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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第三章
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第26話 土木課との交渉①

「ここで待っていて下さい」


 土木課を訪れた朝日とハカリは応接室に通される。

 土木課の応接室は異世界転生応援室のようなパーテーションで区切られたものではなく、室内の調度品もしっかりしていた。

 市内の建設会社と連携を取る土木課には来客が多いためだろう。

 それ故に、同じ市役所の人間、それも新設されたばかりの部署の室長を直ぐ応接室に通すことには違和感があったが、案内を買って出た職員の顔を見て納得した。


『あの職員……』

『知り合い?』


 突然頭の中に声が響き、驚いて隣を見ると朝日は茶目っ気を出しつつ片目を伏せていた。


『これ、話す気がなくても相手に伝わるんですね』


『念話は読心魔法を相互に掛ける魔法だからね、取捨選択は出来ないよ』


 だから気をつけて。と朝日は頭の中で笑う。


「はあ」


 どうせ伝わるなら。とハカリは頭の中ではなく実際にため息を落とし、改めて思考で情報を伝えた。


『あの職員、最初に名刺を頼りに室長を捜していた俺をたらい回しにした職員です』


『それで悪いと思って応接室に通したと?』


 試すような口調だったので、ハカリは少し考えてから答えた。


『……いや、それは無いと思います。実際あんな分かりづらい名前しか書いていない名刺だけで人を捜せってほうが無茶ですし』


 ジロリと責めるような視線を感じたが、ハカリは前を向いたまま念話を続ける。


『ただあの職員、そのとき市長に不満を持ってるみたいだったんですよ』


 受付で人探しをしていたハカリが市役所の職員になるなど考えもしなかったからこそ、あの職員も軽口を叩いたのだろうが、そのハカリが市長派の急先鋒と思われている朝日を連れて現れたことで、自分の軽口が市長に伝わることを恐れたと考えれば、この待遇にも納得がいく。


『ふぅん? まあ市長が勝手すぎるのは事実だけど、今回は助かった。魔法を使うなら周りに人がいないほうが都合良い。使うタイミングは君に任せるよ』


 小さく顎を引いて頷いたとき、ノックもなく部屋の扉が開いて男が入ってきた。

 五十過ぎのごま塩頭の男はジロリと朝日とハカリを一瞥すると、眉間に皺を寄せ、分かりやすく不満げな表情を見せて吐き捨てるように言った。


「お待たせして申し訳ない。ここ数ヶ月地滑りやら崩落があちこちで起きてて忙しくてね」


 相手からすればそんな忙しいときに時間を割いてやったのだから感謝しろ。と言外に告げたつもりなのだろうが、ハカリたちにとってみれば、その頻発する地滑りや崩落を止めるためにきているのだから気を使う必要など無い。


 朝日も気にした様子は見せず、立ち上がりつつ軽く頭を下げて相手を出迎えた。

 ハカリもそれを真似て頭を下げたが、こちらには目もくれない。

 全員が改めて席に着いてから、朝日が口火を切った。


「お忙しい中すみません。私は天災対策企画課、情報精査準備室の室長──」


「新設の挨拶でしょ? 課長さんは?」


 朝日の挨拶を遮り、単刀直入に言う。

 四月からの正式稼働を前に挨拶に出向いたのだと思ったようだ。その上で天災対策企画課のトップである課長がいないことに不満を抱いたのがこの表情の理由らしい。


『さっきの職員に聞いてないんですかね?』


『聞いた上で圧力を掛けているんだよ。彼は副市長派閥だから』


 念話で伝えた朝日は、口元を持ち上げ笑みを形作り、改めて話しかけた。


「いいえ。私たちは土木課で担当している公園についての話をしに参りました」


「公園? ならうちじゃなくて公園課だろう。部署を間違えているよ」


「水神丘史跡公園の担当はこちらと聞いていますが?」


「水神丘? ……ああ! あの古墳の」


 公園の名を聞いた男は一度首を捻ったが、すぐに思い出したと手を叩いてから続けた。


「確かにあれは公園内に車で入れる道路もあるけど、うちの担当は道路だけだ。後は文化財課の担当、いや史跡公園でも区分が公園ならやっぱり公園課か……どっちにしてもうちには関係ないよ」


 大げさに顔の前で手を振りながら土木課長は言う。

 水神丘古墳は国の指定文化財にして、市民の憩いの場である史跡公園、そして巨大な墳墓という複数の特色があるからこそ、公園には似つかわしくない大きな駐車場が造られ、園内を移動するための公道も存在していることで、三つの課が管理に関わっている。


 とはいえ先ず古墳が発見され、その発掘調査の終了後、整備をするついでに芝生や植樹、花壇、そして道路の整備を行って史跡公園の形に成った以上、基本は文化財課が管理しており、公園課や土木課はそれぞれの担当区域で問題が起こった場合の補佐を行うというのが土木課長の言い分だ。


 これも予想通り。そうした状況だからこそ、利用できる。


「そうでもありません。その道路自体に問題が発生したんですから」


「道路に?」


 これまで相手が若い女の室長ということもあってか、どこかだらけた様子で話を聞いていた土木課長が身を乗り出す。


「釣合くん。説明を」


「はい。これはつい先ほど、うちの準備室に市民の方から連絡が入って見つかったものです」


 小脇に抱えていたタブレットを操作し、そのままテーブルの上に置く。


「これは──クラック? それもこんなに大きい」


 タブレットを掴み、顔に近づけていくにつれ、土木課長の顔が歪んでいく。

 写っているのは道路を横断するように引かれた巨大なヒビ割れだ。

 段差もできているため早急に補修工事を行わなくてはならないのは素人目でも分かる。

 本職である土木課長ではなおさらだろう。


「こんな時期に」


 思わずこぼしてしまったと言うように、口元を抑えるのを見て、朝日とハカリは同時に目配せをして、心の中で頷き合う。


 ここまでの流れは全て予想通りだ。

 来年度の予算を減らさないために、年度末に残っている予算を使い切る、いわゆる予算消化。

 当然この市役所でも行われており、年度末である現在、ぎりぎりになって注文した様々な商品の納入で忙しいと、少し前に三上も言っていた。


 これがもう少し早ければ、土木課長も予算の消費ができるとむしろ喜んで補修工事を発注することだろう。

 しかし、ハカリも詳しくはないが市の工事は基本的に入札形式だと聞いたことがある。

 現地調査や見積もりの作成など、今日明日ですぐに契約を結ぶことはできない。そうなると必然、この工事の費用は来年度の予算に加算されることになる。


 先ほど本人が言っていたように、この公園の基本的な管理者はあくまで文化財課だが、割れているのは道路部分のため、そちらに丸投げもできない。

 このままでは年度始めから計算外の予算を使ってしまうことになる。

 市長が替わったばかりで、今後派閥争いも始まることが予想され、どうなっていくか分からない状況では、どんな小さな失態も見せたくはないはずだ。

 その心理を突く。


「そこで相談なのですが。この案件、というより公園の管理自体を私たち天災対策企画課に任せていただけないでしょうか?」


「なに?」


「この公園に限りませんが、こうして管理がいくつかの部署に跨っている状態は良くありません。特に防災に関係する事案は出来る限りスピーディに結論を下し実行に移す。と市長の公約にもありました」


 市長の名を出した途端、土木課長の目が細くなり、視線に疑惑が混ざった。


「そういえば天災対策企画課は市長肝いりで新設された部署でしたな」


 市長肝いり。という部分に力が籠もっているのはやはり突如現れた、無所属の新市長という存在が気になっているためだろう。


 これまで市役所内に存在していた派閥とは全く関係ないところから現れた新市長の存在は、ある程度の地位まで上り詰めた者たちにとって、これまでの努力を無にする爆弾となりかねない。

 土木課長が副市長派閥ならなおさら、市長の動向に気を掛けるのは当然だ。


「はい。市長からはこの手の事案を見つけた場合可及的速やかに対処するように訓辞をいただいておりますので、こうして私たちだけで窺いました」


 訓辞というのは建前や形式上告げられる場合が殆どで本気にする方がおかしいと言われかねないが、先に市長との個人的な繋がりを示すことで建前ではないと暗に示した。


『流石ですね』


『市長には後で文句を言われそうだけどね』


 心の中で苦笑しながら、朝日は片目を伏せる。


「……詳しい話を聞かせてもらえますか?」


 その間に考えを纏めたらしい土木課長は、これまでの横柄な態度と口調を収め、ソファに座りなおした。

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