第14話 第一回異世界講座③
「とりあえず僕らが異世界に転生した理由と目的に関してはこんなところかな。後は──」
部屋中に蔓延した懐古の空気を払拭するように朝日が話を纏め、口元に手を持って行くが、ややあってから思い出したように手を打った。
「ああ。これも話しておかないとダメだな。君も含めて僕ら全員の戸籍や存在が抹消されている件についてだ」
「あ。それも気になってました」
「ま、これも正確な理由については上位存在のみぞ知るといったところだけど。上位存在は異世界の存在を含め、魔法や異能といった超常の力が世に知られるのを嫌がっている節がある。そうした力を生まれ付き持っている異能者を率先して異世界に送るのはそのためだ」
三上くんは例外だが。と付け加えてから続ける。
「そして異世界に送られた者は身体ごと消滅してしまう。これは僕らが手を下した場合に限らず、天災で送られても同じ。よほどの大災害ならまだしも、局所的な土砂崩れくらいならば、当然遺体の捜索は行われるし、見つからないなんてことはほぼあり得ない。そんなことが続けば騒ぎになってしまう。それならばいっその事始めから居なかったことにしようと世界を書き換えるわけだ。なんともスケールの大きな話に聞こえるが、異能の存在が知られたらより大きな世界改変が必要になることを考えると、そちらの方がマシなのかもしれない」
ツラツラと言葉を重ねる朝日の説明は、一応納得できるが気になる点もある。
「でも、それなら俺たちのように異世界から戻ってきた人はどうなるんです? 突然戸籍もない人間、それも種族が変わってたり魔法が使えるような人間が現れたりしたらそれこそ大問題だ。そっちを容認しているのは矛盾してませんか?」
あっさりと魔法を使っていた滴と小子を思い出しながら問うと朝日は想定内とばかりに間を置かず答えた。
「うん。それに関しては僕らがこの世界に戻ってきたのはあくまで異世界側の上位存在の力によるものだからと考えている。つまりこちらの世界の上位存在は管轄外で手が出せないということだ」
「管轄外って。それこそ役所みたいですね」
「もしかしたら上位存在にも、そうした縄張りを決める組合や役所があるのかもね」
冗談混じりに朝日が笑う。
確かに同じような力を持った上位存在が複数いるというのなら、互いに余計な干渉をしないようにそうした組合や取り決めがあっても不思議はない。
「だからシツチョーはそういう異世界帰還者が問題を起こさないように、集めて管理しようとしているわけだ」
「別に僕が集めているわけではないよ。今よりずっと昔、異世界から戻ってきた人が居てね。そのときは上位存在も特に気にしていなかったのか彼は遠慮なく魔法を使って、莫大な金と権力を手に入れたんだ」
魔法が人の目を誤魔化し、記憶を改竄、洗脳のようなことまでできるのなら、金だろうと権力だろうと思うがままだ。
今のように科学が未発達だった頃なら、なおさらだ。
「その人が自分と同じ力を持った異世界帰還者の捜索や管理をしやすいよう役所に部署を作った。実際全国にはいくつか僕らのような異世界専門の部署が存在しているよ」
「え? そうなの?」
ハカリより先に、滴が驚きの声を上げる。
「海外は知らないけど、国内にはここを含めて六つだったかな。異世界転生が起こりやすい地域の役所に異世界専門の係が作られている」
「起こりやすい土地?」
「そうそう。異世界に人を送るのも、戻ってくるのも、ある程度決まった場所に限定されているんだって。妖精の遊び場ってやつだね」
朝日ではなく森羅が答えたが、言葉の中に聞き慣れない単語を捉えて首を傾げる。
「妖精の遊び場?」
「シンラー、それエルフ用語だろ? 生命の泉って言わないと分からないよ」
「それこそ滴ちゃんの世界特有の名詞じゃない。えっと、こっちの世界だとなんて言うんだろ、小子ちゃんは分かる?」
「……気場」
「きば?」
次々と知らない言葉が出てきて、首を捻り続けるハカリに朝日も続いた。
「龍穴とか霊脈のことだよ」
ようやく聞き覚えのある名詞が出て、やっと得心がいった。
「ああ。パワースポットみたいな」
「今はそう言うのか。日本人のなんでも横文字にしたがる癖は変わってないな」
今までこの市がそうしたパワースポットだとは知らなかったが、よく考えてみれば、昨日向かった古墳などは県内最大級の遺跡だ。
あれだけでもこの土地が歴史のある霊験あらたかな場所であるのは間違いない。
「まあ。実際ここのパワースポット? が活性化したのはごく最近。最初に帰還した私ですらまだ戻ってきてから一年程度しか経っていない。だから僕らの部署は他地域の部署と違って歴史はなく、異世界関連業務の積み重ねはないが、その分余所には出来ない異世界送りという仕事ができる。これは大きなメリットだ」
「あれ? 他のところでは異世界送りって出来ないの? 小子みたいな力を持った奴が他の部署にも居て、似たようなことやってるのかと思ってた」
「私も室長にくっついて余所の異世界係の人たちと交流持ったけどそういう話は聞いたことがないし、逆に小子ちゃんが上位存在と交信できるって話したら向こうも驚くと思うよ」
「へぇ。すごいな小子」
「……別に」
「なんだよ。謙遜すんなよ」
うりうりと口に出しながらヒレを延ばして小子の足を軽く叩く。
それを鬱陶しそうにかわす小子を後目に、朝日が手を叩いて話を戻した。
「今やこの国のフィクサーというべき存在となった件の権力者の正体は僕も知らないが、こちらの行動を監視する事などたやすいのは間違いない。皆行動には気をつけて目立つことはしないようにね」
フィクサーという呼び名も最近では聞かないな。などと考えていたハカリだが、最後の言葉を耳にして眉を顰めた。
「でも、異世界帰還者には上位存在でも手が出せないんじゃないですか?」
だから滴や小子も大して気にせずに魔法や式神を使用しているのだと結論付けたばかりだったので気になったのだ。
ハカリの問いに、朝日はその通りとばかりに一つ頷いてから続けた。
「異世界帰還者自身には上位存在も手が出せないが、だからこそ何かあった際には、異世界帰還者ではなく世界の方を改変する危険性がある。人一人の痕跡を消す程度ならばまだしも、魔法そのものを見た記憶や起こった事実全てを消すとなれば、その改変は世界そのものの在り方すら変えてしまう危険性もある。だから僕らは大前提として、自分たちが異世界帰還者であることを知られないように生活し、魔法などの異能の力も極力使用しない決まりになっている。もちろん滴くんのように正体を隠す上で常に使用し続けなくてはならない場合はその限りではないけどね」
朝日の答えにハカリは目を見張り、滴に視線を戻した。
正体を隠すことが大前提ならば、滴や小子は迂闊すぎる。
そして、そうした二人の行動を見ても特に咎めようとしなかった朝日たちの行動もまた疑問が残る。
「じゃあ昨日の夜は──」
そうした思いが思わず口から出ると、途端に滴が反応した。
「あ。バカ!」
「……滴くん?」
冷たい朝日の声に、滴は青ざめながら大きく首を横に振った。
「いや。アタシじゃない。小子が」
「私は森羅さんに言われただけ」
振られた小子も朝日から視線を外しつつ、向かいの森羅を指さす。
「私? あ。もしかして頼んだ導具作り。昨日直ぐやったの?」
「うん。ちょうど良い月が出てたから。そしたらこの二人に邪魔された。後羅卒も来た」
「らそつ?」
「羅卒は警察の古い呼び方だね……って警察も来たの? バレていないだろうね!?」
話している途中で気づいたらしく、朝日にしては珍しく声を大きくして慌てた様子を見せる。
「その前に逃げたから大丈夫だよ。な?」
確認と言うより、強制するような語句で滴が迫ってくる。
あの後警察が入ってくる前に、逃げ出すことができたため、見つかってはいないはずだ。
公園内には監視カメラなどは見当たらなかったし、仮にあったとしても古墳が破壊されたなどの被害でもなければ警察がわざわざ捜査してハカリたちを探し出すことは無いだろう。
しかし、それを正直に言っていいものだろうか。
まだ付き合いは浅いが分かりやすい性格をしている滴の考え方の基本は分かっている。
ここで問題が無いと言えば、今後もバレなければ良いのだと迂闊な行動をとり続けることだろう。
となれば──
「警察には見つからなかったようですが、ツイッターとかは分からないですね。もしかしたら誰かがアップしているかも」
「ついったー、とは確か、誰でも素早く情報を発信して皆で共有できるサービス、だったかな」
ある程度の知識はあるようだが、詳しいわけでは無さそうだと説明を加える。
「はい。文字は当然、写真や動画をアップすることもできます。もしそれが載ったら……」
「それ。ヤバいの?」
恐る恐る滴が聞いてくる。
朝日の隣に座っている小子も、声には出さないままこちらをジッと見つめていた。
僅かばかり罪悪感がこみ上げるがこれも必要なことだと自分に言い聞かせ、声を低くして脅すように続ける。
「見つかったらヤバい。一度挙がった情報は、国が圧力を掛けても消すことができない。いや、その情報そのものは消せても、見た人は自分のスマホにデータを取り込むこともできる。それを全部消すのは不可能だ」
「……今回の件情報が流出すると思う?」
「ちょっと待ってください」
朝日に断りを入れた後、スマホを取り出しツイッターで水神丘古墳を検索するが目ぼしい情報は無い。ついでに市や町の名前でも検索してみるがそちらも問題は無さそうだ。
こうした情報は鮮度が命。
一晩経っても情報が出なかったのならば、少なくとも今回は証拠となりうる写真や動画は撮られなかった可能性が高い。
「写真とか動画に関しては大丈夫みたいですね。ただもし誰かが目撃をしていたらまずいかもしれません。一回そういうのを目撃した人は今度こそ証拠を掴むため動く可能性があります」
「その場合、今度は現場を押さえられる可能性がある、か」
責めるような朝日の視線が、滴と小子に向けられる。
「うう。ゴメン」
「……ごめんなさい」
素直に謝罪する二人に、残る一人である森羅は全員の顔を確認するように左右に首を振ってから、おずおずと続く。
「えーっと。私も軽々に頼んだのはゴメンです」
俯く三人に盛大なため息を吐いた後、朝日は目を瞑ったまま頷いた。
「次から気をつけてくれ。導具は必要だが、今はまだ急ぐ必要はない。そちらは後で考えよう。とりあえずは、そのえすえぬえすとやらの対策が必須か。現代は監視社会だと聞いてはいたが、そんな面倒なものだったとは。認識が甘かったか……」
思考に耽る朝日に対し、三人はなにも言わず沈黙する。
どうやら朝日は彼女なりに監視社会について知ってはいたが、実際にそこまで厳しいものだとは考えておらず、滴や小子の異能使用も許容範囲だと認識していたから何も言わなかっただけのようだ。
少し古いドラマや映画の中で現代では考えられないような杜撰な情報管理や隠蔽工作が行われ、それを見て笑ってしまうこともあるが、それはあくまで情報化社会、監視社会と呼ばれる現代の常識と比べての話だ。
そうした常識を持たず、新設の課ということで情報の蓄積もない異世界転生応援室に求めるのは難しい。
などと考えていると、いつの間にか目を開けた朝日の視線が真っすぐにハカリに向けられていることに気が付いた。
「そう言えば。釣合くんにやってもらう異世界送り以外の業務。まだ説明してなかったね」
突然話が変わった。とは思わない。
むしろ、話は何も変わっていないのだろうと思わず苦笑いを浮かべた。




