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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第二章
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第18話 提案

「それは難しいな」


 先日小子に告げた、水神丘古墳の管理を異世界転生応援室が行うという提案を聞いた朝日がにべもなく言う。


「え?」


 思ってもみなかった返答に、背中に何者かの視線(おそらくは小子だろう)を感じながら声を上げる。


「いやでも、相手に仕事を投げるとかならともかく、こっちから仕事を請け負うって話ですよ? 相手も負担が軽くなるなら文句はないんじゃ……」


 ハカリが全てを言い切る前に、朝日の笑い声が遮った。


「それは働いたことのない者の理屈だよ。仕事の負担が軽くなっても、成果、いや手柄を他人に持っていかれるくらいならば、邪魔をすると考える者は多い」


 働いたことがない。と笑われ、僅かにむっとしつつ食い下がる。


「一般企業ならそうでしょうけど、役所はまた違うんじゃないですか?」


 終身雇用制が崩壊し、成果主義に移行している一般企業ならば、朝日の言うように仕事を横取りされるのはそのまま他人に成果や手柄を取られることになるだろうが、役所は未だ年功序列が基本と聞いている。

 ならば仕事が楽になる方を優先させるのではないか。

 実際にたらい回しを経験した身としてはそちらの方が自然に思える。


「それも一理あるが、役所の場合は縄張り意識が強いからね」


「縦割り構造ってやつですか」


 同じ組織に所属していても、自分の部署以外との連携が取れない、あるいは取りづらい構造のことだ。

 一般企業でもあるそうだが、行政の縦割りはそれが更に強いと聞く。


「そう。本来役所は人事異動で全く関係ない部署に移動することも多いから、縦割りにはなりづらいはずだけど、事なかれ主義の極みとでも言うべきか、多くの職員は移った瞬間別部署の人間になってしまう。結果縦割り構造はなくならず、その仕事は自分たちの縄張りであり、別部署の人間に取られることを極端に嫌がる性質ができあがる」


「でも天災対策企画課は──」


 以前小子に言った内容を朝日にも伝えようとしたが、再び言葉は遮られた。


「確かに表向きは天災を防ぐための企画を立案するために作られた課だ。当然、様々な部署との連携が不可欠。ただ、そうした部署はどこにでもあるが、大抵は形だけというか、基本的に仕事は全て担当部署が行って、失敗の責任だけ取らされるようなところで、結果失敗を恐れて萎縮し、実際に縦割りを無視して活動できているところはほとんどない」


「でも室長。新市長はそういうのを無くすことを公約で掲げて、天災対策企画課を作ったんですよね?」


 援護射撃とばかりに、後ろから森羅が口を挟んできた。


「そうなんですか?」


 市長選はハカリが異世界に行っていた半年間の間に行われたらしいので、公約などは知らない。

 もっとも、例え残っていたとしても大して興味は持っていなかっただろう。

 誰が市長になってもなにも代わらない。普通の高校生の感覚などそんなものだ。


「まあ、ね」


 珍しく歯切れの悪い朝日に内心で首を傾げていると、彼女は視線を天井に向けてから一つ鼻を鳴らした。

 視線は天井というよりはその奥、上階にある市長室に向けられている気がした。


「だが今の市長は無所属の新人だ。市議会で無理を通せる政治力はない。現在の職員はほぼ全て力ある市議、あるいは副市長派閥の人間ばかりだ。僕も市長子飼いの部下だと思われているせいで挨拶周りに苦労しているよ」


「それでよく市長になれましたね……ってあれですか。例の魔法を駆使して地位と権力を持った人物が後ろにいるから」


 言いながら、それだけの力がある者が後ろ盾に付いているのなら、政治的な力は十分ではないかとも思う。

 少なくとも地方都市の市議や副市長の力よりは強大な権力が後ろ盾に付いていることになるのだから、多少の無理でも通せそうな気がするのだが。

 そう考えたハカリの思考を見透かしたように、朝日は鼻を鳴らした。


「確かに出馬のときはフィクサーの息が掛かった者が後援者になったようだけど、選挙が始まった途端市長は独断で動き出してしまった。本来はこの異世界転生応援室を設立させるだけで良かったはずが、天災対策企画課という部署の垣根を越えた課の設立を公約に掲げて当選した。それもあって僕らは他の異世界関係部署とも少し距離を置かれている」


「そうなんですか?」


 聞いたのは後半部分、他の異世界関係部署から距離を置かれているというところだ。


「ああ。そもそもとして、君が草案を提出してくれた現代生活マニュアル。これを作ること自体おかしいとは思わなかったか?」


 先に提出し、現在朝日が内容を精査している途中だったマニュアルの草案を掲げて見せる。

 今までは特に考えていなかったが、今の話を聞いて確かに疑問点が浮かんだ。


「異世界帰還者が現代で生活する上で問題点があるなら、もっと前から活動している地域の部署から聞けば済む」


「その通り。恐らくはそれもフィクサーが手を回したんだろう。彼らに聞いてもなにも教えてくれない。僕らの存在が世間に露見すれば自分たちも難しい立場に置かれるというのにね。以前言った交流会が一回で終わってしまったのもそのせいだよ」


「ええ!? じゃあもう交流会無いの? アタシも旅行したかったのにー」


 今度は滴が声を上げて喚き出す。

 そうしている間にも、ハカリの背中にぶつかる視線は強くなる一方だ。

 その視線が横道に逸れた話を戻せと言っているような気がした。


「ようは今の市長は孤立無援で市役所の中は敵だらけ。だから唯一の市長派閥だと思われている俺たちが他部署に近づこうとすれば内容に関係なく拒否されると?」


「勿論市の首長として強権を発動させることは出来なくはないだろうが、その場合は後が怖い」


 あっさりと言われて、ちらりと後ろを窺うと、小子はがっかりしたように肩を落としていた。


「ただ。方法がないわけではない」

「それは?」

「魔法だよ」


 その言葉と共に朝日はマニュアルの草案をふわりと宙に浮かべた。


 確かに三人から聞き出した多種多様な魔法の力を使えば、市役所間の縦割りを突破することなど容易いことだ。

 力づくで脅すようなことをせずとも、読心や透明化魔法を使い相手の弱みを握って脅迫してもいいし、相手の利となるような情報を調べ、交換条件にしても良い。

 もっと手っ取り早く、洗脳や記憶操作を使って相手から、こちらに仕事を頼んでくるように仕向けることだってできる。


 魔法の力を使って権力を握ったフィクサーはそうした方法を駆使してその地位にのし上がったのだろう。

 だが──


「言いたいことは分かる。君が言うように、現代は僕が知っている時代より遥かに高度な監視社会が築かれているらしい。しかしだ。僕らの魔法を複数駆使すればそうした監視の目を欺くこともできる。一度二度程度なら、露見する可能性など1%もないだろう」


 それにはハカリも同意する。

 彼女たちの使える魔法の種類や能力は、それほど現代の常識から逸脱していた。


 だが、その油断こそが問題なのだ。

 だからこそ、ハカリの作った現代生活マニュアルには、この部屋に貼られている人除けの札などを過信せず、魔法の使用は必要最低限、幻術や変身魔法といった己の正体を隠すためのものだけに限定するべきだと記している。


「現代の常識を誰よりも知り、マニュアルを作っているのも君だ。さて、どうする?」


 こちらを試すような物言いを受けて、思案する。

 個人的には、正体が露見するリスクを考えると魔法の使用は絶対に止めるべきだとは思うが、まだマニュアルが完成したわけではないので、今回だけ例外扱いにすることもできる。


 しかし、一度でも魔法の力を使って利益を得れば、今後の選択肢に必ず魔法が入ってくる。

 何か問題があっても魔法を使えば何とかなると。

 そんなことを繰り返していればいずれ決定的な失敗が起こるのは明白。

 ならば──


「……それでも。危険は犯すべきではないと思います」


 言葉少なにそれだけ答えると、朝日は少しの間こちらを観察するように窺ってから、唇を斜めにした。


「分かった。ではもう一つの手を使ってみよう」


「もう一つ?」


 マニュアル草案を丸め、棒状にして天井に向けながら、朝日は続けてこう言った。


「市長と交渉するんだよ」


「え? でもさっき」


「強権を発動させることは出来ると言っただろ? 借りを作ると色々面倒になるんだが、この際仕方ない」


 期待せずに待っていてくれ。と続けながらひらひらと手を躍らせて立ち上がった朝日はそのまま部屋を出ていく。

 その背中には言葉とは裏腹に、異世界転生応援室の長としての誇りと自信が満ちていた。

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