第100話 一通のメール
「……嵐のような人ですね」
言いたいことを言うと、さっさと出ていってしまった市長を見送ったあと、森羅がぽつりと言う。
「つーか。あの時代がかった台詞は何なの? あの人一般人だよね。マナも見えなかったし」
「中二病らしいよ」
滴と小子は当時に首を捻った。
「ちゅーに?」
そういえば滴もその言葉を知らなかったことを思い出す。一度会話の中で出たことがあったが後で教えるつもりで、そのまま忘れていた。
「中学生くらいのときする妄想だよ。それこそ異世界で活躍するとか、異能に目覚めるとかね。大抵はある程度年を取ると空想から冷めるものだけど、前にも話したと思うが、彼女が市長になれたのは、例のフィクサーが裏にいたから──もう、隠す必要もないか」
秤に代わって説明を始めた朝日は途中、視線を宙に飛ばして考え込んだが踏ん切りを付けたように頷き、続けた。
「実は彼女、そのフィクサーの孫娘なんだよ。だから子供の頃から異世界の存在も知っていて、中二病が治ることもなかったわけだ」
「そうなんですか?!」
無所属の新人がいきなり市長に当選できたのは、フィクサーの後ろ盾のおかげという話は知っていたが、血縁関係のことは聞いていなかった。
「え?! マジで? 何だよ、だったら他の異世界係の顔色窺う必要なんてないじゃん。さっきのファースト探しもフィクサーにいろいろ手伝って貰おうよ」
「無理無理。彼女は祖父を自分が超えるべき壁だと勝手に認識しているし、祖父の方も孫可愛さに優遇してくれるような人じゃないよ。だからもし市長に言われたファースト捜しが失敗して問題が大きくなれば、僕らどころか彼女の今後も怪しいだろうね。上の命令を無視しているわけだから」
秤の頭にも浮かんでいたアイデアを口にした滴を、朝日は簡単に一蹴する。
「なら、まじめに捜すしかないってことですか。でも人捜しなんて。手掛かりもないですし」
「いや、手はある」
そう言って朝日はテーブルの上に手を乗せた。
小子の見ていた、ファーストが事件を起こした場所が記された日本地図ではなく、秤たちが調べていた制作途中の市内ハザードマップだ。
一昨日より少しだけ範囲が広がっているが、市内全域をカバーするにはほど遠い。
「相手が、神気を利用するっていうのなら、事件を起こるのは龍爪付近。基本的にファーストの能力は一人一種で、小子くんのように龍脈の流れを把握はできないんだから、事件を起こす前に自分の足で下調べを行うはず」
「つまり、龍爪の場所を巡回すれば良いと?」
確かに筋は通っている。
基本的に地下を流れている神気の流れを把握するのは小子にしかできないが、地上に出た後の神気ならば探知が可能だ。
相手が龍爪の位置を見つけるには、歩き回ってその痕跡を見つけだすしかない。こちらはその場所を見張り怪しい人物を探せば良いのだ。
「となると小子ちゃんが儀式で地下の流れを調べて龍爪を発見。他の職員は見つけた龍爪を巡回する。この二手に分かれた方がいいですね」
「そうなるね。小子くんと滴くんを分けて、後は──」
小子と滴を分かるのは、儀式と探知ができる者を一緒にしては意味がないためだ。
「はいはい! 私ははー君と一緒になります」
当然のように森羅が手を挙げて立候補する。
「……いや、君と秤くんも別だよ」
「なんでですか!」
「だって車運転できるの君たちだけだろ?」
「あ」
言葉を失った森羅を無視して、朝日は話を続ける。
「儀式用のトラックの他に、別の公用車も借りておくから、交代で運転して。戦力を均等にするためにも秤くんの方に僕が一緒に付いていくことにしよう」
「戦力ってことは、見つけた場合は実力行使ですか?」
「警察に捕まえてもらうわけにもいかないからね」
確かに。
相手が犯罪者なのは間違いないが、証拠が消えている以上、警察では逮捕できない。
仮に捕まえたとしても、状況改変を使えば簡単に脱走できてしまう。
「ファースト。いやここは月白くんを習おう。ホシを見つけ次第、問答無用で捕縛して上に引き渡す。僕らの仕事はそこまでだ。幸いというべきか、異世界帰還者に状況改変は通じないから、今までのように能力で逃げられることはない」
「そっか。アタシらには世界改変もきかねーんだから、その劣化版なんか通じるわけねーもんな」
「そういうこと。ただ見つけても勝手に動かす、まずは互いに連絡を取り合って合流する。捕縛はそれからだ。なにか質問は?」
質問と言いつつ、鋭い声には反論を許さない強い意志が込められていた。
全員がなにも言わないことを確認後、朝日はその場から立ち上がった。
「面倒なことになってしまったが、相手は異世界帰還者だ。決して油断せず、場合によっては覚悟を決めろ」
覚悟を決める。
ありふれた言葉ではあるが、こと異世界転生応援室の中では、全く別の意味を持っている。
彼女たちが異世界を生き抜く上で絶対必要なものとして手に入れ、秤は未だに持っていないもの。
つまり。
「捕縛が無理なら、生死は問わないってことで良いんですね」
念押しをする森羅に、朝日はチラリと秤を見てから、一つ大きく首肯した。
「そういうことだ」
重苦しい雰囲気のまま、それぞれが準備を開始する。
とりあえず今回は秤、小子、朝日が儀式を行い、滴と森羅は既に儀式が終わった場所を巡回することとなった。
秤と小子は特に準備は必要なかったが、朝日たち三人は一度自宅に戻り、必要な物を取ってくるといって部屋を後にした。戦いを想定して武器でも持ってくるつもりだろうか。
二人だけが残された室内には、気まずい空気が流れている。
少し前までは二人きりになったら例の神託について、詳しい話を改めて聞こうと思っていたが、あの顛末書が交流会を開くための単なる口実だと分かった今、もはやその話を聞く必要はなくなった。
かといってずっと無言というわけにもいかない。
これから件のファーストが見つかるまで、共に行動することも増えるのだから、話の種を探しておくべきだろう。
とはいえ、互いに趣味らしい趣味もなく、生まれた時代も違いすぎるとあっては、共通の話題など早々思いつかない。
どうしたものかと頭を捻っていると、デスクから聞き慣れた電子音が鳴った。
パソコンにメールが届いたことを知らせる音だ。
談話スペースから目を凝らしてみると、スリープモードになっていた秤のデスクのパソコンが立ち上がっていた。
メールが届いたら、スリープが解除されるように設定しているのだ。
「俺のパソコンだ。カガヤかな」
現在秤が担当している異世界サポート対象者の名前を挙げる。
少し前に定時連絡を取り合ったばかりだが、何かあったのだろうか。
(ちょうどいい。あいつも気にしてたみたいだし、交流会が無事終わったこと話しておくか)
はっきりと明言したわけではないが、秤たちがカガヤを送りだす際、余所の異世界係が管轄している地域に出向いたことは、彼も知っている。
そのせいで、秤たちに迷惑をかけたのではないかと、今でも気にしているのも分かっていた。
ここはひとつ、問題なかったことを、さりげなく伝えておこう。
そんなことを考えながら、自分のデスクに行ってメール画面を開くと、そこには登録外の見知らぬメールアドレスが記載されていた。
「誰だこれ」
メールアドレスを英単語として読もうとして、気がつく。
「HEAVENEARTHーMAN?」
直訳で天地人。
その言葉に関係する名前を持った人物で思い当たるのは一人だけだ。
異世界転生補助課のトップ、天地人理課長。
先ほど送ると言っていた上からの指示に関するメールだろうか。しかし、何故朝日ではなく秤の仕事用アドレスに送ってきたのか。
これは何かあるな。と意を決し、アドレスを開く。
そこに乗っているのはプロフィール画面だった。
「?」
この形式のプロフィールは見たことがある。
異世界サポートを受けている対象者の情報をまとめるため、異世界転生補助課から提供されたテンプレートと同じ形式だ。
写真は乗っておらず、名前や生年月日、こちらの世界にいた頃の住所など、基本的なデータの後、担当者の所感が綴られている。
かなり問題のある人物だったらしく、異世界サポートもほとんど意味をなさなかった旨が長々と記載されていた。
そのあたりになって秤にも、このプロフィールの意味が分かってきた。
「こいつがホシか」
このタイミングで送ってくるということは、そういうことだろう。
一番の手掛かりになる写真が無いのは残念だが、捜す上で役には立つ。
更にスクロールしていくと、プロフィールの一番下に、サポート終了の判子が押してあった。
異世界サポートが終了する条件はいくつかある。
本人からの申し出。
異世界での目標完遂、つまり不調原因の討伐完了。
そして、対象の死亡。
「……」
自分が担当して、死なせてしまった転生者センドウのことを思い出すが、すぐに首を横に振って思考を払う。
こちらの世界に戻ってきているのだから、この人物はおそらく二番目、不調原因の討伐を成し遂げたのだろう。
その後異世界に残るか、こちらの世界に戻るかは個人の自由らしいので、戻ることを決めたということか。
他に情報はないか見ていると二枚目があることに気づき、クリックして次のファイルを開き、そこに記された文書を見て、言葉を失った。
「え?」
※要注意事項
異世界サポート対象者、センドウモリタカを殺害した疑いあり。




