血で流れた内定 - 就活女子大生通り魔殺人事件
就職活動中の女子大生、宮原英里佳は希望の商社の選考が進み、いよいよ最終面接まで辿り着いた。はじめはIT系を目指していたが、特異な英語を活かした仕事をしたいと思うと、多国籍に進出している商社の方が夢を実現しやすいと考え方を変えたのだった。商社と言っても誰もが憧れる巨大な商社ではない。これも宮原の戦略で中規模の成長企業に行った方がいろいろ学べるし、早い段階で第一線に出られるという思惑があった。
最終面接の前日、宮原は自分の部屋に明日着ていくスーツやブラウスをハンガーにかけた。黒のリクルートスーツは少し着こなし感があるが、苦労と汗を吸い込んだスーツでもあった。そして宮原は引き出しから新しい白いブラウスを取り出した。最終面接まで着ないで仕舞っておいたブラウスだった。スキッパーカラーの白いブラウスだった。第一ボタンを外す他のブラウスより、首周りがはっきり見えて知的に洗練された印象を与えることができる。
夜は緊張していたのかぐっすりと寝ることはできなかったが、彼女の中では、この面接で就活を終わることができると思っていた。面接は午後2時からなので、朝ご飯をゆっくり食べて、歯磨きや整髪をして、スーツに着替える。ブラウスに袖を通して、タイトスカートのファスナーをしめた。スカートは腰にかかり、下腹部のあたりがポッコリとしている。鏡を見た。白いブラウスにスカート姿は勝ち組の就活生をイメージさせた。鏡をみながら、宮原は髪を後ろで束ねた。両手を後ろに回すと胸がブラウスに突き出した。
外は初夏を思わせる暑さで、宮原は上着を着ないで、就活バッグを肩にかけて、スーツを腕にかけて家を出た。
最終面接は本社で行われるため、慣れない地下鉄の乗り継ぎがあった。時々スマホに目を落として乗り換え口や方向などを確かめながら歩いた。時々人とぶつかりそうになった。大学が千葉県にあるので、都内に出るときは遊びに行く時くらいだった。東京の喧騒には未だに慣れていない。それでも人々は前から、後ろから横からぶつからず歩いている。
宮原は北海道から出てきた友達が、「渋谷とか歩いているといつかは知らない人にブスッって刺されそう」と言っていたことを思い出した。
そんなことを思うと、先ほど歩きスマホで人とぶつかりそうになったが、その人がナイフを持っていなくて良かったと思った。宮原はそう思いながら、右手で自分の腹を押さえた。もちろん刺されているわけはなかった。
地下鉄を2回乗り継いで本社がある駅に降り立った。リクルートスーツを着た大学生が数人降りたが、同じ会社に受けに行くのかわからないし、ここまできたら、自分をアピールするだけと言い聞かせて改札口を出た。
スーツを着ていない宮原は会社に着く前にスーツを着ないといけない。宮原は化粧室を探した。化粧室は宮原が出た改札の反対側にあり、少し歩くことになってしまった。電車の中で着ておけばよかったと後悔した。少し薄暗いし、出たい出口から遠ざかってしまったことが気になったが、さすがに本社の前でスーツに袖を通すわけにもいかないので、やはり化粧室に行く必要があった。
人の気配が全くなかった。宮原は化粧室に入ると用を足し、そして化粧台の脇にカバンを置き、手を洗って、髪をもう一度束ねなおそうとした。
その時だった。入り口から男が入ってきた。帽子をかぶり、外の気温とは対照的に長袖のトレーナーにジーンズ。肩からトートバッグをぶら下げていた。
宮原の心拍数は一気に早くなる。無視して出ていきたいが、髪を束ねないといけない。
動揺しているのか、なんとなく髪を束ねる手が震えている。
男はスルリスルリと足を引きずるように宮原に近づいてくる。
宮原はたまらず
「ここは、女性用のトイレですよ」
・・・
男は何も答えない。
男のトートバックの口から何か突き出ている棒のようなものが見えた。
男はそれを握り、トートバッグから出した。
「なっ・・・何?どうしてそんなもの持っているの・・・」
薄暗い蛍光灯に照らされたそれは、ナイフだった。刃渡り20センチくらいありそうな、細長いナイフ。
男はそれを両手で握り、宮原に近づいてくる。宮原は後ろに下がろうとするが、洗面台が邪魔して下がれない。男は宮原の胸を左手で揉みしだいた。右手に握られたナイフの切っ先が宮原の腹にあてられていた。
「や・・・やめて・・・どうして・・・刺さないで・・・く・・ださい・・・」
男は腹にあてた先端を浮かすと、ニヤリとした。
宮原はつられるように顔を引きつらせながらも笑顔を作った。
宮原はカバンにかけてあったスーツを男に投げた。男は飛んできたスーツを顔面に受けた。そして男はスーツを掴むと、そのスーツにナイフを突き刺した。
ザググググ・・・
宮原の目の前で自分のスーツからナイフの刃が突き抜けてきた。
男はナイフを宮原に向けて、スーツでナイフは刃渡りを覆った。
(何する気??)
と思った瞬間、無意識に宮原の口から
「・・・うぅぐぅぅぅんんぅぅ・・・ぐぁぎゃぁぁうぅぅ・・・」
と今まで出したことのない声を発した。
男は全体重をかけて、両手で握ったナイフを宮原に刺していた。
ズブズブズブと包丁は宮原の腹に突き刺さっていった。
男はナイフを抜くと出口から走り去っていった。
宮原は右手で腹を抑えるとあっという間に掌にべっとりとしたものが覆うのを感じた。見るまでもないが血だった。傷口から血が止めどもなくあふれ出て、ブラウスの腹部からスカートにかけて血で汚れている。そしてスカートを染めきれない血は通路にポタポタと垂れていた。
宮原はカバンの中からスマホを取り出した。
遅刻することを会社に連絡しないと・・・
ただ両手が血に塗れて、うまいように押せない。やっとのことでパスワードを解除して、会社に電話した。
「あの・・・すいません。本日2時から面接させていただく、宮原英里佳と申します・・・」
「いま、駅に着いているのですが・・・あの・・・知らない人に刺されてしまいまして・・・」
「血が止まらなくてですね・・・」
宮原は激痛に耐えられず、その場にしゃがみこんだ。血はまだ流れているが、やがて腸がスカートの上を這うように飛び出してきた。
「失礼します・・・」
宮原は電話を切ると、仰向けに倒れた。