第101話 報連相は忘れずに
「ふぅん。で? なんでそれをわざわざ僕に言うの? 君のアドレスに送ったなら天地さんは君にだけ知らせたかったんだろ?」
トラックの運転中、先ほど届いたメールに付いて話をすると、助手席の窓枠に肘を置き頬杖を付きながら、朝日はこちらを試すような物言いでどこか楽しそうに言う。
「……朝日さんと同じですよ」
「ん?」
「この前、陰でこそこそ動いていたのを反省したって言ってたでしょ」
「ちょ! 君ね。二人の時に話した内緒話を他の人がいる場で話すのはよくないよ」
余裕ぶっていた朝日が慌てて言う。
どうもここ最近、常にニュートラルだった朝日の感情の起伏が激しくなっているような気がする。気のせいなのか、それともこれが本来の彼女で、少しは気を許してきたということなのだろうか。
そんなどうでもいいことを考えつつ、隣の席、三人掛けの真ん中に座っている小子を見る。
小子はこちらの話など一切聞こえていないように、膝の上に広げた地図をまじまじと見ていた。
聞こえていないのか興味がないのかは不明だ。
「……ようは、俺も朝日さんに内緒で動いたのを反省したってことです」
「最初から、それだけ言いなよ。全く」
鼻から息を抜いて言ってから、朝日は少し考えるような間を空けた。
その後、表情をまじめに戻して話を切り替える。
「他にはなにも書いてなかったんだよね?」
「ええ。上からの指示を送るって言ってましたから、最初はそれ関連だと思ったんですが──」
一瞬だけ視線を流すと、朝日は小さく肩を竦めた。
「僕の方にも、その件での連絡はないな」
「じゃあ、あのメールの意味は?」
「天地さんがなにを考えてるのかは分からないけど。考えられる可能性としては、ファーストの処遇についての話だと思う」
「処遇?」
「これも言ってただろ? 僕らと天地さん。どちらに現れたとしても、必ず排除しろって」
「言ってましたけど、でもどうして俺に?」
「室長は僕だが、なんだかんだ言ってここ最近は君が作戦指揮を取ることが多いからね。前回の件も君が主犯だと気付いたんだろうね」
渡したのは表向きの顛末書だが、先の会談であれが応援室の総意ではなく秤の独断であり、朝日はそれを容認しただけだ。
「今回も俺が、容疑者の処遇を決めるはずだと?」
「天地さんはそう思ったんじゃないかな。その上で、判断材料の一つとして君に情報を伝えた。僕に報告したのは予想外だったかもしれないけどね」
「センドウを殺したのが本当の例のファースト、ホシだとして。それを知らせて俺がどう判断するって言うんですか?」
「可能性は二つ。一つはホシを僕らが追いつめたとき、突然その話を聞かされて激高しないように事前に連絡した」
確かに、いきなり聞かされたらどう反応するかは、自分でも予想できない。
少なくとも動揺してしまうのは間違いない。
「二つ目は──その逆」
「逆?」
「殺させようとしているってことだよ」
何でもないように言われた言葉に、体が硬直しそうになるが、意志の力でねじ伏せる。
運転中に聞く話ではなかった。
抗議の意味を込めて、横目で睨むと朝日は目を細めて笑う。
「動揺してくれて良かったよ」
「良かったって何ですか、良かったって」
「……僕らも含めて、覚悟を決めた異世界帰還者はさ。そういうのじゃもう動揺しないんだよ。善悪の基準が曖昧になるといった方がいいのかな」
「……」
黙って続きを促すと朝日は苦笑して続ける。
「普通の日本人なら、善悪の基準は基本法律に従うだろ? でも僕らはやっぱり異世界の法律、いや法律とも違うか。異世界の価値観で善悪を見てしまうんだよね」
一度言葉を切った朝日は深いため息を吐いた。
「といっても感情はあるわけだから、友人知人が殺されたら普通に怒る。で、復讐もする。日本だと捕まえて裁判所で裁かれて刑に服すが一般的なんだろうけど、異世界はそこまでしっかり法整備が整っている方が珍しい。だから、自分たちでやるしかない。それも最後までね」
最後とは要するに殺すまでということだ。
復讐のために人を殺す。
これは現代でも起こり得ることではあるが、さすがにごく一部の限られたものだけで、普通は朝日の言うように、自分から動くのではなく警察に連絡して捕まえてもらい法で裁かれるのが一般的だ。
「これは別に僕らが野蛮だからというわけでは──いやそうした一面もあるかも知れないけど、それだけが理由じゃない。一番はそうしないと安心できないからだ」
「安心」
朝日は一つ頷く。
「法がまともに動いていないような世界ではね、復讐で情けを掛けると、だいたいそれ以上の報復を受ける。だからやるなら徹底的にやるし、やらないならなにもしない。天地さんは君がやるタイプだと思ったのかも知れないな」
ちらりと流し目が向けられた。
どうする? と問われているのが分かったが、答えは決まっている。
「やりませんよ俺は。そもそもセンドウだって別に俺の友達ってわけじゃない」
そうだ。
彼とはあくまで仕事上のつきあいでしかない。
死んだことを知ったときは確かにショックを受けたが、だからといってその犯人に秤自身が復讐しようとまでは考えない。
では何故自分は今でもそれを引きずり、例のホシが犯人かも知れないと聞いて、ここまで動揺しているのだろうか。
「ま。そもそも天地さんだって、君が記憶を失っていることは知っているんだから、やっぱり一つ目の方が本命なんじゃないの? どっちにしろ、君にその気がないなら考えても仕方ない」
思考の海に入りそうになった秤を、朝日が笑い飛ばした。
「……そう、ですね」
釈然としない物はあったが、朝日の言うとおりだ。
天地の狙いがなんであれ、秤にその気がなければ意味はない。
もっと言うのなら、今回は室長である朝日が指揮を取る以上、秤が決断することもないのだ。
「……そろそろ目的地に着く」
「おっ。それじゃあ、久しぶりに小子ちゃんの舞を堪能させてもらうとしようか」
「……舞は無いです」
龍脈を調べる儀式は何度か見たが、導具作りの時と違って、ずっと正座をしているだけだった。
「それは残念」
大して残念そうでもなく朝日は笑う。
これもまた場に流れる空気を変えるための軽口なのだろう。
「いくら何でも荷台の中じゃ舞は踊れないでしょ」
ありがたく朝日の気遣いに乗ることにして、秤も軽口を叩き朝日も同意する。
「確かに。床も安定しないからね」
「……私なら、できる。後で見せるから」
そんな中、小子だけは軽口を真面目に捕らえたらしく、珍しく表情を変え、ムッと力強く唇を結んで宣言した。
結局、この後秤と朝日は予定していた駐車場の中で、龍脈を探索する儀式を行った後、彼女の気が済むまで存分に舞を堪能させられることとなった。




