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健太がケンタウルスに転生してケンとなってから15年の月日が経っていた
「・・この世界に転生して15年・・やっと、競馬が出来るって思ったのに・・」
15歳になったケンは空虚な瞳で空を見上げていた、そうしてないと涙が零れてしまいそうだからである
「ケ、ケン、その・・今の・・えっーと・・ポニーのレース?・・アイは・・楽しかった、よ・・?」
そんなケンを励ますように声をかけるのは明るい赤褐色の髪をポニーテールしているアーモンドのようなくりっとした瞳をした可愛い女の子である
その脚はケンと同じく四本脚でケンタウルスであった、下半身である馬の部分も髪と同じく明るい赤褐色の鹿毛をしていた
「ううっ!・・アイ、慰めてくれてありがとね・・」
明らかに嘘だと分かるアイの優しさは逆にケンの心をえぐられ、ケンの頬には我慢していた涙がポロリとこぼれ落ちる
「あうっ・・ご、ごめんねケン」
「いや、アイが謝る必要ないよ、悪いのは望み通りの結果を作れなかった俺なんだからさ」
申し訳無さそうにしていたアイだが、ケンに優しく頭を撫でられるとアーモンドのような瞳を気持ち良さそうに細め、うっとりとしていた
「おい、ケン!また変な物作ってやがるのか!」
「まったく長の息子のくせにケンは何をやらせてもダメだよな」
「げっ、ヘロドにワクシーなんでお前らまで来てんだよ、呼んでないだろ」
ニヤニヤしながら現れた金髪の頭をモヒカンにしている柄が悪そうな二人組みのケンタウルスを見た瞬間、ケンは苦虫を噛み潰したような顔になる
「お前がアイに最高に面白いモノを見せるって息巻いていたから、俺達も見に来てやったんだよ」
「しかしありゃなんだよ、ポニーを散歩させてるだけじゃねえか」
「なっ!ポニーの散歩ってなんだよ!俺が必死に作った競馬場なんだぞ!どこがポニーの散歩だって言うんだよ!」
ワクシーの言葉に一瞬で頭に血が登り熱くなったケンだったのだが・・
「あれだよ、あれ」
「・・・・」
ワクシーが指差す先には、ケンが作った柵の中でポニーがムシャムシャと草を食べている光景が広がっていた
(・・うん、あれは確かにポニーの散歩だな・・)
その光景を見て、熱くなっていた頭が一瞬で冷めてしまう
「ぐぅ〜!し、仕方ないだろ!この世界にサラブレッドのような馬がいないんだから!」
ケンの言葉通り、この世界にいる馬は平均体高は100cm程度で頭がデカく手足の短いポニーのような馬しかおらず、体高が160-170cmが標準的の小さな頭に長い四肢で速く走る事に特化しているサラブレッドのような競走馬は存在していなかったのである
それでもケンは競馬をやる事を諦めずに親に隠れて何年もかけて競馬コースを作り、ポニーを使って競馬を行おうとしたのだが・・
「まさか・・コースは外れる、途中でムジャムジャと道草を食う、結局ゴールしたのは一頭のみっていうひどい結果に終わるなんで・・」
その一頭もケンが目の前で人参をぶら下げてなんとかゴールに誘導しただけで、それはもはやレースと呼べるモノではなかった
「考えてみれば、騎手もいないんじゃ思い通りに走ってくれるわけないよな・・けど、あの大きさのポニーだと人が乗ったりしたら今よりも走れなくなるよな・・」
「おい、ケン、なにブツブツ言ってんだよ!」
ブツブツとポニーを使った競馬レースの反省点を考えていたケンだか、ワクシーの怒鳴り声に考えを中断させられてしまう
「なんだよ、人がせっかく競馬の事を考えていたのに邪魔しないでよ」
「ああー!誰が邪魔だコラッ!」
「ノロマのケンのくせに生意気だぞ!」
ケンの態度に青筋を浮かべて喚いていたヘロドとワクシーはケンの後ろにいるアイに顔を向けると口端を歪め
「へへへ、アイもこんなノロマと群れでないで俺達といっしょに来いよ」
「そうだぜ、今から山にウサギ狩りに行くからついて来いよ、ノロマのケンはその辺で木の実でも拾っていろよ」
見ているだけで不快になるほどの下卑た笑みを浮かべてアイを狩りに誘う
「・・黙れ・・」
そんなヘロドとワクシーにアーモンドのように可愛らしかった瞳を刃のように鋭くしたアイが睨みつけていた
「なんだよアイ、俺達はアイの事を思って・・」
ドンッッッ!!!!
「・・これ以上、ケンをバカにすると許さない・・!」
また何かを言おうとするヘロドとワクシーにアイは威嚇するように前脚を激しく踏み鳴らす
「アイ、少し落ち着こう!確かにコイツらはムカつくけどケンカは良くないって!」
「・・けど、コイツらケンの事をノロマって・・」
今にも飛びかかって行きそうなアイの様子に思わずケンの方が止めに入る
「仕方ないよ、俺がノロマなのは真実なんだからさ」
そう、ケンの脚は遅かったのだ、その原因は人の時の記憶にあった
(俺もさ、最初のうちは早く走ろうと努力したさ・・けど、どうしても頭の中で二本足で走っていた感覚が思い出されて、四本脚での歩行を邪魔するんだよね)
ケンは常に四本脚で走るという事に意識が向いてしまっているために自然体で走れる他のケンタウルスに比べてはるかに走る速度が遅くなってしまうのだ
「ふ、ふん!なんだよ、せっかく誘ってやったのによ!お、お前らなんかにこれ以上かまってられるかよ!」
「そ、そうだな!早く南に向かう準備をしないといけないからな!」
アイの迫力に気圧されたヘロドとワクシーは、アイの注意がケンに向いた隙に逃げ出すように山に向かって行ってしまう
「南に向かう準備?・・あ〜、そっか、もう冬になるもんな・・」
ケンタウルスは羊やヤギなどの家畜を連れ、水と草を追い求め、一年中移動をしている種族であり、数十の家族単位で集団生活を営む、元の世界で言う遊牧民と同じような生活をしていた
そのために本格的な冬になる前に暖かな南に移動するのか常になっている
「・・最初は移動ばかりの生活に日本と言う島国育ちの俺は混乱していたな〜まぁ、流石に15年も経つと慣れてきたけどさ〜」
「ケン、ケン」
「んっ?どうしたのアイ」
ケンがこの世界に慣れるまでの苦労を思い出して遠い目をしているとその背をアイがチョンチョンと叩く
「アイ達も狩りに行こう」
「えっ?なんで?狩りなんで面倒いこと脳筋バカ共のやらせておけばいいじゃないか?」
「それじゃあダメなの・・あいつらよりもウサギを多く狩ってケンは本当は凄いんだって見返してやるの!」
アイはフンスと気合いを入れるとケンをその場に残し、一人で山に向かって駆けて行ってしまう
「あっ、ちょっと待てよアイ!?・・ってもう見えなくなっちゃったよ・・」
あっという間にケンの視界からアイの姿が消えてしまう
「はぁ〜、仕方ない、追いかけるか・・まぁアイの事だから・・」
そう言って、アイを追いかけるように山に向けてケンも駆けて行く
「寒っ、もうそろそろ冬が・・ブルブル・・冬になるって思ったら途端に寒くなってきたな」
山の中に吹く木枯らしに自分の両腕を押さえて震えながら辺りを見回すケン
「木々はすっかり葉を落としているなぁ・・これって本当に食料確保出来るのかな?」
木々の葉は落ち、鋭い枝先が顕になった雑木林の風景にもはや食料確保を諦めた表情になっているケン
「・・おい、ワクシー!ウサギがそっちに行ったぞ!・・」
「分かってるよ!」
(この声はヘロドとワクシーじゃないか、そっかウサギは冬眠しないからまだいるんだな)
ヘロドとワクシーの大声が山々にこだましており、二人がどういう状況なのかすぐに理解出来た
「良し!捕まえ・・イテッ!?」
「バカ!なにやってんだよ!」
「し、仕方ねえだろうか!ウサギが急に方向変えたんだよ!」
(土壇場で方向転換したウサギの動きについていけず、木にでも激突したかな?)
「クソッ!まだ遠くに行ってないはずだ!早く追いかけるぞ!」
「分かってるよ!」
逃げられたウサギを追いかけているのだろう、ヘロドとワクシーの声が遠ざかっていく
「ウサギを追いかけ続いて、本当にご苦労だね・・あっ!アイ、見っけ」
「はぁはぁ・・ケ、ケン・・はぁはぁ・・」
木に寄りかかるようにして肩で息をしているアイを発見したケン
「アイは瞬発力あるけど持久力がないんだからあんまり無理しない方が良いよ」
「・・うう・・け、けど!・・はぁはぁ・・」
今でこそ元気なアイだか、子供の頃は病気がちであった、そのために持久力がなく、皆で移動をする際もすぐに疲れて休んでしまうのだ
「もうやめておこうよ、俺達はあいつらの言っていた通りに木の実でも探して帰ろうよ」
「はぁはぁ・・イヤ・・ケンをバカにされたままなんで・・絶対にイヤ・・」
フラフラしながらも再び走り出そうとするアイ
「ねぇアイ、なんでそんなに怒っているの?」
「そんなの・・そんなの当たり前!!」
声を張り上げて、ふり向いたアイの瞳には涙が溢れ、今にも零れ落ちそうになっていた
「ケンはアイの命の恩人なんだから!」
「アイ、それは・・」
アイのその言葉にケンはアイと出合った時の事を思い出す