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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第一部 第二章
16/129

第15話 聞き取り調査①

しばらく説明回が続いていますが、あと少しお付き合いください

 市役所の最上階である六階の食堂。

 さほど人気がないのか、それとも単純にまだ昼休みに入っていないせいか、殆ど客はいない。


 そんな食堂の一角にある太い柱と観葉植物の影に隠れて、まるで個室のようになっている四人掛けテーブルにハカリと森羅は向かい合って座っていた。

 森羅はエルフ特有の長い耳を隠すため、緩めの黒いニット帽を深めに被っている。

 前日、異世界送りのために外に出たときと同じ格好だ。


 昨日はそれどころではなく気にしていなかったが、スーツとニット帽の組み合わせはチクハグな印象を受ける。

 とはいえ素顔のままという訳にいかないのは理解しているので、その件には触れず、とりあえず互いに自動販売機で購入した紙コップのコーヒーをひと口飲んでからハカリはメモ用の手帳を取り出した。


「私のことが知りたいなんて。はー君も大胆だね……でも良い。そういうのは嫌いじゃない。むしろ大好き」


 朝日たちの前で提案した内容のごく一部を切り取り、ニコニコと嬉しそうに笑う森羅の口調は分かりやすく浮かれていたが、同時に演技じみている。

 彼女が他人の感情に敏感で気を使う性格だということは、もう理解している。

 こちらの緊張を解そうとしているのは分かったが、主導権を握られ続けるのも癪なので、少し挑発する。


「ああ。丸裸にしてやるから覚悟してくれ」


「丸っ!?」


「……いや、冗談だよ」


 思った以上の反応に苦笑いと共に言うと、森羅の顔が朱に染まり、それを隠すようにニット帽の端を握って、目元近くまで引き下ろした。


「お姉さんをからかうなんて……やるね」


 取り繕おうとしているのは見え見えだったが、指摘するのは流石に気が引けたため、努めて冷静に話を進める。


「それはどうも。それじゃ改めて、先ずは森羅が使える魔法について教えて貰おうか」


 朝日から命じられた業務は、簡単に言えば現代の常識に疎い異世界転生応援室のメンバー、そしてこれから戻ってくる異世界帰還者たちに向けた現代生活用のマニュアルを作ることだ。

 そのために、先ずはハカリ自身がより詳しく異世界の常識や、彼女たち個人の持つ能力について知る必要がある。


 特に重要なのは大体どの異世界でも存在している魔法の調査である。


 異世界転生者の目的は、別世界の神にあたる上位存在の不調原因を実体化した魔王などの敵を倒すこと。

 しかし、何の力も持たない人間が強大な力を持った存在をいきなり倒せるはずもないため、こちらの世界の人間でも想像が容易く、万能感を煽って戦いに(いざな)いやすい魔法のような超常の力が存在する世界を作ることが多いそうだ。


 上位存在は不調原因を直接排除できない分、転生者が強くなりやすい環境を整える形でサポートしているということだろう。

 どちらにせよ、ハカリ以外の四人は全員名前こそ違うが魔法のような力を使えることは確認できている。

 まずはその詳しい内容を調べ、使っても良い魔法と危険な魔法に仕分けしなくてはならない。


 朝日からマニュアル作りを命じられたハカリがそう考えて、面談の必要性を説いたのだが、全員一度にでは他の業務に差し障りがあるということで、一人ずつ個別に話を聞くことになった。

 そのトップバッターとして指名したのが森羅というわけだ。


「だったら。盗み聞きされないように壁を作っておこう」


 言うなり、こちらが止める間もなくパチンと指を弾く。

 同時に白っぽい光の粒子が弾けて飛び散ったのを見て、ため息を吐いた。


「だから。そういう風に簡単に魔法を使わせないためのマニュアル作りなんだよ」


「大丈夫大丈夫。私のマナは白で目立ちにくいから気づかれてないよ。それにこんなに人が少ないと小声で話したって声が聞こえちゃうよ。そっちの方がマズいでしょ?」


 確かにBGMも流れていない静かな食堂では声が通りやすい。

 そもそもこんな話を食堂で行おうとしたこと自体に問題があった気がするが、それにしてもまずは一言掛けて欲しかった。


 この辺りの意識改革を促すのも自分の仕事だろう。と改めて決意を固めつつ周りに目を向けると、自分たちが座っているテーブルが白っぽい靄のようなものに包まれていた。


「外からは見えないし、普通に出入りも出来るよ」


 試してみて。と促され、言われるがまま席を立って手を伸ばす。白い靄に触れても何の感触もないことを確認してから、意を決し靄の外に出た。

 森羅の言うとおり、なんの抵抗もなく外に出ることができた。

 辺りを見回してみると、元から奥まった席に座って目立たないということもあるのだろうが、数少ない客や奥で料理を作っている店員も、先ほどの光やこの靄に気づいている様子はない。


 振り返ってもあの白い靄は影も形も見えず、森羅が澄まし顔でこちらに目を向けているだけだ。

 これなら気づかれることはない。


 一人納得して頷いていると森羅は澄まし顔をニヤリと崩し、すぅと分かりやすく息を吸い、口を大きく開けながら全身を使って叫び声を上げた──と思ったが、声は一切聞こえずに、周りの客たちも気づいていない。


 これが防音、いや遮音魔法の効果なのだろう。

 これならどんな内容の話をしても、周囲に知られることはない。

 魔法という超常の力を改めて認識しつつ、今度は先に手を出して試すような真似はせず、そのまま靄の中に入ると席に戻る。


「どう? どう? 私がなんて言ったか聞こえた?」


「ぜんぜん。なんて言ったの?」


「ふふっ。内緒」


 イタズラが成功した子供のような笑顔に、気が抜けそうになる己を律し、改めて面談を開始した。


「とりあえず、音を遮断する魔法が使えることは分かった。後はどんな魔法が使えるんだ?」


「んー。そう言われてもね。私たちはゲームでいうところのラスボスを倒して全クリをした状態で戻ってきたから使える魔法はいっぱいあるよ?」


 なんでも無いように言うが、これはある意味恐ろしい事実だ。

 さほど詳しくないハカリでも、レベルや魔法の概念があるゲームで最後の敵であるラスボスを倒すためには、良い装備品やアイテムを入手した上で、剣や魔法を鍛えるレベル上げをして、限界まで強くなってからでなければ倒すことはできないのは分かる。

 仮に彼女たちが、その強さのままこの世界に戻ってきたというのなら、そんな規格外の力が現代日本で、受け入れられるはずがないこともまた事実。


 つまり、世間に露見させないためのこのマニュアル作りの重要度が大きく増したことになる。


「どうしたの?」


「いや。俺も昔は魔法使えたのかなって。だったら今は何でなにも使えないんだろ?」


 誤魔化しを兼ねた言葉だが、実際気になる。

 森羅たちが強さを維持したまま戻ってきたというのなら、何故ハカリはそうではないのか。


「んー。はー君の場合はレベルが下がった状態で戻ってきたからじゃないかな。だからレベル上げをすればもそのうち魔法だって使えるようになるよ」


 妙に真剣な言葉と視線に押され、ハカリは思わず身を引きつつ愛想笑いを浮かべた。


「いや、この世界でレベル上げって言われても」


 ゲームならモンスターを倒して経験値を稼ぐことでレベルが上がるのだろうが、現実世界にモンスターはいない。

 変わりに動物を倒そうものなら、動物虐待で捕まりかねない。


「別に何かを倒すようなものじゃなくても、魔法とか異能に関わる仕事をこなせば経験が溜まるよ」


 魔法や異能に関わる仕事──

 嫌な想像が頭に浮かびかけて、ハカリはそれを振り切るように話を変えた。


「とりあえず、よく使う得意な魔法からどんどん挙げていってくれ、そこから選別しよう」


 まだ何か言いたげな森羅の視線に気づかない振りをして、ハカリはボールペンを握りしめた。




「──こうして纏めてみると、攻撃魔法はもちろん、補助魔法でも外から見て気付かれる魔法が多いな」


 時間をかけて聞き取った魔法を、一見しただけで異常だと分かるものとそうでないものに分けて書き出してみると、前者の方が圧倒的に多い。

 発動時に出る光の粒子はなんとか誤魔化せても、実際に使用した場合、一目で超常の力だと分かってしまう。

 その中でも特に分かりやすいのは空を飛ぶ魔法と一瞬で長距離を移動する転移魔法だが、ジャンプ力や足の速さなどの身体能力が向上するものでも、彼女たちが使えば、人間の限界をあっさりと超えるという。

 逆に気付かれ難いのは体力、視力などのぱっとみて効果が分かりづらい魔法だろうか。


「本当はどんな魔法であっても使わないに越したことはないんだけどなぁ」


「でも室長も言ってたけど、滴ちゃんは基本的に人前でこそ魔法を使わないといけないしね。後私も」


 森羅の場合は耳や髪色のことだろう。

 今は帽子で隠しているが、スーツが基本である以上、いつもこの姿でいる訳にもいかない。

 なにより彼女の場合、例え髪色や耳を隠しても、この世の者とは思えない(実際この世界のものではないが)美しい顔立ちだけで十分異質で目立ってしまう。


「そうだよなぁ。滴は変身魔法使ってるけど、森羅も使えるんだよな?」


「んー。一応使えるけど、私は変身魔法より幻術魔法の方が、必要な魔力量が少なくて済むからそっちを使っていくつもり」


 どうせ耳と髪色を変えるだけだから。と森羅は続ける。


「結局、幻術魔法でカメラは誤魔化せるの?」


 異世界送りを実行するため、現場に向かう車内で一度聞いた話だが、あのときは彼女たちが常に周囲を撮影しているドライブレコーダーの存在を知らなかったことで、話題はそちらに移行した。

 人の目を誤魔化すことはできても、機械の目であるカメラを誤魔化せるかは疑問だが、森羅はあっさり首肯した。


「うん。昨日帰ってから試してみた。最近の携帯……スマホ? は凄いよね、あんなにハッキリ写るなんて感動しちゃった」


「なら大丈夫か。後は実際に目で見て問題ないかも確認しないとな」


 写真のように動かないものなら大丈夫でも、動きが付くと違和感があるかもしれない。

 そう考えての言葉に、森羅はにっこりと微笑んだ。


「ではでは。試して見よう、ね」


 言うなり再び指を弾くと、今度は光の粒子が森羅の体に集まっていく。

 霧散した粒子の奥から現れた森羅はエメラルドグリーンの瞳が明るい茶色に変わり、顔立ちも少し変化していた。

 印象的な切れ長で大きな瞳は変わらないものの、鼻は少し低くなり、唇もやや薄い、日本人らしい顔立ちに近づいている。

 相変わらず飛び抜けた美人なのは変わらないが、それでも今までの幻想さすら覚える人間離れした美しさは鳴りを潜めた。


 そのままニット帽を脱いで解放された髪は、これまでの美しい金髪のブロンドではなく、ありふれた茶髪へと変わっており、髪を飛び出して伸びていたエルフ耳もその髪の中にすっぽりと隠れていた。

 帽子に押さえられて僅かに潰れた髪へ手櫛を入れて空気を吹き込むように動かす間、耳があるであろう部分に注目してみても、髪がエルフ耳に引っかかっている様子はなく、自然に流れているようにしか見えない。


「これ本当に幻?」


「触っていいよ。ほら」


 横向きになった森羅が、首を傾けてテーブル越しに身を乗り出した。

 本当に触っていいものか一瞬悩んだが、知識だけでは、いざというとき対応が遅れることを経験上理解していたハカリは意を決し、耳があるはずの空間に手を伸ばす。

 目に見えている髪に触れそうになる直前、何もないはずの場所で温かい何かに指が触れる。


「ひゃうっ!」


 艶めいた悲鳴と共に森羅の体がビクリと震え、ハカリは慌てて腕を引いた。


「んな!」


「……びっくりした?」


 いたずらっ子のような上目遣いを向けながら、森羅はケラケラと楽しげに笑った。

 ふざけるなと怒鳴りつけてやりたいところだが、寸でのところで止める。

 これだけは元と同じ色白な肌に差した朱色は、幻術ではないことが分かったからだ。


「異世界ではそんな冗談が流行ってたのか?」


 代わりに適当な軽口を言うと、森羅も調子を取り戻したようにヒラヒラと手を踊らせて否定する。


「まさか。異世界で私の耳に触る奴が居たらその場で殺してたよ」


 まだ頬に赤みが差したまま軽い口調で告げられた言葉に、ハカリは一瞬反応することが出来なかった。


「……いや、冗談だよ?」


「あ、ああ。そうだな」


 気まずい雰囲気が流れ、初めての面談はそのまま終了となった。

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