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それはケンがケンタウルスに転生して7年の月日が流れた春先の頃


「何をしているケン!なぜもっと速く走れない!」

「しっかりしてケン!あなたならもっと速く走れるはずよ!」

「ハァハァ・・そんな事を言われても・・ハァハァ・・」


7歳になったケンは森の中で家族と共に走る練習をしていた


(俺だってかの有名な競走馬が最後尾からごぼう抜きした時のような華麗な走りがしたいよ!)


ケンの頭の中では最終コーナーを回った後、ゴールめがけて直線を駆ける競走馬達の走りが鮮明におもいだされている、ケンはその通りに走ろうとするのだが・・


(ダメだ!走っているとどうしても二本足だった頃の記憶が邪魔をする!また走り方がぎこちなくなっちゃうよ!)


体の方はそうはいかずに右の後ろ脚、右の前脚、左の後ろ脚、左の前脚、という順に脚を動かす事を意識しながら走っているためにどうしてもぎこちない走りになってしまっていた


「やはりケンの足は遅いままか・・これでは私の跡を継がせるわけにはいかない」

「そうですね、なんであんな風に育ってしまったのかしら・・はぁ〜」


(そういう話は俺に聞こえないところでしてよね)


まったく速くならないケンの様子に両親も諦め顔になっていた


「そんな事はありません!兄様はやれば出来ます!」


両親の隣にいる幼いケンタウルスの女の子だけがケンを信じて応援していた


(ううう、ローンお前だけが俺の味方だよ)


この娘の名前はローン、ケンが産まれた2年後に産まれた女の子である

前世でも妹のいたケンはローンの世話を良く焼いていたため、今ではものすごく懐かれていた


「しかしローンよ、兄のケンは今のお前よりも遅いのだぞ」

「聡明な兄様の事です!あのようにゆっくりと走っている事にもきっと深い意味があるのです!」


(そんな考えないからね!ただノロマなだけだから!)


澄み切った瞳でキラキラと絶対的な信頼を寄せるローンが逆に怖くなってしまうケンだった


「むむむ!あの歩みはもしや瞬歩なのでは!」

「なんだ、その瞬歩というのは?」

「独特な歩行で対戦相手に間合いを計らせない高等技術です!」

「対戦ってケンは何と戦うつもりなのだ?」

「それはきっと鬼になった妹のために鬼と戦うのです!」

「妹って・・娘よお前はいつ鬼になったのだ?」

「なっ!?兄様!私はいつの間にか鬼へとなってしまったようです!?やはり口に木の棒をくわえた方が良いですか!」

「違うから!これはただ俺の走りがぎこちないだけだから!」


ケンはローンによく前世で人気のあった漫画の話を木の板に炭を使って軽く絵を描きながら話して聞かせていたためにローンはその手の知識が豊富になっていた


「兄様!今こそなんとかの呼吸です!それ!ヒッ、ヒッ、フー、ヒッ、ヒッ、フー・・」

「それはラマーズ呼吸法だから!?俺ってそんな話もしてたの!?」

「・・あなた、やはり後継はローンにした方が良いかもしれませんね・・」

「・・ふむ、ローンなら女ではあるが、ケンよりは速く駆けれるか・・」


ローンがケンを応援しているうしろで両親達は不穏な会話を交わしていた、何を言っているかは聞こえないがその内容はだいたい想像出来てしまうケンはどうしたものかと考える


(やっぱり俺が鈍いままだとローンが次の長になるのかな・・そうなると俺ってどうなるんだろう?・・まさか捨てられる!?捨てケンタウルスになっちゃうのか!?)


将来、段ボールの中で『誰か拾って下さい』と書かれた看板を手にしている自分の姿を想像して顔を青くさせるケン


(そうならないためにも少しでも速く走れるようにならないと・・ん?木の影に何が・・はっ!?)


「なんであの娘あんなところにいるんだよ!?」


ケンが見つけたのは親に捨てられ痩せこけて倒れているアイだった


「早く助けなくちゃ!」

「放っておきなさい」

「えっ!?い、今なんで・・?」


助けに駆け寄ろうとしたところを親に止められ驚きの顔を浮かべるケン


「あの娘は見たところ歩けなくなってしまったのでしょうね」

「ふむ、走る事の出来ないケンタウルスは見捨てるしかないからな」


残酷な言葉であるが、ケンタウルスにとってはそれも仕方がない事であった

ケンタウルスは早くから移動する事を要求される種族であり、産まれたばかりで立ち上がれるのもその一端でもあった

だからこそ病弱で自力で立ち上がれなくなったアイは当然のように親から見捨てられたのである


「・・・・」 


ローンはなにも言わなかった、しかしその顔からは親の言葉に納得して仕方がない事だと諦めている事が伝わってきていた


「ケン、お前はさっさと速く走る練習の再開を・・」

「ふざ・・ふざけるなっ!!」


しかし元日本育ちのケンにはそんなケンタウルスの常識は通用しなかった


「兄様!?」


ローンは今まで見たことのない兄の怒った姿にピックリしていた


「ケン!なんだその口の聞き方は!」

「どうしたというの!いきなり怒鳴ったりして!?」

「これが怒鳴らずにいられるかよ!歩けなくなったから見捨てるなんでそんなの間違ってるだろう!」

「間違ってなどいない!これはケンタウルスにとって当たり前のことなのだ!受け入れなさいケン!」

「そんなバカげた事を誰が受け入れるか!俺は絶対にあの娘を助ける!」


両親を怒鳴りつけ、アイの元に駆け寄るケン


「君!大丈夫!意識はある!」

「・・うう・・う・・はぁはぁ・・だ、だれ・・・・?・・はぁはぁ・・」


衰弱はして苦しそうにしながらもケンの問いかけにアイが答える


(良し!また意識もあるな!)


「俺はケン!安心して!俺の絶対に助けてあげるからね!」

「・・・・ケ、ケン・・・・?」


(とにかくこんな森の中じゃ休めるもんも休めない!)


「父さん!この娘を家に連れて・・!」

「駄目だ」

「なっ!なんでだよ!!」


言うより早く断られ、思わず面食らうケン


「さっきも言ったはずだ、走れなくなったケンタウルスは見捨てるしかない、それでも助けたいと言うのならケンが一人の力でやりなさい」

「ぐっ!」


父親のそのあまりの言葉に言い返そうとするケンだが、その前に


「・・・・も、う、・・いいよ・・・・」

「えっ?」

「・・・・はしれ、なくなった・・・・アイが・・・・悪いの・・・・だから・・・・もういいの・・・・」

「・・!!・・」


もう何もかも諦めたかのようなアイは呟きを聞き、ケンは決意する


「・・分かった・・」

「ふっ、やっと分かってくれたかケン」

「なら早くこっちに来なさいケン、家に帰りましょう」


しかし親のその呼びかけはケンは完全に無視をすると右肩をアイの肩下に深く差し入れる


「大丈夫?少しの間だけでも立って歩ける?」

「・・えっ・・?・・な、に、してる、の・・・・?」


(本当はお姫様抱っことか出来れば良いんだろうけどさすがに下半身が馬のケンタウルスだと抱え上げるのは難しい)


「難しいかな?もしそうなら別の手を考えるんだけど・・?」

「・・す、少し、なら・・歩ける・・けど・・」

「良かった!ならここだと看病するにも環境が悪いから、別の場所に移動しよう」


そう言うってアイに肩を貸して移動をしようとするケンを両親が慌てて止める


「何をしているのケン!?」

「その娘は見捨てると言ったはずではないか!」

「言ってない」 

「なんだと!?」

「俺の家は使わせてくれないみたいだからこの森の近くに洞窟があったはずだからそこで俺はこの娘の看病をする」

「なっ!?何を馬鹿な事を!!」


信じられないと叫ぶ両親の声を無視したままケンはアイを支えていく


「それじゃ、ゆっくりと行こう」

「・・う、ん・・」


アイはフラフラになりながらもケンの肩を借りて立ち上がる


「兄様!私も手伝います!」

「ローン良いの?」

「もちろんです!」


そう言うとローンはもう片方の肩を支えるようにする


「ま、待ちなさい!ローンまで何を考えているんだ!」

「そうよ、ローン!そんな娘は放っておきなさい!」

「私は思い出したのです!兄様から教えられた物語の主人公は弱き者を見捨てたりはしませんでした!」


キラキラと真っ直ぐな瞳で答えるローン

ローンまでも歩けないケンタウルスを助けようなどとしている事に両親は困惑する


「あなた、このままではローンまで洞窟なんかに行ってしまいますよ」

「ぐっ、仕方がない・・ケン、予備のクルタをやる!その中でその娘の看病でもなんでもすれば良い!」


クルタとはケンタウルス達が使う移動式住居の事で簡単に設置出来るテントのような構造をしている


「本当に!」

「洞窟などに行ってお前だけならいざ知らず、ローンまで病にかかったら堪らんからな!」

「良し!」


ケンの事はどうでも良いと言っているような父親の発言だったのだが、そんな事はお構いなしにガッツポーズでケンは喜んていた


「勢いで洞窟って言っちゃったけど本当はクルタの方が環境も良いからね、これもローンが協力してくれたおかげだよ、ありがとうローン」

「なんの!大好きな兄様のお役に立てたのなら私は嬉しいのです!」


ローンはケンの役に立てた事が本当に嬉しいようでニッコリとこぼれるような笑顔を浮かべていた


「・・な、んで・・そんな、に・・・・アイの事を・・助けようと、してくれる・・の・・?・・」


弱々しい声でアイがケンに問いかける


「それは・・」


ケンは人間の健太だった時、仔馬の頃から注目していた馬が伝貧(てんぴん)にかかってしまい安楽死になってしまった記憶が蘇る


「他の馬に感染するリスクを考えれば安楽死させるしかないのは分かる・・けど、それでも・・俺は助けてほしかった・・」

「・・どういう・・こ、と?・・」

「死なせるしか方法がないとか・・そういうのが嫌なだけだよ」

「・・・・言ってる、意味・・わから、ない、よ・・・・・・」

「ハハハ、やっぱりそうかな?」

「けど・・アイの、ために・・必死に・・なってくれて、い、るのは・・わかる、よ・・」


ケンとローンに支えられながらアイは安心したように笑みを浮かべる


「・・あ、りがとう・・」

「あっいや・・その・・!?」

「ん?兄様なぜ顔を赤くしているのですか?」

「べべべべ別に赤くなんでしてないよ!」

「いえ、まるで赤鬼のよう・・もしや兄様は赤鬼兄様になってしまったのですか!?」

「違うから!いいからローンもしっかり支えてよね!」

「分かりました!兄様!」


ケン達のそんなやりとりを眺めている両親達の顔は険しいものになっていた


「あなた、良かったのですか?クルタまで与えて?」

「仕方があるまい・・まぁ子供が看病の真似事などしても無駄な事、その内にあの娘が死ねば自分達の愚かな行為を理解するだろうからな」

「分かりました、あの娘が死ぬまでは好きにさせておきましょう」


両親達は自ら走る事の出来ないアイを看病するなど不可能だと決めつけていたのだが


「絶対に・・絶対に助けるからね!」


ケンの懸命な看病の結果、病弱だったアイの身体は元気に走り回れるほどに快復したのだった


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