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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第三章
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第28話 異世界転移トラック

「上手くいったみたいですね」


 土木課での書類決裁が無事に済み、大手を振って作業が出来るようになってから異世界転生応援室に戻った朝日とハカリを出迎えた森羅が言う。

 まだ何も言っていないはずだが、喜びが顔に出ていたのだろうか。


「釣合くんのおかげだよ。僕はどうも交渉ごとが苦手でね」

(よく言うよ)


 もう念話の効果が切れたため、心の中で悪態を吐いても相手に伝わることはない。

 交渉事が苦手と言っているが、実際先ほどの話し合いに於いて朝日が行なった思考誘導魔法。

 あれがなければ、交渉自体上手くいかなかった可能性もある。


 魔法使用直後は単純に交渉を進めやすくするための手段としか見ていなかったが、今になってあの魔法の真意も理解できた。

 あれは相手の失言を引き出し、相手の冷静さを奪い、その後の交渉や決断に関する違和感を払拭させることが目的だったのだ。


 つまり、ハカリの提唱した思考誘導より上位の思考操作魔法を交渉の最後の一押しにだけ使用するやり方を理解し、事前に最も効率的な方法で仕込みを済ませたことになる。


(この人ならもっと上手く交渉できたかも)


 それでも朝日がハカリに作戦を任せ、自分が裏方に徹したのは今回の作戦に於ける責任者があくまでハカリだと強調するためだ。

 手助けはするが、作戦を決めるのも失敗したときの責任を取るのもあくまでハカリ自身だと示したのだ。


「さて。森羅くん、あちらの準備は?」


「問題なく。そもそもあれは、ここ最近滅多に使われていなかったようですから」


「まあそうだろうね。もっと小回りの利く物もあるのに、わざわざあんな大きな物使うこともないか」


「免許の提示とかはいらなかったの?」


「ええ。免許を持っている三上さんの名前で借りることにしたから、それは大丈夫」


「あの人免許あったのか」


「ずいぶん前に免許を取ったきりのペーパードライバーだから運転は出来ないし、する気もないそうだけれどね」


 確か準中型免許の区分ができる前に普通免許を取った者なら、2トントラックまでは運転できると聞いていたので、三上はそれなのだろう。


「荷物は?」


「鍵預かるときに何でもいいから重い物を入れとくように三上さんに言っておきました」


「彼がよく言うこと聞いたね」


「確かに」


 三上は自分が換えの聞かない人材だと理解しているからこそ、朝日に対しても不遜な姿勢を崩さない。

 そんな三上が荷物の積み込みという面倒な仕事を簡単に引き受けるとは思えなかった。


「誠心誠意お願いしたら聞いてくれましたよ?」


 有無を言わせない笑顔と、お願い。にアクセントを置いた言葉でどのようなやり方で説得したのか分かり、ハカリと朝日はそろって苦笑した。


「強制力のある『お願い』か。彼、そのやり方で言うことを聞くんだね」


「……私もびっくりしました。まあ今回だけ特別と何度も言ってましたけど」


 不思議そうに首を傾げる森羅は、思い出したように一つ頷き、ハカリに問いかけた。


「なんか今回の作戦は自分にも責任があるとか言っていたけど、はー君相談でもしたの?」


 今朝のやり取りが思い出される。

 確かに、ハカリが人を殺さずに異世界送りを行うと決めたのは、彼との会話も一因ではあるが、おそらく三上が言っているのはもっと直接的なことだ。


「相談では無いけど……異世界送りにアレを使うのを決めたのは、三上さんから借りた本に載ってたからだから、そのことかな?」


「本?」


 朝日が怪訝そうに眉を持ち上げた。


「異世界転生物の小説ですよ。後でちょっと調べたんですけど、最近の小説ではアレが一般的な転生方法になっているみたいです」


 元々小説は読んでも、ライトノベル(朝日の言うところのYA小説)の類は読んだことがなかったため知らなかったが、異世界転生物ではある種テンプレートになっているらしい。


「僕の頃は魔法陣を描くだの、空間が割れるだの、前世の記憶に導かれるだの仰々しいやり方ばかりだったと思うが」


 小さく肩を竦めた朝日は一度言葉を切り、鍵の挟まれたバインダーを指さしながら続けた。


「トラックで轢くのが一般的とは、お手軽な時代になったものだね」






「とりあえず、災害備蓄庫から水とか缶詰の入った段ボール入れておいたよ」


 三人を出迎えた三上は、いつも以上にだらしない格好でイスに座りながら疲れ果てた声で言った。

 裾や袖は捲り上げられ、上着は完全にズボンから抜け出した上、ボタンも二つ空けていた。

 団扇で風を送り続ける額には汗が浮かび、髪も僅かに濡れている。

 体力を使い果たしているのは一目で分かった。

 そしてその成果も。


「これだけの量を一人で。お疲れさまです」


 開きっぱなしになっているトラックの荷台を見た後、ハカリは本心から頭を下げて礼と労いを口にする。

 準中型免許で運転できる2トントラックはその名の通り、最大積載量が2トン前後のものだが、このトラックはその中でもロングトラックと呼ばれる貨物スペースの長いトラックであり、その中に段ボールがビッシリと敷き詰められている。


 中身が水や缶詰だというのなら、一つ一つの重さも相当な物だ。

 それをこれだけの数、それもたった一人で運び入れたとなればその労力は想像を絶する。

 まして三上は森羅たちのような異世界帰りではない普通の人間、体格も決して恵まれているとはいえないのだからなおさらだ。


「トラックの重さが増せば増すほど成功率が上がると聞いたからな」


「ありがとうございます」


 改めて礼を言う。

 今回の計画のキモはトラックそのものを導具に変えることだ。


 異世界に人を送るには莫大なエネルギーが必要となるが、魔法などの目立つ方法は使えないこともあって、前回の異世界送りではエネルギーを節約し転生予定者を殺して魂だけを送り出すしかなかった。ここまでは滴から聞いた通りだ。

 しかし、トラックのような巨大で重量もあるものを導具に変化させれば、衝突によって生じる物理的なエネルギーは莫大なものとなる。


 加えて、魔法や巨大な武器などの現実世界では目立ちすぎる超常物と違い、トラックは日常にありふれているため、怪しまれることはない。

 このトラックによって発生する莫大なエネルギーを使用して、世界転生ではなく異世界転移を実行する。

 それこそがハカリの立てた、人を殺さずに異世界送りを完遂する方法だ。


 とはいえひと一人丸ごと異世界に転移させるためにどれほどのエネルギーが必要となるかは分からない。

 だからこそ、車体を重くして少しでも衝突時に発生するエネルギーを多くする必要があったのだが、三上がこれほどの量を一人で積み上げてくれるとは思わなかった。


「これは貸しだからな」


 思わず感動していたところに、三上は疲れた笑みを浮かべ人差し指を立てた。

 もちろんです。と頷こうとしたがその前に森羅が割り込んでくる。


「空同然の段ボールを運んだ位で大げさね」


「え?」


「ふふっ。鍵を受け取りに来たときに倉庫の備品に魔法を掛けて重量を軽くしておいたのよ。空の段ボールと変わらないくらいまでね」


 森羅の言葉に三上は団扇を仰いだまま、顔を歪めて舌打ちをした。


「言うなよ。せっかく恩を売るチャンスだったのに。それに、いくら空の段ボールとはいえ、何往復もする辛さは分かるだろう。なあ」


 同意を求められるが、正直ピンとこない。

 備蓄倉庫との距離は十メートルもなく、中身が空同然ならば一度に複数の段ボールを持って行くことができるため、往復回数も大して多くはない。

 多少面倒に感じるかもしれないが、少なくともここまで消耗するほどではないはずだ。


 そうした意図が顔に出たのか、あるいは彼の持つ感情を色で読みとる異能によるものなのか、三上はもう一度舌を打って吐き捨てた。


「そういえばお前まだ二十歳前だったか。俺にも経験がある。まだ無尽蔵、そして無意味なほどに体力が有り余っている頃だな。お前も三十路を過ぎれば分かるよ。きっと二三日後に筋肉痛だな」


「はあ」


 重苦しいため息を吐く三上になんと答えていいのか分からず、曖昧な返事をした直後、ズシンと腹の底に響くような低い音と共に、トラックの車体が沈み込んだ。


「重さが戻ったみたいね」


 ほとんど空だったところに突然2トン近い重さが掛かり、トラックが悲鳴を上げた。


「これでこのトラックの総重量は車体も併せて5トン近い」


「5トン」


 正直に言って、これを目にしてもまだ確信は持てない。

 果たしてこの重さで大丈夫なのか。

 トラックの衝突で得られるエネルギーで本当に人を送り出せるほどの力を得られるのか。


 もし失敗すれば、ハカリは人がはね飛ばされ死亡する現場を運転席という特等席で目撃することになる。

 異世界送りに際し、人を殺す。


 その行為に関わることすら抵抗感があったからこそ立てた計画で、関わるどころか自分自身がトラックという凶器を用いて人を殺すことになるのだ。

 手が震えそうになると同時に、心臓が一つ高鳴る。


 時折何かを訴えるように強く拍動する心臓。

 未だ確たる根拠はないが、既にハカリはこれを異世界にいた頃の自分の残滓によるものだと確信していた。

 今回は弱気になりそうになっているハカリを叱責しているのだろうか。

 だがその気遣いは不要だ。


「三上さん」


「ん?」


「俺の色はどうですか?」


 この仕事は辛いと言われた時の色とは違う色になっているはずだ。

 三上は団扇をテーブルの上に置くとじっとハカリを見据えた。

 その視線を正面から受け止めこちらも見返していると、三上はついでとばかりに朝日と森羅を一瞥してからニヤリと唇を持ち上げた。


「いいんじゃないか? 相変わらず小綺麗な色をしてはいるが色は混ざっていない。それを維持できれば乗り越えられるだろうさ」


 やや皮肉めいてはいるが、これは三上なりのエールだ。


「誰と比べて綺麗なのか是非聞かせてもらいたいところだな」


「そうですね」


「ほ、ほら釣合少年。今こそ俺に借りを返すチャンスだぞ。この危険人物を連れだしてくれ」


 睨みを利かせる二人を前に、三上は怯えたような声で手を振った。


「今は時間がないんですから、行きますよ」


「……はいはい」


「続きは帰ってからですね」


「じゃ、行ってきます」


「ああ」


 気持ちを新たにハカリは、これからの自分の運命を任せる乗り物、異世界転移トラックに向かって歩きだした。

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