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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第二章
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第17話 聞き取り調査③

 手のひらに置いた折り紙の鶴がフワリと浮かび上がり、大きく円を描いてハカリと小子の周りを旋回する。


「……これが式神。専用の札に術者の体の一部、私の場合は紙に髪の毛を張り付けて使う」


「なるほど。紙に髪を」


 思わず呟くが、小子は冗談を言ったつもりはないらしく、無表情のまま首を小さく横に倒した。


「いや、何でもない」


 愛想笑いを向けても小子は相変わらず顔色一つ変えず、無言で頷くだけだ。


 小子とのやり取りは滴とは違う意味でやりづらい。

 実際、昨日まで行なっていた滴との検証もなかなか辛かった。


 検証自体は森羅が挙げたリストに載っている魔法と同質なものが多かったため、個人差があるかを調べるだけで済んだのだが、問題は彼女しか使えない固有魔法、その中でも特に他人に掛ける補助タイプの魔法だ。


 自分に作用する変身魔法や単純な攻撃魔法と異なり、補助魔法が苦手な滴は詠唱や呪文の類を唱えないと使えないらしく、検証の時も唱えていたのだが、ゲームやアニメに興味のないハカリにとって、妙に仰々しい言葉をツラツラ並べる詠唱は、聞いているだけで背筋がむず痒くなった。

 滴の方は至って大真面目なので茶化すこともできず、こちらも真面目な顔を崩せなかったことで、より精神疲労を加速させた。


 小子の場合、魔法(彼女の場合は陰陽道と呼んでいるが)に関しては特にそうした問題はないが、単純に小子自身が思った以上に無口で、一から十までこちらが指示を出さなくてはならず、検証が遅々として進まないのだ。


「これは紙を動かす以外の使い方はできるのか? 例えばここから火を放つとか」


「……できる」


「どうやって?」


「専用の札と組み合わせる」


「札って、応援室に張ってある奴?」


「あれは人避けの札」


「人避け専用ってことか」


 ハカリたちが所属している異世界転生応援室の対外的な名称は、プレートの表側に刻まれている情報精査準備室だ。


 わざわざ対外的な名称とプレートを用意したのは、この市役所はどの部署でも市民が訪れられる拓かれた役所を目指しているため、一部を除いて鍵をかけない決まりとなっているからなのだが、そんな中で滴が変身魔法を解くことが許されている理由が、小子が貼っている人避けの札の効果にある。

 あの札を貼るだけで、明確な目的がある者以外は部屋に入ることはおろか、近づくことすらできなくなるらしい。


 もっとも、ハカリとしてはそうした油断こそ問題だと考えており、この聞き取りを纏めたマニュアルを提出する際にそのことも書き添えるつもりなのだが。


「そう」


「じゃあ、炎は炎専用、水は水専用みたいに種類もあると」


「そう」


「……」


 どんな質問をしても、一事が万事この有様だ。

 森羅、滴との聞き取り調査の合間に、小子とも異世界転生応援室の同僚として共に仕事をしているが、彼女の方から声を掛けてきたことは一度もない。


 基本的に相手が誰であっても態度は変わらないのだが、それでも他の三人との会話ではまだキャッチボールらしきものをしようとしている痕跡は見受けられる。

 どうやら、現状小子にとってハカリは同僚ではなく、部外者でしかないようだ。


(沙月と違って、わざとじゃないから困る)


 出会った頃の沙月もこうして他者とのコミュニケーションを断絶していたが、あれは自分の意志で拒絶していたため、逆に対策も取り易かった。

 しかし、小子の場合はそうした意図はないように見える。

 本能的な感情ならば、なんらかの理由があったとしても、その理由自体を小子自身でさえ気づいていない場合もある。


 だからこそ、迂闊に仲良くなろうと距離を詰めてもいいものか判断に困るのだ。

 そのあたりは昔、無遠慮に沙月と距離を積めようとしたときに経験済みなので、とりあえず食いつきそうな話題を探し、試しに聞いてみることにした。


「そう言えば、例の古墳での儀式はどうなったんだ?」


 異世界送りがあった夜、無警戒に空を飛んでいた小子を追いかけて先にあった古墳で行われていた儀式だ。

 朝日は後で考えると言っていたか、その後どうなったかは減って不明のままだ。


「まだ。忙しいから」


 主語が省かれているが、忙しいのは朝日のことだろう。


 異世界転生応援室が正式に稼働するのは、四月一日からだが朝日はその前にやらなくてはならないことが多いようで、部屋にいることは少なく、いつもどこかに出掛けている。

 導具に関しては朝日の物が残っているので急ぐ必要もなく、後回しになっているのだろう。と納得して頷くと、それを咎めるように小子はハカリを真っ直ぐに見た。


「室長だけに任せるのは駄目。私は……現場に行けないから」


「行けないって。……ああ、神託だっけ? あれはここじゃないと聞けないのか」


 小子はこの市役所にある末社を通して神の声を聞くことができると聞いている。

 途中で目標である転生予定者が移動した場合など、神託の内容が変わる可能性もあるため、現場に出向くことができないという意味だろう。


「そう。社がないと駄目。だから、せめて──」


 小子はそこで言葉を切ったが、続きは言わずとも分かった。

 それはハカリも同じだったからだ。


 先日滴も零していたが、彼女たちは多かれ少なかれ、異世界で人やそれに準ずる知性生物を殺す経験をしてきたのは事実だが、なにも感じないはずはない。


 だからこそ、二の足を踏んでいるハカリに対して、覚悟ができていないことを笑うのではなく、ゆっくりと時間をかけて考え、折り合いをつけるように言ってくれた。


 そう理解したとき、ふと気付いた。


 朝日が異世界送りに必要な導具を自分の分しか用意していないのは、自分が直接手を下すことで、部下たちの手を汚させまいとしているからではないか。

 森羅が自分用の導具作りを小子頼んだのは、ハカリの代わりというだけでなくそんな朝日の本心を見抜いた上でことかもしれない。

 そして小子もまた現場に出ることのできない自分を嘆き、せめて導具を作ることで貢献しようと、あの日儀式を強行した。

 それらすべてを理解したからこそ、朝日は忙しさを理由に儀式の話を後回しにしている。


 一つ見えてくると次々と話が繋がってくる。

 ならばハカリはどうすればいいのか。

 ここは話を流し、朝日が良いタイミングだと思うまで放置するべきか、あるいは森羅や小子の意を汲んでそちらに手を貸すべきなのか。


「……」


 無言のまま、こちらを見上げ続ける小子。

 異世界転生応援室の中で、転生予定者に直接手を下すことができないという意味では、小子とハカリは同類だ。

 もっとも物理的に不可能な小子と、関わる覚悟すらできていないハカリでは、その意味合いはだいぶ異なるのだが。


「ふぅ。儀式は夜に、あの場所でないとできないんだよな?」


 根負けしたハカリの問いに、小子は小さく頷く。


「そう。必要なのは月明かりと相性の良い社。あそこの社はもともと私の実家が管理していたから関係が深い」


 こちらが聞いていないことにも自発的に答える。

 先ほどまでとは大違いだが、それだけ彼女も必死なのだろう。


「魔法、いや陰陽道か。それを使って儀式の時に出る光を隠せるか?」


「できる。結界の形を変えれば外から見ると真っ黒い円柱に包まれたようになる。それなら月明かりは上から入る」


 なぜあのときはそれを使わなかったのだろうかと思ったが、そもそも彼女たちは魔法や式神などの超常の力を隠す必要性を感じていなかったのだ。

 朝日は大前提として、異世界帰還者の存在を隠せと言っていたようだが、いざとなればその魔法の力を使って相手を黙らせれば問題ないと考えていた。

 今も小子はこれで儀式が行えると目を輝かせているが、喜ぶのは早い。


「でもそれだとダメだな。あそこは周りで一番高い位置にある。そんなところに黒い円柱なんかがあったら夜でも気づかれる」


「どうすればいい?」


 人形に填まったガラス玉のように大きく輝く真黒の瞳にジッと見つめられると、妙な圧力を感じてしまい、ほとんど纏めきれないまま言葉を紡ぐ。


「逆に見られても問題ないもの、ブルーシートとかで隠して、工事中を装うとか? いや、ダメか。そんなこと勝手にやって、バレたら」


 言いながら自分で問題点に気づき取りやめようとするが、同時に別の事実に思い至る。


「あの古墳があるのは史跡公園だよな? 公園って、市が管理してるんじゃなかったか?」


「?」


 自分が問われたと思ったのか、小子が首を傾げるが、これは自分自身への問いかけだ。

 市役所内にそのままずばり公園課という部署があったのを思い出したのだ。

 文化財の古墳がある公園となると、また違うかもしれないが、どちらにせよそうした文化財の管理もまた市が行っていたはず。


「俺たちが直接あの公園の管理に関われたら。何とかなる、かも」


「本当?」


 声量は変わらないが、声に明らかな勢いがある。

 これは単純に儀式を進められるからというだけではないと直感した。


 あそこにあったボロボロの小さな社は、元は小子の実家が管理していた場所だ。

 そして以前滴が言っていたように、百年以上前から現代に戻ってきた彼女には親や知己だけでなく、見知った景色すらほぼ存在しない。


 そう考えるとあの社は、小子にとっては唯一の自分が住んでいた頃との繋がりなのだ。

 仕事上とはいえその社と関係を持ちたいと考えても不思議はない。


「俺も市役所のルールとかは分からないけど、大丈夫じゃないかな。同じ市役所で、俺たちは天災対策企画課なんだし分野としては近いはずだ」


 天災対策企画課は、言うなれば市内のあらゆる場所で起こり得る災害を予測して対策を企画する部署だ。

 その名の通り災害が予想される場所ならば、他の課が管理している場所や施設などであっても、視察に入ることも出来るし、地震などで壊れる可能性があれば、補修や改装などにも関われるのではないだろうか。


 異世界送りがいつどこで起こるかわからないからこそ、こうした幅広い場所で活動できる部署を新たに設立したとも考えられる。ならば社や古墳の補修だと言って工事をこちらで請け負うことも問題はない。


 その際、先ほど言ったブルーシートで周りを囲むやり方で隠して儀式を行う。

 それなら例え光が漏れても工事の光だと言い訳も立つし、万が一警察を呼ばれたとしても、前回と異なりこちらは正真正銘の市役所職員。文句を言われる筋合いはない。


「それ。それをしよう」


 食い気味に言ってグイと近づいてくる小子に、ハカリはそれと同じ分だけ後ろに退がりながら、この話を小子に振った目的を今更思い出した。


「落ち着け小子。どっちにしても先ずはこのマニュアルを完成させてからだ」


 元々はマニュアル制作を円滑に進めるために小子と仲良くなる目的で話を振ったことを思い出した。


「分かった。なにをすればいい?」


(意外と現金な奴だな)


 自分から話を振ってくるようになった(無意識だとは思うが)小子に本音は隠しつつ、ハカリは口元に手を持っていき、少し考えた後、滴のときと同様に、小子のみが使える固有能力について質問を開始した。


「色々あるけど遠視札を折り紙に変えて操れば、魔法を使うより遠くまで監視ができるのは便利だと室長が言ってた。他には──」


 先ほどまでのやりとりが嘘のように、自分から次々に語り出す。

 その後の聞き取りは思った以上にスムーズに進み、ハカリは自らの提案に、我がことながら感心していた。

 しかし、このときのハカリが、役所という場所の面倒さを理解していなかったと気づかされるのは数日後のことであった。

説明会は大体終了、ここから話が動いていきます

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