第27話 土木課との交渉②
「ええ。では釣合くん、説明を」
「彼が?」
「はい。今回の案件は全て彼に一任していますので」
土木課長の視線は懐疑的だ。
朝日ですら室長として大分若いというのに、それ以上に若いどころか、新卒にしか見えないハカリに仕事を任せていいのかと、口以上に目が語っていた。
未成年では面倒になるため、異世界転生応援室のメンバーは戸籍を作る際に年齢を二十歳以上に変更している。
実際異世界で暮らした時間を入れれば全員それくらいにはなるはずと朝日は言っていたが、それはあくまで戸籍上。
特にハカリは他のメンツのように異世界での記憶が人生経験として蓄積されていない以上、自覚としては高卒どころか高校中退で働き出して数週間経った程度だ。
とても一つのプロジェクトを任せられる実力などない。
それはハカリ自身が一番理解している。
だがそれでも、この場では土木課長に若いが有能な職員という印象を与えなくてはならない。
気づかれないように一つ息を吐き、ハカリは余裕を持った笑みを浮かべて説明を始めた。
「室長は先ほど管理自体を私たちに委ねてほしいと言いましたが、それはあくまで最終的な話です。実際に管理を譲渡する場合、公園課や文化財課にも話を通して、市議会や現在管理を請け負っている財団法人の許可をいただく必要がありますから」
「まあ、それはそうだろうな。今日明日でどうこうできる話じゃない」
「ええ。ですが、こちらになんの実績もないままでは話にならない。せめて、一度くらいは現場で仕事をしたという実績が欲しいんです」
「ああ。なるほど。それがこのクラックの修理か」
得心言ったとばかりに、タブレットを指す。
「ええ。本格的な修理は当然業者に発注というか入札ですか、それをすることになるんでしょうけど、その前段階の応急処置や立ち入り禁止や周り道の案内表示などは市役所の仕事ではないかと」
「……まあ、確かに業者が入るまで時間が掛かるときはうちでやることもあるが──」
「でしたらそれをうちでやらせて下さい。その後の補修工事の予算もうちから出します」
「ほー。それはまた剛気な。まあ初年度は多めに予算が組まれるからな。だが、結局はそれを足かがりにうちの部署から仕事を奪おうって話だろ? 縄張りを荒らされちゃたまらんよ」
腕を組んでソファに背を預けた土木課長の言い分があまりにも明け透けなもので、一瞬虚を突かれた。
「え?」
実際にそうした縦割り、縄張り争いがあるのは周知の事実だとしても初対面で市長との繋がりも示唆した自分たちにストレートに言っていいものなのか。
「あ。ああ、いや……んんっ!」
それは相手も同じだったらしく、自分の発言に自分で驚いたとばかりにわざとらしい咳払いを入れ視線を逸らす。
『これって魔法ですか?』
『時間もない。少し素直になってもらったよ』
魔法を使うタイミングはこちらに任せると言っていたはず。
そう思うが、気を取り直して続ける。
「ですが、こんな面倒な縄張り、土木課に必要ですか?」
「どういう意味だ?」
縄張り。という言葉をあえてこちらも使うことで、条件を対等にした上で問いかけると、土木課長も自分の失言にはそれ以上触れることなく食い付いた。
「そのままですよ。今回はたまたま道路上だけで済みましたけど、これがもっと広範囲で遺跡部分にも掛かっていたらどの部署が直すんですか?」
「それは……メインでやっている文化財課だろう。古墳の修復なんて特殊な作業はうちではできんからな」
「ですが、亀裂のメインが道路で、古墳には少し掛かっているだけだったらどうです? あちらさんは大人しく自分たちで直そうとしますかね」
「……確かに。あっちも予算不足で年中ピーピー言っているからな」
奴ら予算配分が下手なんだよ。と自分のことを棚に上げて笑う土木課長にはまだ魔法の効果は続いているようだが、もう気にした様子も見せない。
「そんな面倒な場所を抱えていても仕方ないでしょう?」
「うーむ。いや、確かに。でもそれはなぁ」
これもまた魔法の効果か、分かりやすく目の前で悩み始めた土木課長に内心でほくそ笑む。
ハカリたちの提案を受けるかどうか悩んでいる。
この状況が欲しかった。
こうなった時点でもうこちらの勝ちは決まっている。
『室長。今です』
『ん』
短い相づちの後、朝日が一つ指を弾くと小さな音と共にテーブルの下で薄紅色の粒子が弾けた。
「……そうだな。よし! 今回はそちらさんに任せる。補修工事の費用だけはきっちり頼むな」
突如、膝を叩いて土木課長は決断を下す。昨日森羅や先ほどの朝日が使用した思考誘導魔法より上位の魔法である思考操作魔法の効果だ。
「ええ。お任せください」
快諾したのは当然朝日の使用した魔法の効果だが、本人はどちらにしようか一度悩んだことで、その不自然な決断を思考が歪められたなどとは思わず、単純に悩んだ末こちらの方が得だと気づき決断を下したのだと勘違いをする。
「ではこちらに決裁印をお願いします」
すかさず事前に用意してあった書類を取り出し土木課長に手渡す。
「ずいぶん用意が良いなぁ」
半ば呆れたように笑いながら、流石に見もしないで了承するようなことはせず、書類に目を通し始める。
「なんだ。うちの方から現場調査を頼んだことにするのか?」
「そちらの方が何かと都合が良いので」
「ふーん。まあ良いか。分かった決裁して上に回しておく」
変更点はどちらが先に提案したかだけということもあり、土木課長はあっさり了承する。
ハカリが先ほど言ったように面倒な案件を自部署で抱えているより余所に押しつけた方が楽になると考えているため、どちらが先に言い出したかなどどうでも良いと思ったのだろうが、少し冷静になれば、長年の慣例を変えて新部署に業務を依託する手続きをするだけでも、予想以上に面倒なものとなることに気づけたはずだ。
しかし、魔法の効果によってそのことにも気づけず、後になってから後悔することになるだろうが、自分で決断した上、土木課の方から頼んだという証明が枷となる。
これがハカリの考えたこの世界での魔法の使い方だ。
一から十まで魔法の力に頼っていては、いかに超常の力など存在しないと認識している現代人でも違和感を覚え、いつかは露見してしまう。
だからこそ、魔法は一部、いや隠し味程度に抑え、それ以外の部分はあくまで現代で使用されている手段を用いることが重要となる。
「じゃあよろしく頼むぞ」
横柄な態度に戻って豪快に笑う土木課長に、はい。と明るく返事をしながら、ハカリは朝日に目をやる。
『これで準備は出来ましたね』
『ああ。後で滴くんに連絡してヒビの修理もさせておかないとな』
自分で作った亀裂を直ぐに修理することになる滴がまた文句を言い出さないか心配しつつ、同時に次のことも考え始めた。




