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異世界転生応援室トラック係・釣合秤の業務報告書  作者: 日ノ日
第三部 第二章
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第99話 王の勅命

 コーヒーだけでなく、ついでに昼食を食べてから戻った後、朝日は宣言通り、応援室のメンバーに交流会で起こったことに加えて、天地から知らされたファーストが次にこの地域で事件を起こす可能性に付いても言及した。


「ふーん。状況改変能力、ねぇ」


 話を聞き終えたあと、口火を切ったのは滴だ。

 あまり興味のなさそうな態度だが、視線はこっそりと小子に向けられている。

 小子に対してだけ過保護な滴は、同じファーストが犯罪を犯していることを気に病んでいるのでは、と危惧しているようだ。


「……」


 その小子は相変わらず、無言のまま反応らしい反応を見せずに、ぼうっとテーブル上に置かれた日本地図に目を落としていた。

 地図の上には、それぞれの異世界係の位置を示す赤色の駒が置かれ、そのうち三つには隣合うように、別色の駒も置かれている。

 ファーストが出現した場所を示したものだ。


「しかし、そんな力があるのに、なんでわざわざ異世界係がある場所で事件起こすんですかね」


 話を聞いた当初から思っていてことを口にしてみた。

 異世界係がある場所には、当然そのファーストと同じ異世界帰還者が複数在籍している。

 わざわざそんな場所で犯罪を起こしては見つけてくださいと言っているようなものだ。もちろん、異世界帰還者のことを知らない可能性もあるが。


「うーん。多分だけど、そのファースト? の力を使うためじゃないかな」


 遠慮がちに発言した森羅も、滴と同じく視線を小子に向ける。


「ファーストの力?」


「忘れたのかよ。この場所、つーか。異世界係があるところは全部パワースポットなんだよ」


「あ、滴くん。その呼び方も中止で。龍脈、龍爪に合わせて、龍穴で統一することにしたから」


「……その龍穴からは、神気があふれ出ているから──」


「あ、それも神気じゃなくて龍気で。上位存在関連はみんな龍に統一することになったから。まあ、上位存在って名称だけは守り通したけどね」


「……あー、もう面倒くさい! やってられるか。報告書だけ変えればいいんだろ!? アタシは今まで通りの呼び方変えねーからな」


 あれこれと細かな訂正を続ける朝日に、滴の怒りが噴火する。

 もう少し持つかと思っていたが、予想以上に早かった。


「まあ、確かにそうかもしれませんね。統一化は必要ですけど、ちょっと急すぎます。少しずつ慣らして行きましょうよ。こういうのってすぐ変わったりしますし」


 上の決定に逆らうのは、まじめな森羅らしくないと思ったが、後半の言葉で納得する。

 今回は上位存在という名称を守り通せたが、次回からはどうか分からない以上、せめて応援室内でだけは、上位存在という名称を使用し続けていくための実績づくりが主目的だろう。


「じゃあ、そうしよう」


 朝日の了解を得て、改めて滴が口を開く。


「小子に聞いた話だけど、上位存在由来の能力を使うには、普通のマナじゃなくて、神気が必要なんだとさ」


「そうなのか?」


「……他の人は知らないけど、私はそう。式神と違って儀式とかは神様の気を使う」


 念のため確認すると小子もすぐに頷いた。


「他のファーストもそうだとすると、やっぱり狙われるのは、ここか天地さんのところのどっちかになるのか」


 ここより北上したところにも一つ異世界関連部署は存在しているが、順番通りに移動している以上、可能性は低い。


「つっても状況が改変されるなら、どうしようもないんじゃない? もう終わってたりして」


「いや。今のところ事件は起こっていないはずだ。潜伏しているか、前のところに留まっているかどっちかだろうね。とはいえ今すぐどうこうというわけじゃない。後ほど天地さんを通して上から指示か入るから、僕らはそれを待っていればいいだけだ」


「その間に事件が起こったらどーすんのさ」


「その時は、次こそ天地さんのところに出ることになるんだからあの人に丸投げできる。罪を押し付けられた者には可哀そうなことをするが、まあ異世界送りで犠牲になるのとそう変わりはないだろ」


 ソファの背もたれに体を預け、投げやりに言い放たれた朝日の言葉に、秤は渋面を浮かべる。

 確かに異世界送りによって、罪もない人間が世界から消えている現状と、犠牲者の数では変わりはないのは事実だ。

 それでも心情的には納得できず、かといって明確な否定材料もないのでこうして顔に不満を浮かべることしかできなかった。

 他の者たちも同じ考えなのか、とりあえず反対意見は出ないまま、話がまとまりかけたところで。


「話は聞かせてもらったぞ! 我が騎士」


 バン。と大きな音を立てて突然扉が開いた。

 立っていたのは、交流会前に会った市役所の長、松竹桜華だ。

 時計の時間としてはさほど経過していないが、時間の流れを緩やかにする時田の能力によって、交流会で長い体感時間が経ったことに加え、様々なことが起こったため、なんだか久しぶりに見た気がする。


「なんだよ小子。人避けの札貼ってなかったのかよ」


「……私の人避けは強い意志を持つ者には作用しない。その人みたいな直往邁進は特に」


「ほう。あえて直往邁進を選ぶか。なかなか分かっている娘だな」


 小子の台詞が琴線に触れたのか、ニヤリと笑う市長に、慌てて人魚の下半身を隠そうとする滴とは対照的に、森羅は長いエルフ耳を隠す変身魔法を使おうともせず、チラリと市長に目を向けただけだ。


「いいよ。滴くん。彼女は僕らの事情は理解しているからね。用があるならさっさと入って下さい。そこだと目立ちすぎる」


「うむ! 入らせて貰うぞ」


 朝日が騎士らしい態度を取らずとも、特に気にした様子も見せずに室内に入ってきた市長は、物珍しげに室内を眺めていた。


「滴くん。悪いけどこっちに来てきて」


「えー。アタシが動くの?」


「文句を言わない」


「ちぇ」


 本物の舌打ちではなく、真似た声に出して不満を見せながら空中を泳いで移動する。

 そのまま、朝日と小子が座っている三人掛けソファではなく、秤と森羅が座っている方のソファに腰を降ろした。


「……滴ちゃん。何でこっち座るの? それもはー君の隣に」


「だって朝日さんの隣に座ると雑用任されそうだし。おい秤ちょっと詰めろ」


 文句を言ってくる森羅を軽く流しながら、ヒレでペシペシと叩いてくる滴に、ため息を吐く。


「はいはい。悪い、ちょっと詰める」


「ううん! 大丈夫。もっと寄って良いよ。この際だから私の膝に座る?」


「……いや、いいよ」


「君たち。一応市長の前なんだからさ。というかどうしたんです? 妙に大人しいですね」


 ふと思い出したように市長へ顔を向けた。

 確かに、先ほどから市長が妙に大人しい。

 部屋の入り口で立ち止まっていることも併せて、エスコート役でも求めているのだろうか。

 そんなことを考えながら振り返った先で、彼女は身震いをしていた。

 ぎょっとしてその視線の先を追うと滴、というより彼女の足下に固定されているようだ。


「話には聞いていたが、本物の人魚姫をこの目で拝む日が来るとは。なんと麗しい。もっと早く見に来ればよかったな」


「……市長さんよ。アタシは姫じゃなくて王──いや、その地位も捨てた単なる人魚だ。水族館気分に見られるのは好きじゃねーな」


 声に剣呑さが混じる。

 彼女の異世界での過去を知っている身としては、市長の無遠慮な発言に背筋が冷たくなった。


「む。そうか、そうだな。余もまた王。気持ちは分かる。許せ、勤勉手当に加算するよう近衛長に伝えておくゆえな」


 市長の方は滴の怒りに気づいていないのか、尊大な態度を崩さない。

 これは止めないと不味いかと、秤が滴を見ると彼女は不思議そうに首を傾げていた。


「きんべんてあて?」


「ボーナスの査定みたいなものだよ」


「マジで!? なら許す。なんだよこの市長さん結構話分かるぜ」


「軽いなー」


「だってこの世界、金が掛かりすぎるんだよ。昔見てた本とかゲームとか集めようとするとプレミア付いてて何万とか平気で飛んでいくんだぜ? 金がいくらあっても足りねーよ」


「……滴くんの金銭感覚にとやかく言うつもりはないが、君までお金に困ってファーストみたいなことしないでくれよ」


「んなことするか!」


「そう! 余が来たのはそのファーストの件だ」


 軽口を叩きあっていた滴と朝日の言葉を受けて、フリーズしていた市長が動き出した。

 そのまま、滴が座っていた一人掛けのソファに腰を下ろしたのち、全員をぐるりと見まわす。

 足を組んで姿勢を正し、こちらを見下ろす様は非常に絵になる。

 先ほど彼女が言っていた台詞ではないが、現代では見ることのない、それこそ王としての威風を漂わせていた。


「余の民が傷つくことを知りながら、見過ごすことなどできん。命令だ、余の領土を汚す悪漢を捕らえて参れ!」


 異世界転生応援室の面々に、王の勅命が下された。

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