宅街の更に奥まった場所に存在する。

 記憶の無かった半年間で体力が落ちていないか心配だったが、上り始めてみるとむしろ半年前よりも疲れにくくなり、以前より体力が付いている気すらする。

 この半年間、どこかで寝込んでいた訳ではないようだ。


 怪我の跡も無かったのだから予想は付いていたが、そうなるとますます記憶のない間自分がどこでどうしていたのか気になってくる。


「しかし、半年か」


 ふと、子供の頃から一緒に育ってきた妹同然の少女のことを思い出した。


 コモレビは親元で育てられなくなった児童を預かる施設だが、大抵は親元の生活が落ち着くまで、あるいは預かる親戚の準備が整うまでの短期間生活する者が大半で長期入居者は殆どいない。

 もっとも規則として短期間しか入所できない訳ではなく、ここ数年受け入れた児童がそうした事情の者ばかりだっただけなのだが。


 ハカリはその数少ない幼少時からの長期入居者だが、同じような境遇の者がもう一人いる。


 名前は(ひいらぎ)沙月(さつき)


 二つ年下でハカリとほぼ同時期にコモレビに入居した。

 初めは誰彼構わず、警戒心むき出しの野良猫のように威嚇を続けていたが、一年、二年と過ごすうちに同じ境遇のハカリにだけは心を開くようになった。


 それどころか、いつからか他の子供たちがハカリに近づくことにも不満を抱くようになり、中学生に入る頃には独占欲のようなものまで見せ始めた。

 高校生となった今でも、それは変わらない。


 ハカリの退所期限が迫っていることもあり、いい加減自分以外の者にも心を開いてほしいと考えていた矢先、例の事故が起こり、そのまま半年が経過してしまった。

 孤高を気取ってはいても、天邪鬼で非常に面倒な性格をしている沙月のことだ。

 半年も会わずに放置していたことで、どうなっているかなど、想像もしたくない。

 だが、それでもハカリは彼女に会って確かめなくてはならない。


 とにかく、確信が欲しかった。

 自分という人間が、この世界に居るという確信が。


 この後市役所に出向き朝日の話を聞くにしても、その確信さえあれば、どんな突拍子のない内容であろうと冷静に聞くことができる。

 園長は朝日と同じ市職員。何らかの理由でハカリを知らないふりをする可能性もあるため、心の底から信頼出来るのは沙月だけなのだ。

 決意を新たに、坂道を駆けあがった。




 周囲を森に囲まれた施設であるコモレビに繋がる道路を進み、ハカリは正面入り口ではなく、森の境界線になっているガードレールを乗り越えて奥へ入った。

 太い木々が密集していて歩きづらいが、よく見ると地面の草が踏みつけられて道ができているのが分かる。


 これはハカリと沙月のみが知る、秘密の場所に繋がる道だ。

 基本的にコモレビは正面の入り口以外はすべて木々に囲まれた上、児童が勝手に抜け出さないように背の高いフェンスで区切られているが、ここから森に入ってグルリと回ると施設の裏山に行くことができる。


 そうして入った人気の無い場所で時間を潰すのが、ハカリと沙月の過ごし方だ。


 いつもそこにいるわけではないが、最悪フェンスを乗り越えてコモレビに入ってもいい。

 そんなことを考えつつ、木肌が滑らかで幹も太く登り易いケヤキの木がポツンと一本生えた一番のお気に入りスポットまで移動したが姿は見えない。


 今日はいないのだろうか。


 念のため木の上も確認しようと顔を持ち上げた瞬間、背後で枝を踏みつける音が聞こえた。


 振り返ると、そこに見慣れた人物が立っていた。

 以前より少し伸びた癖っ毛の黒髪と、目尻の持ち上がった猫目。

 端正で整った顔立ちをしてはいるが、目を引くのは手の甲にくっきりと残る火傷の跡。

 幼少時、両親を失った火災で負った傷を彼女は人避けだと言って、隠すこともなく常に見せつけるようにしている。


 だがそれも、ハカリに対しては別だ。

 ハカリの前でだけは常に白い手袋を嵌めて火傷痕を隠し、攻撃的な態度も鳴りを潜める。

 もっとも口では他人と同じく、突き放すような言い方をしてくるのだが、実際に離れれば無言の抗議をしてくる。

 そうした分かりづらい自己主張を見続けたハカリは表情から他人の考えを読むのが得意になったほどだ。

 沙月が相手ならばその精度は更に高くなる。


 だからこそ、一言も声を発する前から、彼女の瞳に警戒と怒りの色が浮かんでいるのが分かった。

 火傷痕を見せつけるようにして、こちらを睨みつけるその目は、半年ぶりに再会した兄妹同然の幼なじみに向けるものではなく、初めて会った他人が自分の憩いの場所に居ることに対する怒りに満ちていた。


「沙──」


 信じることができず、彼女の名前を呼ぼうとして、その前に鋭く冷たい声が響き渡った。


「貴方、誰?」

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