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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第二章
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第19話 免許を取ろう

 その日、ハカリは朝日によって食堂に連行された。

 もはや定位置になりつつある、奥のテーブルに向かい合って腰を下ろすと、朝日の奢りで購入したコーヒーを互いに一口飲んでから本題に入る。


 呼ばれた理由は分かっている。朝日が市長に頼んだ異世界転生応援室で、古墳の管理を行うことへの返答に違いない。

 市長に会いに行った日、朝日は戻ってこなかったのだが、翌日聞いたところによるとどうやら市長は即答を避けたらしく、現在はそれから更に三日が経過していた。

 その返事がようやく届いたのだ。


 しかし朝日もあの件を熱望していたのはハカリではなく小子であると気づいているはずだが、何故自分に。と思ったが、ここ数日小子を含めた他の三人は、ハカリとの面談が終わったこともあり、四月以降の仕事に必要な準備で方々を飛び回っていたため、時間の空いていたハカリにお鉢が回ってきたのだろう。


 もっとも、ハカリ自身もようやくできあがった新たな戸籍の登録手続きを済ませるため同じ市役所にある戸籍課と異世界転生応援室を行き来していて忙しかったのだが、それも昨日無事に終わったため、タイミングとしてはちょうど良い。

 まだ戸籍謄本やマイナンバーカードの取得までは行っていないので、実感は沸きづらいが、これでようやく地に足がついた。


「市長からの返事が来たんですか?」


 そうした面倒ごとが片付いたこともあって口が軽くなっていたハカリの問いかけに、朝日はフフンと自慢げに鼻を鳴らした。


「オッケー出たんですね」


 身を乗り出して聞くと、朝日はニヤリと唇を斜めにして一言。


「ダメだった」


「ええ?!」


 思わず驚きと呆れの入り交じった声が出てしまうが、朝日は動じた様子を見せず軽く手を振った。


「期待するなと言っていただろう」


「それで本当に期待外れな人初めて見ましたよ」


「現実はマンガやゲームのようには行かないものだ。さて、どうしたものか」


 ゲームそのもののような世界から帰ってきた人の発言とは思えないが、続けてため息を吐く朝日に疑念を抱いた。

 まさか。この話を小子に伝えさせようというのではないか。


「小子くんには僕から伝えておくよ」


 警戒するハカリの心を読んだように言われて、ほっと胸を撫で下ろす。


「じゃあ、話っていったい」


 朝日はもう一口コーヒーを啜ってから本題に入った。


「実はね。君に運転免許を取ってきて貰いたい」


「免許、ですか?」


 前回の異世界送りのことを思い出して身を堅くするが、朝日は静かに続けた。


「君の覚悟についてはまだ保留にしているが、人に教えるのにも免許は必要だろう?」


 確かに。ハカリには車の運転技術が身に付いているとはいえ、本物の免許がなければ車の運転をするわけにはいかない。

 戸籍が作られ、四月づけで正式に市役所勤めとなることで身分は保障され、警察に捕まった場合の影響が大きくなる以上なおさらだ。


「それと。先ほど市長に断られたと言ったが、それはこちらの手札が足りないのも理由だ。車も動かせないのに、古墳公園の管理業務はできないだろう?」


「それは、そうですね」


 そちらもその通りだ。

 異世界転生応援室で管理業務をするにしても、いざというとき現場に駆けつけることもできないのでは話にならない。


「だから最低でも一人は免許を持っている必要がある。そして私たちが一から免許を取るより君が取ってきた方が手っとり早い」


「いや、俺だってまた一から教習所に通う必要がありますし、時間掛かりますよ?」


 もちろん、車の運転もしたことがない他のメンバーに比べれば、遙かに素早く取得できるだろうが。

 しかし、そんなハカリの言葉に、朝日は不思議そうに首を傾げた。


「なにを言っているんだ?」


「え?」


 いぶかしむハカリに、コーヒーを飲み干した後、無慈悲に告げた。


「一発試験だ。明日にでも行ってきなさい」



 ・



「で? なんで森羅も来たの?」


 運転免許センターの待合室。

 遺跡の管理には乗用車だけでなくトラックも必要になるため、普通免許ではなく準中型免許の申し込みを済ませて、適正試験が始まるまでの間、学科試験の勉強をしようとしていたハカリの下に、森羅が満面の笑みと共に現れた。

 彼女は普通免許を受けにきたそうだ。


「早く私も免許取らないといけないからね。一発試験は何回受けても良いし」


 つまり今回は落ちる前提で試験の雰囲気を味わいに来たらしいが、何の知識もなくいきなり一発試験は勧められない。


「森羅は車の運転したことないんだろ? 普通に教習所行った方がいいよ」


「大丈夫大丈夫。私には秘策があるから」


「秘策って……魔法か?」


 運転免許で秘策と言われても。と首を捻った直後、森羅から聞いた魔法の種類と内容を思い出し、声を落とす。


「そ。取りあえず知力強化と視覚強化、思考速度に反射神経。これだけあれば楽勝だよ」


 森羅が得意げに笑う。

 軽々しく魔法を使うなと言いたいところだが、今言った魔法は、ハカリとの面談で、あくまでも人間レベルならばと前置きをした上で、使用しても問題ない魔法の中に入っているものばかり。

 なにより彼女が早く免許を取ろうとしているのは、次の異世界送りでハカリの代わりに車の運転手を勤めるためなのだから、強くは言えない。


「学科はともかく、実技は知識や運動神経だけでは無理だろ」


 せめてもの反抗とばかりに言う。


「だから何回かは落ちる前提なの。落ちたらはー君がお姉さんに手取り足取り教えてー」


「はいはい」


 しなを作ろうとして失敗したような、間延びした口調で身を寄せてくる森羅を軽く躱しながら、昨日慌てて買ってきた学科試験用の過去問題集を取り出して読み始める。

 体感時間では数ヶ月前に同じ準中型免許の試験を受けたばかりとはいえ、記憶力に自信がある方ではない。

 森羅のように魔法で記憶力を上げることなどできない以上、時間は無駄にできないのだ。

 一発試験の難しさは学科よりも実技面の方が大きいとされているが、そちらは練習のしようがないため、せめて学科は一度で受かっておきたい。


「むむ。こっちを見なさい。勉強なんて私がなんとかしてあげるから」


「なんとかって──」


 なんだよ。と続ける前に、森羅の指先に微かな光が灯り、ハカリの額を小突いた。

 瞬間、体の中を何かが掛け巡る。魔法を掛けられたのだと直ぐに気付いた。

 なぜならその光が全身を掛け巡ったと同時に、ハカリの世界が一変したのだから。


 先ずは視力。


 元々目が悪いわけではなかったが、それでも即座に気づけるほど視力が上がったのが分かった。

 望遠鏡や双眼鏡を使用して物が大きく見えるようになったのではなく、視界そのまま、見えている物全てが鮮明となったのだ。

 ハカリたちのような一発試験ではなく、普通に試験を受けにきた者や免許の更新に訪れた者たちの顔はもちろん、服に刻まれた模様や刺繍、小さな汚れや皺に至るまで鮮明に捕らえることができる。


 続いて気づいたのはそれらの情報が頭の中で瞬時に処理されることだ。

 一人一人の顔が認識されると共にそれぞれがなにをしているのか。眠そうに欠伸をかみ殺す者、ハカリと同じように学科試験に向けて勉強している者、スマホをいじっている者、友人と来たのか、談笑を続けている者もいる。


 そうした多種多様な人々の行動一つ一つが同時に確認でき、何をしているのか、どこを見ているのか、それらの情報が一気に脳内に入り込んできているというのに、何の戸惑いもなくすべてを一瞬で処理できてしまう。


 試しに手にした教本をめくってみると、覚えようとしているわけでもないのにすんなりと内容が頭の中に染み込んだ。

 どのページに何が書かれていたのかも瞬時に思い出せる。

 確かにこれなら、本を斜め読みしただけで全ての内容を記憶することが可能だ。


「凄いな。これなら筆記は余裕だ」


「ふふふ。身体系の強化もすればもっとすごいよ。頭の中で思い描いた通りに身体を動かせるようになるから。一度免許を取ったはー君なら実技だって楽勝だよ」


「だけど、なんかカンニングしてる気分」


「一度免許は取っているんだから、そんなこと気にしない、気にしな……あ」


 ポンポンと肩を叩く森羅の言葉が途中で止まる。

 彼女の視線はハカリの肩越しに奥へと向けられていた。

 釣られてハカリも後ろを見る。


 その瞬間、あらゆる情報が一気に流れ込んでくる。しかし今度は魔法によって強化された脳ですら情報を処理しきれずパンクしてしまった。

 普通自動車用の免許ではなく、普通自動二輪免許、いわゆる中免と呼ばれる中型バイクの一発試験を受ける者が数名集まっている待合い所で本を読んでいる若い女。

 彼女の手の甲には見覚えのある火傷の痕が刻まれていた。


「沙月」


 幼なじみにして、ハカリのことを忘れてしまった少女、柊沙月がそこに居た。

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