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「それでは次にパドックに入ってきたのは4番、ワクシー!あのモヒカン頭の中には脳の代わりに筋肉が詰まっている脳筋ケンタウルス!体力と頭の悪さはケンタウルスの中でも群を抜いています!」

「オイコラ!何好き勝手言ってやがる!」

「紹介が終わるまでパドックから出ないようにして下さいね〜失格になりますよ」

「ぐぬぬっ・・ケンの野郎、覚えてやがれ・・!」


ケンはパドックで出走予定のケンタウルスを紹介していた


「・・はぁはぁ・・はぁはぁ・・ぐっ・・お、重い・・」


その横を先程アイに見惚れていた見習いの少年が歩いていた

先程同様に大きな箱を持っているのだが、今度はさらに重ねて2つをいっぺんに運んでいた


「・・はぁはぁ・・おっと!・・危ない危ない・・」


箱を2つ重ねると少年は前が見えなくなり、先程からフラフラと危なげに歩いていた


「おい、邪魔だよ!パドックが見えなくなるだろうか!」

「えっ?・・うわぁぁぁぁっ!!?」


パドックを見ていた商人に押されると当然のでように少年はバランスを崩し、そのまま転びそうになる


「危ないよ」

「えっ?」


少年が転びそうになったところをアイが支えていた


「大丈夫?」

「えっ・・あっ、ありがとう・・えっ!!ア、アイお姉ちゃん・・!!」


少年は自分を助けてくれたのが、先程見惚れていたケンタウルスのお姉さんであることを気付くと驚き固まってしまう


「ん?アイの事知ってるの?」

「さ、さっきパドックで見たんだ!」

「そうなの?」

「うん!あっ、オイラの名前はハニーって言うんだ!」


ハニーはまるで憧れのアイドルに会えたファンのように興奮していた


「アイお姉ちゃん!レースで走るんだよね!」

「うん、走るよ」

「頑張ってねアイお姉ちゃん!オイラ、応援してるから!」

「・・応援してくれる・・」


アイはハニーのその言葉にパドックで周回する前にケンから言われた言葉を思い出す


『アイ、応援してくれるファンが出来たら、大切にしないとダメだからね』


(ん、ファンは大切にする)


「どうしたの、アイお姉ちゃん?」

「なんでもない、応援ありがとうハニー、アイ頑張るね」ニコリ

「あふっ!?」


アイの微笑みを間近で見る事の出来たハニーは、その喜びに顔を紅潮させる


「ハニー、?顔赤いよ?大丈夫?」

「あふあふあふっ!!?」


心配したアイが額に手をやると茹でダコのように顔を真っ赤にさせたハニーが今にも倒れそうになっていた


「・・やっぱり熱があるみたい、無理しちゃダメだよ」

「いや、これは、その・・」


(アイお姉ちゃんの手、柔らかくて温かい・・それに瞳もアーモンドのようにパッチリしていて、吸い込まれるみたいだ・・)


優しく接してくれるアイの態度に天にも昇る心地になっていたハニーだったが・・


「オイコラ見習い!またさぼってやがるのか!」

「ひぃぃぃっ!?お、親方!」


親方の怒鳴り声で天から地獄に落とされたように顔を真っ青にさせるハニー


「さっさと食料を傭兵達のところに運ばねえか!!」

「ご、ごめんなさい!!今行きますから!」


ハニーは先程のように大きな箱を重ねると急いて持ち上げる


「うぐっ・・そ、それじゃアイお姉ちゃん、話が出来て嬉しかったよ・・またね・・」


アイにあいさつをしたハニーは再び大きな箱を2つ抱えて歩き出すのだが、その歩みはやはりフラフラとしていて危ういものを感じさせていた


「・・ん、アイが持つ」

「えっ?ちょっとアイお姉ちゃん!?」


ハニーの抱えていた2つの箱をアイがひょいと持ち上げる


「ダメだよ、それって食料がいっぱい入っているからすごく重たいんだよ!」

「大丈夫、アイはケンタウルスだから人族よりは力持ち」


ケンタウルスと人では筋肉の質そのものが違うため一見スラッとしているアイの腕でもハニーが必死に運んでいた重たい箱を軽々と持ち上げられるのだ


「け、けど・・」

「ケンが言ってた、人にはそれぞれ得意分野があるって、アイはこういう荷物運ぶの得意、だからアイが運ぶ」


(ケン?ケンって誰なんだろう?もしかしてアイお姉ちゃんの恋人・・」


アイの口から飛び出したケンと言う名に幼い嫉妬心を燃やすハニー


「どこに運べば?・・こっち?」

「あっ!アイお姉ちゃん!そっちは逆方向だよ!」

「ん?ならハニーが道案内して」


アイはハニーの体を片手で持ち上げると自分の背に乗せる


「わわわっ!?」

「落ちないようにしっかりアイの腰に掴まって」

「えっ、いいの?」

「そうしないと危ないよ?」

「わ、分かった」


抱きつくようにアイの腰に捕まるハニー


(うわっ!うわっ!アイお姉ちゃんから花の蜜のような甘い香りがする!)


その状況に先程のケンに対して燃やしていた嫉妬の炎は完全に鎮火していた


・・・・


「すごいね、ハニーは商人なんだ」

「へへへ、まだ見習いでこんな雑用ばかりだけどね」


傭兵達のところに向かう道すがらハニーはアイに自分が商人見習いであることを話していた

アイに褒められ、ハニーは恥ずかしそうに頬を掻いている


「オイラ、将来は父ちゃんみたいな立派な商人になるのが夢なんだ!そのためにこうしてお金も貯めているんだ」


ハニーは常に自分の懐に仕舞っている麻袋を取り出す

その中にはハニーが商人見習いをして稼いだ全財産が入っており、だいたいは銅貨ばかりなのだが、合計すると金貨10枚分が入っていた


「ハニーのお父さんも商人なの?」

「うん!オイラの父ちゃんはすごい旅商人だったんだ!困っている村があったらどんなに困難な道のりでも行商に訪れてまわっていたんだ!」


漁村と山村などの間ではそこで採れる食料に違いがあり、そのためどうしても補えない栄養というものが出てくる、それらの足りない物は旅商人がいる事で補えているのだ


「村に訪れる度に村人全員からありがとうってお礼を言われている父ちゃんの姿は本当に格好良かったんだ!」

「ハニーは本当にお父さんの事が好きなんだね」

「うん!父ちゃんはオイラの誇りだ!」

「そうなんだ」


幼い頃に親に捨てられたアイには親を誇りに思うハニーの気持ちはわからないものだったが、ハニーの眩しい笑顔を見ていると胸の奥が暖かくなるのを感じていた


「けど、お父さんが旅商人ならハニーはなんで商団で見習いをしているの?」


旅商人はその性質上、商団には入らない

その事をキャロから聞いた事があったアイは思った事をそのまま口に出してしまう


「それは・・旅の途中で父ちゃんが死んじゃったからなんだ・・」

「えっ・・!」


自分の何気ない発言がハニーに辛い過去を思い出させてしまったと気付いたアイはハニーに謝ろうとするのだが


「あっ!傭兵団のところに着いたみたいだよ」


ハニーがサッとアイの背から降りて傭兵達のところに行ってしまい、謝る機会を逃してしまった


「傭兵の皆さん食料品を持ってきました」

「あ、チェスター様、ありがとうござ・・なんだ、見習いの小僧かよ」


食料品を持ってきたのか商人見習いのハニーだと気付くと傭兵達は横柄な態度になる


「たくっ!やっと来たのかよ、遅いんだよ!」

「ご、ごめんなさい」


高圧的な傭兵達の態度にハニーは思わず謝ってしまう

するとハニーの弱気な態度に気を大きくした傭兵達の態度はさらに悪化していく


「てめえは俺たちを餓死させる気かよ!」

「食料はお前ら商人が用意する事になってんだからな!遅れてんじゃねえよ!」

「てめえら商人は俺達が守ってやらねえと満足に他の国にも行けねえんだぞ!俺達の機嫌を損なうような事するじゃねえぞ!」

「は、はい、ごめんなさい・・ううっ・・」


傭兵達に詰め寄られ、ハニーは涙目になってしまっていた


「ハニーはアイのファン、いじめると許さない」


ハニーと傭兵達の間にアイが割って入るとキッと鋭く傭兵達を睨みつける


「な、なんだよ、この女ケンタウルスは・・?」


ケンタウルスであるアイに睨みつけられ、思わず怯んた様子になる傭兵達


「おい!この女ケンタウルス、さっきパドックで見たぜ」

「パドックで?ならこいつ売られて奴隷になる女ケンタウルスって事じゃねえか」


奴隷という自分達よりも下の存在だとわかり、傭兵達に余裕が出てくる


「女ケンタウルスなら金持ち連中の愛玩奴隷になるって事かよ」

「しかし、金持ちの考える事は分からねえな、こんな下半身が馬の女なんでどこかいいんだが?」

「けど上半身は女だろ、それで楽しむんだろ」


傭兵達は人型であるアイの上半身を舐め回すように眺めていく


「楽しむねぇ〜本当に楽しめるのか、売られる前に俺が味わってやろうか」


下卑た笑みを浮かべた傭兵の一人がアイの胸に手を伸ばす


「やめろ!アイお姉ちゃんに触るな!」


生まれたての子鹿のようにガクガクブルブルと足を震わせながらもハニーが腕を広げて傭兵達の前に立ち塞がる


「ああ!?なんだよ見習い、てめぇ俺に文句あるのか!」

「うるさい!アイお姉ちゃんに手を出したらオイラ許さないからな!」

「このガキィ!痛い目見ないと分からねえらしいな!」


拳を振り上げた傭兵の男にハニーは思わず目をつぶってしまう

来るだろう覚悟していた衝撃がこない事を不思議に思ったハニーがうっすらと瞳を開けると


「うぐっ・・!?」

「そんなにアイの事を味わいたいなら、アイの蹴りの威力をたっぷり味あわせてあげるよ」


拳を振り上げていた傭兵の男の目の前にはアイの前足が寸止めされていた


「ふ、ふん!ちょっとふざけただけだろうか、さっさと食料置いていけよな!」

「ほ、本当だぜ!これ以上構ってられるかよ!」

「てめえみてえな女ケンタウルスはレースでボロ負けしちまえばいいんだよ!」


山賊がケンタウルスの蹴りを食らって頭がスイカのように破裂した場面を何度も見たことのある傭兵達は青い顔をして逃げるように退散していく


「ゴメンね、アイお姉ちゃん・・」

「どうしてハニーが謝るの?」


沈んだ表情のハニーに謝られ、アイは疑問符を浮かべる


「結局オイラの方がアイお姉ちゃんに助けられて・・オイラみたいな弱い人間じゃアイお姉ちゃんを守る事なんで出来ないんだ」

「それは違うよ、ハニー」


短いアイの言葉だが、その言葉の内には確かな重みが感じられた


「ケンはアイを助けた事を絶対に後悔なんてしないって言ってた」


(ケンってさっきアイお姉ちゃんが言ってた人?)


「ハニーのお父さんも後悔したくないから旅商人を続けられたんじゃないの?」

「・・!!」


ハニーは父親から言われた言葉を思い出す


『いいかハニー、自分の選択を誇れる人間になれ』


そう言う父親の顔がとても輝いていた


「・・父さん」

「だからねハニー、助けた事を後悔なんてしないで・・アイはハニーが助けようとしてくれて嬉しかったよ」


アイはハニーの手を両手で包むように握るとハニーの目を真っ直ぐに見つめる


「ありがとう、ハニー」

「ア、アイおねえぇぇちゃゃんっ〜〜ッ・・うえ〜〜〜〜んっ!!!」


ありがとうとアイに言われた瞬間、ハニーの目から滂沱の涙があふれる


「ハ、ハニー!?どうしたの、アイ、ハニーを傷つけた!?」

「ち、違うんだ、オイラ、オイラ・・うぐっ・・ううっ・・」


ハニーは父親のようにお礼を言ってもらえる人間になりたかった

初めてお礼を言ってもらえた事が嬉しく感極まって泣いてしまったのだ


「あわ、あわわ!?」

「うえーーーん!!」


そして泣き続けているハニーに珍しく慌てた様子のアイ

その光景はハニーが落ち着くまで続いたのだった


・・・・・・


「ハニー、大丈夫?」

「う、うん、ゴメンねアイお姉ちゃん、オイラ泣いちゃって・・」

「気にしないでいいよ」

「うん」


落ち着いたハニーの様子にアイも胸を撫で下ろしていた


「アイ〜〜!!アイ〜〜!!どこにいるの〜〜!!」

「あっ、ケン!」


パドックで出走予定のケンタウルスの紹介を終えたケンがアイを探していた


「じゃあねハニー、アイ行くね」


アイは直ぐ様、ケンの元に向かおうとする


「ま、待って!アイお姉ちゃん」


その背を思わずと言った感じでハニーが呼び止めていた


「何、どうしたの?」

「・・ケンって言う人はアイお姉ちゃんの・・大切な人なの?」

「ん、ケンはアイの全てだよ」

「・・そうなんだ・・」


ケンの事を話すその笑顔は先程までの笑顔よりも断然に魅力的でそれゆえにハニーの胸はギュッと締め付けられた


(この笑顔はケンて人にだけ向けられる笑顔なんだね)


「オイラ、アイお姉ちゃんの事応援するから!」

「んん?・・ありがとうハニー、アイ一番になるよ」


アイは先程同様にレースを応援してくれていると受け取っていたが、ハニーの言っている今度の応援の意味合いの違いには気付かなかったのである


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