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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第三章
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第22話 不自然な朝

「おはようございます」


 挨拶をしながら、異世界転生応援室に入るが、中には誰もいなかった。

 だが三上は滴が来ていると言っていたし、扉の鍵も開いていた。

 まさか本当に暇つぶしがてら市役所内を探索でもしているのでは。と背筋に冷たい物が流れた直後、奥の応接スペースから返答があった。


「お、おー。ずいぶん早いな」


「滴か。それはこっちの台詞。いつも時間ギリギリなのに」


「んー。まあ、ちょっとな」


 煮えきらない返答を不思議に思うが、それ以上滴は何も言わない。ハカリとしても下手に話を広げて、昨日のことを話題に出されるのも嫌だったので、そのまま自分のデスクに移動した。


 まだ勤務開始まで三十分以上ある。

 本当はこの時間を利用して森羅にどう謝るか考えるつもりだったが、気が変わった。

 幸い滴は応接スペースから出てくる気配はない。業務開始時間まで休んでいるつもりなのだろう。

 この本一冊で、今のハカリの現状が変わるとは思っていないが、溺れるものは藁にも縋るという奴だ。


「どれ」


 小さく呟き、貰った本を読み始めた。



 しかし、縋った藁はあっさりと沈んだ。

 話がつまらないわけではない。むしろ施設の子供たちが挙って異世界ものの小説を読みたがっていた理由がよく分かった。

 文章も簡潔で、テンポも良いからサクサク読める上、内容も快活。

 特に主人公が転生する場面では、その内容と異世界送りに悩む今の自分とのギャップに、思わず自嘲的な笑みが零れた。


 本編開始直後、主人公の性格も分からない内から、突如主人公がトラックに轢かれて、次の瞬間には異世界に転生していたのだ。文章中には痛みを感じたり、短い生涯を終えることに嘆いたりする描写もない。

 そもそも死亡したことにすら気づいていないという体で話が進んでいく。

 これは小説の本筋とは関係がないということもあるのだろうが、重い話を長々とするより、テンポを優先したのかもしれない。


 それはその後の内容にも現れている。

 平凡な少年が、異世界に転生したことで大きな力を手にし、その力を用いて八面六臂の大活躍を見せる様が軽快に綴られている。

 そんな単純明快な娯楽小説の中に、重苦しい雰囲気は不要と考えたのだろう。


「ただなぁ」


 そのせいでハカリが求めている主人公の心情まで殆ど描写されていないのはいただけない。

 まだ序盤の段階ではあるが、主人公が野盗に襲われたヒロインを助けるために力を使うが、加減ができずに相手を殺してしまうシーンを読み返し、小さく息を吐いた。

 主人公は人を殺めてしまったことにショックを受けはするのだが、その後すぐ助けたヒロインに感謝の言葉を告げられ、彼女を助けられたのだから自分は正しいことをした。と気を取り直してしまうのだ。


 そのままヒロインとの二人旅が始まるが、強大な力を用いて敵を圧倒していく話に切り替わっていき、迷ったり悩んだりする様子は見せない。

 明らかな描写不足のせいで主人公に感情移入できなかった。


「これのどこを参考にしろっていうんだか」


 相手の感情を色で読み、ハカリの悩みもある程度理解しているはずの三上が、読んだ方が良いと言ったのだから内面の悩みが載っていると思っただけに、肩すかしを喰らった気分だ。

 もしかしたら後半でそうした描写があるのかもしれないが、文体や内容の軽さから考えるとそれも無さそうだ。


 キリの良いところで一度本を閉じる。

 ずいぶん集中して読んでいたがそろそろ始業開始時間のはずだ。と考えて時計に目をやった。

 始業開始五分前。

 いつもであればもうとっくに全員揃っている時間だというのに、滴以外まだ誰も出勤していない。


「……滴?」


 その滴も未だに応接スペースから出てこない。もしかして寝ているのかと声を掛けると、ガタンと小さな音が鳴って返事があった。


「な、なに?」


 慌てた声は、今起きたことを誤魔化そうとしているのだろうか。

 いや、滴の場合、仮に寝ていたとしても悪びれることなく、何故起こすのか文句を言ってくるはずだ。

 疑問を感じつつも、とりあえずもっと重要なことから先に確認する。


「他の三人がまだ来てないけど、何か聞いてるか?」


「ん? あ、あー。そう言えばハカリは昨日直帰だったから知らないのか」


 直帰。と言われて昨日のことを思い出す。

 考えられるのは、市役所に戻った森羅から事情を聞いたことだが、滴の言葉には八つ当たりをしたハカリを責めるような剣呑さはない。


「前にシツチョーが言ってたろ? 他の地域にも異世界関係の部署があるって」


「市長が勝手な公約出したせいで交流が途絶えたとかいう?」


「そーそー。ただ異世界がらみの仕事はこれからも増えていくだろうし、本格稼働する前にもう一度交流を復活させようってことで、とりあえず一度会う約束を取り付けたんだよ。で、今日は三人ともそっちに行っているよ」


 森羅は出社しないと聞いて内心安堵している自分に気がつくが、それは隠して会話を続ける。


「ずいぶん急な話だな」


「昨日一日中電話とかメールとかでやりとりして決まったことだからな」


「それなら俺がメールしたときに教えてくれても──」


 ため息を吐いた直後、ある事実に気づいた。


「どした?」


 どこか緊張している滴の声も、ハカリの耳には届かない。


(メールでやりとり? 平仮名しか打てないのに? いや……)


 朝日が異世界に行った時期がいつなのかは本人が隠しているため不明だが、口にする話題や情報から昭和の終わりか平成の初期程度だと思っていたため、スマホでのメールが使えなくても不思議はないと考えていたが、朝日と森羅は一年ほど前に異世界から帰還したと聞いている。

 その間、スマホやメールの使い方を覚えなかったというのは不自然だ。


(俺のメールや電話に出なくてもおかしくない状況を作りたかった? そんなことをしても俺が市役所に戻ったら何の意味もないのに……いや、だからか。だから急に免許を取りに行けなんて……)


 朝日が突然免許を取りに行くように命じたのはそれが理由かもしれない。

 それも含め、明らかに朝日はハカリを市役所から遠ざけようとしている。

 しかし、その理由までは分からない。


「もしもーし」


「いや、大丈夫。なんでもない」


 そう答えつつもハカリは思考を続け、応接スペースを区切っているパーテーション越しに、定位置の一人用ソファに座って居るであろう滴を見た。


 こうなると彼女も怪しく思えてくる。

 普段は遅刻ギリギリに現れる滴が先に来ていたのは、こちらを見張るためなのではないか。

 だとすれば、直接聞いても素直に答えることはないだろう。


 先ずはある程度推測を立て、その上でこちらは既に内容を理解しているのでその確認。という体で詰め寄った方が良い。と思考を巡らせる。

 恐らく、全ての発端は例の古墳管理の件を市長に直談判しに行ったときからだろう。


「そういえば小子も、あの後室長を追いかけていったな」


 ちらりと誰も座っていない小子のデスクに目を向ける。

 朝日が市長室に行った後、分かりやすくそわそわし始め、仕事も手に着かない様子だったので、森羅に確認を取り、いち早く朝日からの報告を聞けるように送り出したのだ。

 そう言えばあの後から数日間、小子の姿をまともに見た覚えがない。

 もっとも彼女に限らず、他の面々も部署の正式稼働準備のため飛び回っていたのだが、今にして思うとそれも別の要件だったのではと思えてくる。


(あと変わったことと言えば……昨日の森羅か)


 こうなると昨日の森羅が付いてきたのも、今の滴同様ハカリに対する監視役だったのではないかと思えてくる。


(じゃあ沙月はどうだ? あいつが免許を取りにきたのは偶然のはず)


 それを偶々見つけた森羅が、これ幸いと沙月を使ってハカリに覚悟を決めさせようとした……


(あれ?)


 ふいに頭の中で閃くものがあった。

 市長に水神丘公園の管理を頼みに行った朝日。そんな朝日を追いかけて、その後姿の見えなくなった小子。何らかの意図をもって運転免許の取得をさせようとした朝日。偶然か必然か、免許センターで再会した沙月とそれにちょっかいを掛けた森羅。そして、未だ誰も来ない職場。

 ジグソーパズルのように別れたピースが頭の中で勝手に組みあがり、一つの絵が浮かび上がり始める。


「……」


 全体像の見えてきた絵に従い、無言で椅子から立ち上がったハカリは、応接スペースに向かって歩き出した。


「ちょ! こっち来るなよ。今は……あれ、ほら。アタシ今、えっと服、服が汚れたから、乾かしてて服着てないから! ちょっとだけ待ってて」


 慌てた滴が言うが、それが虚言であるのは明白だ。


「見えてるぞ」


 応接スペースを区切るパーテーションの上部はスリガラスで、その向こう側で黒のスーツと慌てたように跳ねる水色のヒレがここからでも確認できた。


「……あ」


 絶句して思考が停止した隙をついて足を早め、パーテーションの上から覗き込む。

 そこには当然、いつも通りのスーツを着た滴がイタズラのバレた子供のように目を見開いて固まっていた。

 ハカリが来る前に片づけようとしていたのだろう。伸ばしかけの手はテーブルに広げられた大きな地図に掛かっていた。

 周囲に置かれたいくつものファイルと、折り目のついた折り紙の束。


「あ、いや。これは──」


 何か言い訳をしようとしたのだろうが、思いつかないらしく、口ごもる滴にだめ押しをするように、重ねられた折り紙の上に、更にもう一枚、まだ解かれていない折り鶴が着陸した。


「……」


「……」


 無言で見つめあうこと数秒。

 一つ深呼吸を入れてから、ハカリは滴の目をまっすぐ見て問いつめた。


「異世界送りが始まるんだな?」


 これこそが急いでハカリを遠ざけ、同時に覚悟を決めさせたかった理由に違いない。

 そう考えて強い口調で問いかけると、滴の固く結ばれていた唇が緩み、観念したように頷いた。

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