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「この魂、どうしようかなぁ・・」
光輝く空間、その中央には高価な椅子があり、そこに疲れた様子で腰掛けているのは滑らかな黒髪を腰まで伸ばした見目麗しい女性だった
「・・はぁ〜、なんで私がこんなめんどい事を・・」
しかしその美しい顔には影があり、目の前に浮かぶ光輝く魂を眺めて困ったようにため息を吐く
「とにかく、この魂の目を覚まさせて、話をしないと・・はぁ〜めんどい・・」
心底めんどいくさそうに魂に手をかざすと
「ゴホン・・武 健太さん、さぁ目覚めるのです」
(・・・・)
さっきまでのめんどくさそうな態度から聖母のような態度に一変した女性は爽やかな声色で魂に語りかけていく
「目覚めるのです」
(・・・・ん・・?・・)
語りかけ続けていると女性の前にある魂はフラフラと動き出す
(・・なんだろう・・ここは・・あれ?・・体がおかしいような・・?)
「武 健太さん、目を覚ましたのですね」
(えっ?わっ!なんだ、この目も眩むほどの黒髪美人は!?)
照り輝く真っ白な衣を纏い、神々しい雰囲気の美人にニッコリと微笑まれ、魂は目を奪われたかのように動きを止める
(なんでこんな美人さんが俺の名前を知ってるの!?)
「私が絶世の美人なのは間違いないのですか、少し落ち着いて下さい健太さん、あなたに大切なお話があるのです」
(もしかしてここって・・!)
「ここがどこだか分かったようですね健太さん、そうですここは・・」
(ここって高級キャバ!?知らぬ間に高級キャバに来ちゃったの、俺!?)
「誰がキャバ嬢だ、コラ」
黒髪の女性の額にビキリと青筋が張り、笑顔だった口元がピクピクしていた
(・・けど、俺・・なんで高級キャバなんかに・・俺は確か・・競馬場に・・はっ!・・そうだよ!今日はG1レースじゃないか!)
魂が思い出したように動き出す
(すみません、きれいなキャバ嬢さん!俺これから競馬場に行かないと!)
「いえ、健太さん競馬場に行くとかではなくで・・」
(今日のG1レースにはあまり注目されてないけど実力がある競走馬が出走する予定なんですよ、きっと今日1番の万馬券になるはずなんです!)
「大穴で万馬券ではなく、もっと大切なお話が・・」
(万馬券当ててすぐに来ます!その時はこの高級キャバで1番高いトンベリでもなんでも注文しますからね!)
「だから、ここはキャバクラでは・・」
(あれっ!?このお店、出口どこにあるんだ!?)
真っ白な部屋の中をユラユラと魂があちこちに動き回る
「だから落ち着いて私の話を・・」
(出口ぃぃ!!!出口はどこだぁぁ!!早くしないとレースが始まっちゃっうよぉぉ!!!)
ブチィ!
「私の話を聞けって言ってんでしょうかぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
フミュゥッ!!!!
(うげえぇぇっ!!!!?)
目を尖られた黒髪の女性は動き回っていた魂を思いっきり踏み付ける!
(や、やめ、つ、潰れる〜っ!な、中身が飛び出るぅうっ!!)
「中身なんであるわけないでしょ!あんたは今、魂だけの状態なんだから!」
(えっ、魂だけ?本当だ!?なんか丸っこくでフワフワしてる!)
「気づくの遅いのよ、まったく!」
「うげっ!?やめてぇぇぇぇ!!グリグリしないでぇぇぇぇ!!」
「いい!武 健太!!」
グリグリと足で健太の魂を捏ね回す黒髪の女性は健太の名を呼び、ビシッと指差す
「あなたは、死んだのよ!」
(はっ?死んだ・・?・・・・えええええっーーーーー!!!!?死んだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!??)
飛び出した衝撃的な言葉に魂の絶叫をして固まる健太の魂
(俺が死んだってどういうことですか!?な、な、なんで俺が・・それって・・いったい!?)
「落ち着きなさい!あなたは競馬の帰り道に刺されて死んだのよ!」
(競馬の帰り道に刺されて死んだ!?えっ、俺って今日競馬場にもう行っていたのか!?)
「刺されたショックで記憶が抜け落ちてるようね」
「そんな・・はっ!なんか競馬場に行っていた記憶が・・!)
健太は自分が刺されて死ぬ前の事を思い出していく
(そうだ!俺は今日のG1レースで狙っていた通りの馬が来て、大穴を当てたんだ!)
ショックで抜け落ちていた記憶が鮮明に頭の中で再生される
(大金を手にしてウハウハで帰っていたら、途中で後ろから呼び止められて・・それで振り向いたら・・)
「そん時に大金目当ての奴らにあんたは刺されたのよ」
(そ、そんな・・!?)
「たくっ、万馬券当てて大金手に入れたんなら自衛のためにタクシーくらい使いなさいよね」
その言葉に何も考えずに万馬券を当てた事を大声を出して喜び、有人窓口で受け取った大金をそのまま手に抱えるようにして帰り道を歩いていた健太は自分のあまりの不用心さに何も言い返せなくなる
(俺・・本当に死んだのか・・)
「そうよ、やっと理解したようね」
黒髪の女性は健太の魂から足を離すと部屋の中央に戻り、腰を下ろす
(あなたは?)
「私は偉大なる太陽の女神サイレンス様よ」
さっきまでのお淑やかな態度は何処へやら、女神サイレンスは傲岸不遜に健太に自分の名を名乗る
(女神サイレンス?)
「様を付けなさい、様を」
(あっ、すみません・・それで女神サイレンス様、俺はこれからどうなるんでしょうか?)
「・・それが問題なのよね・・はぁ〜頭痛い」
頭を押さえ、首を何度が振ると女神サイレンスは疲れた様子で語り出す
「本来であれば刺されて死んだあんたの魂は天使が回収して輪廻転生の環に入る予定だったのよ・・」
(それで何があったんですか?)
「あんたの魂を回収した天使が天界に帰る途中で道端の占い師に今の仕事はあってないから辞めておきなさいって言われて、その言葉に感銘を受けた天使はすぐに堕天しちゃったのよ」
(えっ!?なんですか!そのサラリーマンが脱サラした時のようなエピソードは!?)
「その堕天した天使が始めた頭の輪にデコレーションを入れるって新事業が天界で大ヒットしてね」
(脱サラして成功したサラリーマン!?)
「それで今住んでいる処からもっと良い処に引っ越すために部屋の片付けをしてたら引き出しの奥に仕舞いばっなしになっていたあんたの魂を発見したって連絡がきたのよ」
(えっ!?俺の魂ってそんな扱い受けてたんですか!?)
「堕天した天使の持っていた魂だから、それをそのまま輪廻転生させるわけにはいかないからいろいろチェックしなくちゃいけないのよ、これがまためんどくさいのよ・・はぁ〜〜〜っ」
その作業が本当にめんどくさいようで女神サイレンスは長いため息をはく
「・・本当に気付かずにそのまま処分してくれたら楽だったのに・・」
(ちょっと!?今物騒な事言ってませんでした!?)
ポツリと漏れた女神サイレンスの本音に震え上がる健太の魂
「そうだ!そんなクソめんどくさい作業するよりも別の世界にあんたを転生させちゃった方が楽じゃないの!」
ぼんと手を打ち、起死回生の名案を思いついたかのように表情を明るくした女神サイレンス
(別の世界に転生ですか?)
「そうよ、あんたら人間って、そういうの好きでしょ?」
(いや、確かにラノベとか読んで異世界転生出来たらなって考えた事はありますけど)
「ならOKって事ね!今なら勇者でも魔王でもあんたの好きなように転生先を選ばせてあげるわよ」
(えっ!マジですか!自分で決めて良いんですか!)
転生先が決められるという話に健太は死んだショックも忘れ喜ぶ
「さぁ、あんたは何に転生したいの?」
(俺が転生したいのは・・馬です!)
「馬?・・馬なんかで本当に良いの?こういう場合、勇者になりたいとか魔王になりたいとかって言うんじゃないの?」
(何言ってるんですか!馬を馬鹿にしないで下さい!!)
魂だけの状態ながら心の底から叫び声を上げる健太
「な、なによ、いきなり叫んだりして・・?」
(俺は、競馬が死ぬほど好きなんですよ!)
「死ぬほどと言うか、競馬で大金手にしたせいであんたは死んでんだけどね」
(俺の父親が競馬好きと言うこともあって、俺は子供の頃から競馬場に遊びに行っていたんです)
女神サイレンスの言葉など健太の耳には届かず勝手に回想を始めていく
(家族連れで競馬場に行っても楽しめるのかって疑問に思うでしょう!)
「いや、別に・・」
「けど、これがけっこう楽しめるんです!有名な競馬場だと場内に大きな公園やギャンブル飯が楽しめるフードコート、ジョッキー体験が出来るゲームなんかもあるんですよ!)
子供の頃からそんな環境で育った健太は当然のように競馬好きになっていた
(父親といっしょにゴール付近でレースを見た時、逃げ切ろうとする逃げ馬に猛スピードで迫る差し馬のあの白熱した姿は今でも目に焼き付いて離れませんよ)
その感動を思い出しているように健太の魂はブルブルと震える
(そんな感動を与えてくれた競走馬に憧れるあまり、馬の気持ちを知ろうと野草も食べたりもしました!)
「そんなんで馬の気持ちになれるの?」
(今では知らない野草を見つけたら即試食してしまうほどです!)
「即試食って、それって下手したらハラ壊さないの?」
野草の中には有毒植物もたくさんあり、そのような植物を間違って食べてしまうと食中毒を起こす事があるのだ
(もちろん何度も腹を壊しました!けど、そのおかげで薬草なんかにも詳しくなったんです!)
「・・そっか、あんた馬鹿だったのね」
(むっ!馬鹿とはなんですか馬鹿とは!・・いや待てよ、馬鹿って漢字で書くと馬の字が入っている・・そう思ったら馬鹿って呼ばれるのも嬉しいって気持ちが・・!」
「ごめん、頭に大って付けるの忘れてだわ・・」
呆れたように呟く女神サイレンス
(とにかく!幼少期からそんな環境で育ってきた俺にとって、勇者や魔王なんでものは馬に比べる価値もない存在なんですよ!)
「あ〜、分かった分かった、それじゃ馬に転生って事で良いのね?」
健太が熱心に話をするのだが、女神サイレンスは自分の枝毛を探して聞き流し、思いっきり投げやりな態度になっていた
「はい!俺、競走馬に転生してG1連勝記録を更新します!」
「あっそ、ならさっさと馬に転生を・・」
「あっ!や、やっぱり待って下さい!」
女神サイレンスが立ち上がり、手を掲げて転生の準備をしようとした瞬間に健太は待ったをかける
「どうしたのよ?」
(いや、競走馬のトレーナーにもなりたいなって思って・・自分が育てた馬がG1で勝利する、それも俺の将来の夢なんですよ)
競馬好きの健太は当然その手のゲームもやっている
競走馬育成ゲームのためにゲームセンターに通いつめたり、新作の競馬ゲームが出るとすぐさま購入、何日も徹夜をして最高ランクの馬を育て上げるほどである
そしてゲームをやるほどに本当の競走馬を育てたいと健太は強く思うようになっていた
「それじゃ、人に転生してトレーナーを目指すと言う事で良いのね?」
(・・けど馬も捨てがたい・・トレーナーにもなりたい・・いや・・けど・・うーむ・・)
「・・どうするのよ・・?」
(どうしよう・・馬・・トレーナー・・馬・・トレーナー・・)
「・・・・」
(馬・・トレーナー・・馬・・トレーナー・・馬・・トレーナー・・)
「ああーーっ!もうさっさと決めなさいよねぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
(えっ!?)
再び、ブチ切れ叫び声を上げる女神サイレンス
「私は太陽の女神として他にも仕事があるの!あんたにかまっている時間なんで本当は爪の先ほどないのよ!それをこうして相手してあげてんだからさっさと決めなさいよ!」
(わ、分かりました!今、決めます)
女神サイレンスのその剣幕に健太はタジタジになってしまう
(馬に・・)
「馬ね!馬でファイナルアンサーね!」
(馬でファイナルアン・・いや、やっぱりトレーナーに・・)
「ぐっ!なら人で良いわね!人でファイナルアンサーね!」
(ファイナル・・いやいや、やっぱり馬の方が・・)
「・・ぐ・・このっ・・!!」ブチブチ
しかしそれでも煮え切らない態度の健太に女神サイレンスの額に浮かんでいる青筋がブチブチときれていく
「分かったわよっ!!それなら馬で人なら問題ないって事よねっ!」
(えっ?それってどういう・・?)
「これで決定!はい!転生開始!」
女神サイレンスが手を掲げると健太の足元の床が突然無くなり、浮いているはずの健太の魂は引き寄せられていくように落下していく
(ちょっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!馬で人ってどういう事ですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!)
絶叫しなから落下していく健太の目の前が真っ暗になり、深い眠りに落ちていく
・・・・・・
「・・う・・まれ・・た・・・・産まれた・・・・」
(・・・・・・?・・んっ?・・なんだ、この声は・・?)
耳元から聞こえる声に健太の意識は戻っていく
「・・産まれた・・産まれたぞ!・・」
健太はゆっくりと瞼を開けるのだが、周りが光に包まれているように眩しくはっきりとは見えなかった
「はぁ・・はぁ・・良かった、産まれた、あなた・・」
健太の視界に薄っすらと人影が見える
(言葉を話しているって事は、俺は人に転生したって事なのか?馬も捨てがたかったけど・・まぁ、人に転生したならトレーナーを目指して頑張ろう!)
「無事がどうかはこれからだ・・さぁ立ち上がるんだ!」
(はぁ?立ち上がれって、それって俺に言ってるのか?産まれたばかりの赤子に立ち上がれなんで無茶ぶりすぎるだろ?)
そのあまりの要求に呆気にとられフリーズしてしまう健太
「・・なんで立ち上がらないの!?」
「まさか立てないのか!?」
「そんな!?せっかく産むこと出来たのに!?・・お願い、早く立ち上がって!」
健太が立ち上がらないでいると女性の声は切羽詰まった感じになっていく
(・・しょうがないな、無理に決まっているけど・・足だけでも動かしてみるかな)
「おおっ!そうだ!そのまま立ち上がるんだ!」
「頑張って!」
(ん?んんーっ?なんか立ち上がれそう・・産まれたての赤ん坊だよな俺?)
驚く事に産まれたばかりであるはずの健太が足を動かしていると体が徐々に立ち上がっていく
(んん?足が変な感じするな・・まるで前と後ろにあるみたい)
「やったわあなた!無事に立ち上がったわ!」
「ふむ!よくやったぞ!」
無事に立ち上がった健太の体を両親と思われる人影が優しく抱きしめていく
(この人達が俺の両親になるのか・・おっ、目がはっきりとしてきたな・・)
産まれてからはっきりと見えるようになるまで本来なら数ヶ月はかかるはずなのだが、健太の目は数分の内に自分を抱きしめている両親の姿が視認できるほどになっていた
(うわっ!外人さん!アイ・アムノーイングリッシュ!?)
視認出来た健太の両親は日本人と同じ黒髪ではあるのだが、瞳の色は青く、彫りの深い外人のような顔立ちをしており、英語がまったく出来ない健太は外人に急に話しかけられた日本人のようになっていた
「体の方はどこにも問題はなさそうだな」
「はい、毛並みも私達と同じキレイな黒鹿毛ですよ」
(はっ!言葉が問題なく分かる!女神サイエンス様が何がしてくれたのかな?けどそれならイチから言語を覚えなくで済んで楽・・あれっ?)
言語が分かる事で安心した健太が両親の事をマジマジと見ているとその足の長さが人のモノとは違う事に困惑する
(・・また目がおかしいのかな?下半身がおかしいような・・)
「お前は私の跡を継ぎ、立派なケンタウルスの長になるんだぞ!」
(はっ?ケンタウルスって異世界モノで出てくる下半身が馬の人・・えっ?)
健太は自分の下半身を見るとそこには競馬場で何度も何度も見ている4本足があった
『なら人で馬なら問題ないわね!』
そして健太の頭の中に女神サイレンスの言葉が思い出される
(上半身が人で・・下半身が馬・・確かにこれなら問題・・・・・・・・・・・問題オオアリじゃボケェェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーッ!!!!」
健太は人であり、馬でもあるケンタウルスに転生したのであった
「まぁ!元気に泣き始めたわ」
「ふむ、力強い泣き方だな、この子の名はケンとしよう!我らがケンタウルスの神ケンロールのように誰よりも早く駆けるケンタウルスになるのだぞ!」
健太改めケンの魂の叫びは産声に変わり、辺りにこだましたのだった