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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第三章
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第24話 覚悟

「お。また来た」


 気の抜けた声に、思考が邪魔される。

 思わず睨むようにそちらに目をやるが、滴は視線には気づかず、ゆっくりと滑空してテーブルに着地した折り紙を広げている。


「小子から?」


「ああ。今度は異世界送りの日付が分かったって」


「いつだ?」


 身を乗り出して聞くと、滴は無言のまま折り紙をハカリに突き出した。

 こちらも無言のままそれを受け取るとそこには、達筆な旧字体で三月甘一日と書かれていた。


「三月は分かるけど……まあ一って付いてるんだから三十一日か」


 もう二十一日は過ぎているため、一が付くのは三十一日しか残っていない。


「二日後は、平日か。でも三月だからまだ学校は春休み中だよな? なら、行動を予想するのは難しいか」


「いや、そこは調べがついてる。転生予定者は卓球部に所属してて、休み中ずっと部活三昧なんだとさ。でもまー下手にバスとかで移動されると追いかけるの大変だし、学校まで行かずに家を出たところを狙った方が確実だな」


 追いかけるのが大変。というのは異世界送りに必要な上位存在の力が宿った導具を持っていると、魔法の力が使えないという特徴のせいだろう。


 魔法が使えない以上、相手が交通機関で移動した場合、同じ方法で追いかけなくてはならないということだ。

 そして彼女たちは異世界に言っていたことで、現実世界にブランクがあり、そうした公共の交通機関にまだ慣れていないため、なるべくその前に勝負を決めたいと考えているのだ。

 だが同時にそれは滴が既に一つの結論を出しているということでもあった。


(やっぱり、俺のことは頭数に入れてないんだな)


 ブランクが半年程度しかないハカリなら電車やバスの乗り換えはもちろん、前回のように車で後を追うこともできるが、それすらやらせるつもりはないようだ。

 いや、出来ないと思っているのだろう。

 不確定要素をわざわざ入れる必要はないのだから、それも仕方ない。


(そもそもまだ仮免許までしか持ってないしな)


 沙月の件で動揺してはいたが、昨日の一発試験では学科のみならず実技試験でも森羅に掛けられた魔法の効果が持続していたため、仮免許の取得は出来た。

 しかし、沙月が森羅に語っていたように一発試験とは言っても、一日で取れるわけではなく、この後本試験を受けその上講習を受けて初めて免許が交付される。

 本試験は一日で取れても講習は数日に渡って受ける必要があるので、二日後ではとうてい間に合わない。


 やはり今回は皆に任せるしかないのか。

 そう考えた途端、一度は治まっていた鼓動が再び脈打ち始めた。

 先ほどよりも早く、強く。


(仕方ないだろ。あのときと違って俺には戸籍も仕事もある。捕まったらそれこそ、異世界送りが失敗するかも知れないんだ)


 同時にそれは沙月を危険な目に遭わせることにも繋がる。

 そう念じてみても鼓動は治まらない。

 何かを訴え続けているように。


「二日後かー。アタシ用の導具も作りたかったけど、まだ無理なんでしょ?」


「え? あ、ああ。例の古墳をこっちで管理する許可が下りなくてな」


「んー。ってことはまたシツチョー任せかー。あっちで使ってたアタシの武器が持ち込めてたらアレを導具にして貰うつもりだったけど、ダメだったからなぁ」


「武器?」


「そ。アタシの世界で唯一残った小さな島に生えていた神樹を使って作った全長十メートルの木刀。マナの増幅だけでなく、単純に質量もスゴいから。あれなら異世界転移だって楽勝だったのに」


 こちらを元気づけようとしているのか、滴は妙に明るい口調で言う。


「導具にしたら魔法使えないんだろ? どうやって持ち運ぶ気だよ」


「あ。そっか。目立ちすぎるか」


「そもそも、そんな重い物持てるのかよ……」


 十メートルの木刀がどれほどの重さがあるかは知らないが、持ち運びではなく目立つかを気にする滴に絶句したが、ふと疑問を抱く。


「導具って大きさに制限とかは無いの?」


「無いと言うか、ほら、あのとき滴が儀式をしてた場所に運べれば大丈夫らしいよ。あそこ結構広いから十メートルくらいは余裕でしょ」


 確かに県内最大と言われる古墳だけあって頂上部の広さもかなりの物だった。


「もう一つ。異世界転移に必要なエネルギーは魔法の力でなくても良いのか?」


「うん。あらゆる種類の力を異世界に送り込むエネルギーに変換するのが導具だからな。魔法でも物理でも何でも良いんだよ。ただいくらアタシらでも素手で転移させるほどの力は生み出せないな。導具を持ってると身体能力向上系の魔法も効果が出にくくなるし、だから武器があればできるかもって話」


 確かに武器の方が魔法よりは目立ちにくいだろうが、そちらも現実的ではない。

 異世界送りの後、世界が改変されるとはいっても、森羅曰くそれはあくまで転生者を知る者の記憶のみだからだ。


 もしその現場を誰かに見られていたら、何もない場所で突如巨大な武器を振り回す危険人物だと思われ、即座警察を呼ばれることだろう。


(これもダメか。でもさっき何かを閃き掛けたはず……)


 先ほど皆の行動を分析して異世界送りのことを読み切ったときと同じく、答えを出すためのパズルの欠片がすべて揃ったような、そんな感覚だ。

 違うのは例えピースが揃ったとしても、全体的な絵がまだ思い浮かばないことだ。

 答えがあるのは分かるのに、ピースが組みあがらず、それがどう言った絵なのか想像が出来ない。


(ああクソ。頭が回らない)


 元々頭の回転が速い方ではないのだ。

 むしろじっくりと考えて答えを出すのがハカリのやり方だ。

 それに今は一向に治まる気配のない鼓動や、自分に対する怒りとも情けなさともつかない複雑な感情、沙月の身に危険が迫っている焦り、それらが一緒くたになって襲いかかり、余計に思考が纏まらない。


 自分の思考能力の低さが恨めしい。


「……ん?」


 不意に気付く。

 能力が低いなら、上げれば良いのだ。

 その方法と効果を、ハカリは身を持って体験していた。


「滴!」


「な、なに?」


「俺に思考能力向上の魔法を掛けてくれ」


「え? いや、出来るけど……いいの? 森羅と違ってアタシの魔法他人に掛けると結構派手だけど」


「良いから。頼む」


 今はそんなことを言っている場合ではない。

 ここでアイデアを纏めなくては必ず後悔することになると、直感で分かった。

 それで正解だと言わんばかりに鼓動が鳴ったが、これは本能に従うのではなく、むしろ理性と本能のいいとこ取りをするための選択だ。


「はいはい。んじゃ……」


 ハカリの眼前に差し出された滴の手のひらに青い光の粒子が集まっていく。


「『大いなる祖よ、凡ての原初たる海よ。我らは幾千幾万幾億にも分かれた一滴。我ら凡て同じモノより生まれいずる同胞(はらから)。ならばこそ、我が痛みは彼の痛み、彼の嘆きは我が嘆き、我が力は彼の力、我が授かりし祖の英知、彼の者に分けあたえん! 知能向上!』」


 以前聞いたときは背筋にむずがゆさを感じていたこの詠唱も今は気にならない。

 気にしている余裕がないというべきかもしれない。

 こんなくだらない思考ができているのも、滴に掛けられた魔法によって、思考速度だけでなく、同時に幾つもの思考が可能になったためだ。


「ありがと。少し待ってくれ」


「急げよ。アタシの補助魔法は森羅より効果時間が短いんだろ? こんな恥ずかしい詠唱、何回もしたくないからな」


「あ。恥ずかしかったんだ」


「当たり前だ!」


「真面目な顔してるから、気にしてないとばかり」


 からからと笑う。

 軽いやりとりをしながらも頭の中では思考は続いている。

 正確には今までのことを思い返しながら頭の中にあるであろうピースを組み合わせ、パズルを完成させていく作業だ。


 結果まるで見当違いの答えがでてきてしまったら、時間と滴のマナを無駄遣いしてしまったことになるが、そこは自分の直感を信じる。

 覚悟を決めるために必要な何かか。それとも逆に人殺しをすることなく、異世界送りを実行に移す方法か、はたまた失われた自分の記憶を取り戻すことで、異世界での常識を思い出す方法なのか。

 とにかく、この状況を抜けだし先に進む方法が何かあるはずなのだ。


 そう確信しながら、病院のベッドの上で目覚めてからのこの数週間のことを思い出し始めた。

 病院で目覚めたところから早回しで記憶が流れていく。

 普段なら忘れているようなことも鮮明に思い出せるのも魔法の効果だろうか。


 異世界送り。上位存在。世界改変。水神丘古墳。神卸。導具。魔法。陰陽道。神託。免許。車。準中型。公用車。市長。管理。他部署。許可。記憶操作。転生。転移。エネルギー。力。二日。小説。記憶。残滓。


 そして、覚悟。


 様々な記憶と共に脈絡なく言葉が思い浮かび続ける。

 やがて──


(これなら。行ける、か?)


 最後のピースが嵌まり、一つのアイデアが纏まった。

 ただし、できあがった脳内計画書を確認し直してみると絶対に成功するとは言いがたい。

 情報もいくつか抜け落ちているが、今から検証する時間もない。


 期限は後二日。

 やると決めれば、もう後には引けなくなる。

 それで良いのか。

 自問しかけて、途中で止める。

 理性と思考の時間は終わった。

 ここからは感情と衝動に身を任せる時間だ。


「おっ。やっと終わったか。どうだ? 覚悟は決まったか?」


「いいや」


「ん?」


「滴、他の三人を呼んでくれ」


 驚きに目を見開く滴に笑い掛けて、ハカリは続けた。


「今直ぐに」

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