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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第三章
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第23話 二度目の異世界送り

 前回の異世界送りからまだ二週間ほどしか経っていないが、これが通常のペースなのか、それとも上位存在の気まぐれで早まったのか。

 改めて視線をテーブルの上に移動させ、テーブルいっぱいに広がる市内地図の上に置かれた人形を見て驚愕する。


「っ!」


 正確にはその人形が置かれている場所だ。

 それを見て、ようやく最後のピース、すなわちどうして沙月が昨日教習所に来ることが分かったのかを理解したのだ。

 次いで人形の近くに置いてあった、写真付きのレジュメを手に取る。


 転生予定者のプロフィールだ。

 写真は通常のサイズではなく正方形で、恐らくはポラロイドカメラで撮られたもの。

 如何にも隠し撮りといった感じで、遠巻きに少年の姿が写っている。

 既にこれが用意されているということは神託が下った後、直ぐに住所を調べて写真を撮りに行ったことになる。


 その途中沙月を見かけたことで彼女がバイクの免許を取りに行くことを知り、同じ日にハカリが免許を取りに行くようにし向けた。

 あの場で覚悟が決まれば、そのままハカリを異世界送りに参加させる。

 逆にそれでも覚悟が決まらなければ、全てを隠したまま、朝日たちだけで異世界送りを実行するつもりだった。

 そう考えるのは飛躍しすぎているだろうか。

 いや、そうとは言えない。

 なぜならば。


「住所は、光明ヶ丘七丁目か」


 光明ヶ丘。

 少し前までハカリの住んでいた、そして沙月が現在住んでいる児童養護施設コモレビの所在地でもあり、同時に今回の転生予定者の住所でもあった。


「山の上だってさ」


 滴が補足するが、そちらも言われずとも知っていた。

 なにしろこの住所は、沙月と一緒に施設を抜け出して過ごしていたあの裏山から見える場所にある住宅街なのだから。


 つまり、土砂崩れが起これば、コモレビも危ないことになる。

 昨日そこまで聞いていればとも思うが、おそらく森羅は、ハカリの八つ当たり気味の反応を見せた時点で見切りをつけたのだ。

 それはきっと正しい判断だ。


 沙月を含めた施設の人間が危ないから。という理由だけでは土壇場で怖じ気付く可能性がある。

 人的被害を出さないだけなら、ハカリが施設に連絡して逃げるように言うだけで済むからだ。


 もちろんこちらの記憶が消えている園長たちにそんなことを言っても、簡単に信じてもらうことはできないだろうが、それも施設に危険物が仕掛けられたとかなんとか言えば、お堅い市営施設であることも加味して避難させることができる。


 事実、このアイデアは彼女たちをどうにか避難させることはできないか。と今考えついたものだ。

 そんな風に簡単に揺らぐものを覚悟とは呼べない。

 より多くの犠牲を出さないために、何があっても最後までやり抜く強い意志。それこそが本物の覚悟であり、ハカリにはそれがないと見抜いたからこそ、森羅はこの話をしなかったに違いない。


「……あー、前にも言ったけど最初の一回が難しいんだ。それさえ乗り越えれば大丈夫だけど。こんな急じゃ」


 ハカリが黙り込んだのを見て、滴が気遣うように口にした台詞は、以前も聞いた。

 しかし、あれほど焚き付けられても覚悟を決められなかった今、どれだけ時間を掛けようとできる気がしない。

 同時に三上が言っていた色が違うという言葉が思い出される。


 彼女たちと同じ色になる。つまりは人殺しも厭わない覚悟を決められるのは誰にでもできることではない。

 生まれ持った資質、ある種の才能とも言える。

 事実、朝日がいた異世界の基となったゲームをやりこんでいた最初の異世界転生者も、異世界の上位存在に巣くう不調原因を取り除くことはできずに死亡したと言っていた。


 きっと異世界に順応できるかの第一歩となるのが、人や知性生物を殺すことができるかという覚悟なのだ。

 敢えて言語化するとすれば、精神的な図太さ。とでも言えばいいのか、彼女たちにはそうした資質があった。

 それはハカリにはないものだ。


「俺は滴たちとは違うからな」


 そうした思いが、重圧となってハカリに弱音を吐かせた。


「アタシだって、別に──」


 はき捨てるような滴の言葉を聞いて、自分の言葉が失言だったことに気がつく。


「あ。悪い。そういう意味じゃないんだ」


 頭を下げて謝罪するが、今度は顔を上げられなくなった。


「ただ、自分が情けなくて、つい」


「……フン」


 やや長い沈黙の後、鼻を鳴らす音が聞こえた。

 それは怒りや苛立ちを吐き出すものではなく、どちらかと言えば気恥ずかしさを誤魔化しているように聞こえて不思議に思う。


「そんなことねーよ。お前だって異世界から帰って来たんだから。いざとなれば出来るに決まってる」


 思わず顔を持ち上げる。

 滴は唇を尖らせ、不満顔を見せてはいたものの怒っている様子は無かった。


 ドクン。


 突如、一つ心臓が跳ねる。

 唐突に起こる強い鼓動は、以前から何度か経験していたが、今回はこれまでで最も強かった。

 戸惑いつつも、滴に告げられた言葉を受け入れる。


 確かに彼女の言うとおりだ。

 他の四人や他の地域にいるらしい異世界帰還者同様、ハカリもまた異世界で目的を果たして帰還を果たした人間の一人。

 記憶が無いとはいえ、異世界ではその覚悟を乗り越えてきたはずだ。


 もちろん、そうしなくては生き残れない極限の状況だったのかもしれないし、決断の後も気にならなくなった訳ではなく、ずっと悩み続け、記憶が消えたのはその結果、つまり偶然や事故で記憶を失ったのではなく、魔法か何かを使い、自分の意志で異世界の記憶を消したのかもしれない。


 だが、実際に一度はできた。

 それが重要なのだ。

 瞬間、再び心臓が跳ねた。


「おーい。どうした? また黙り込んで」


 滴の声が遠くから聞こえたが、答えている余裕はなかった。

 この鼓動の発生源が心臓ではなく、もっと別の場所だと理解した。

 胸の内側からなにかが溢れそうになり、思わず胸を押さえる。

 その鼓動がハカリの考えを正解だと言っているように感じて、同時にその正体に気付いた。


「……そういうことか」


 この衝動の正体はきっと、ハカリが異世界に行っていたときの感情、その残滓だ。

 突飛な考えだが妙にしっくりと来る。

 沙月が朧気ながらハカリのことを覚えていたように、ハカリもまた異世界で過ごした記憶や感情を全て忘れたようで、心のどこかに残っていたのだろう。

 その残滓が異世界に関することから目を逸らし、気づかないふりをしようとするハカリを咎めて、感情のままに行動しろ。そう言っているのだと気付かされた。


(そういう自分勝手さが異世界で生き抜くには必要だってことか)


 改めて考えてみると、異世界帰還者は誰も彼も他人よりも自分の考えを優先して動く者ばかりだ。

 唯一こちらを気遣っているように見えた森羅も結局のところ、黙ってハカリを試した上、無理だと決めつけて朝日と共に異世界送りを実行に移している。

 それも滴という見張りをつけて、ハカリが暴走しないようにする徹底ぶりだ。

 普段の姉ぶった態度も合わさり、子供扱いを受けているような気がして、ふつふつと怒りが沸き上がってきた。


 その怒りもブチマケてやれ。


 異世界の残滓が鼓動となって主張を続けていた。

 自分とは思えないような短絡さは、異世界で頭でも打ったのか、それとも転生した際に強大な力を手に入れて調子に乗っていたのか、どちらにしてもどんなときでも思考と推察によって行動を決めてきた今の自分とは似ても似つかない。


 だが今はこの衝動に身を任せた方が良いのではないか。

 そうすれば晴れて覚悟を決め、自分の手で沙月を救うことができる。

 そこまで考えて苦笑する。


 結局また思考で行動を決めようとしていることに気づいたからだ。

 感情で動くこと、それが正解だとどうしても思えないのだ。

 異世界での自分がどうであれ、今の自分が完全に感情で動くのは難しい。


「もしもーし。無視はやめろってばー」


「ああ。悪い、ちょっと考えごとをな」


「考えこんだってそれが正解だとは限らねーって。そう言うときは行動あるのみだ!」


 尾ビレが地面を叩き、大きな音を鳴らす。


「それが出来れば──」


 苦労はない。と続けようとした言葉を押し殺して、ため息を吐いた。

 やはりこうした向こう見ずともいえる行動力こそが、異世界で生き抜く秘訣なのだろうか。

 少なくとも現代でそんなことを続けていれば、いずれ破綻するのは目に見えてる。


(その二つを両立……いや、真逆の思考を両立は無理か、いいとこ取り出来る方法でもあればな)


 都合のいい考えなのは理解しているが、今の自分が彼女たちの言う覚悟を決めるにはそれぐらいの反則技が必要なのだ。

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