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1部5善 火気厳禁

 鼻に入ってくる、懐かしさを覚える危険な香りが、意識を夢から連れ戻す。





 目蓋を開けたにもかかわらず、視界は真っ暗で、顔に圧力がかかり、変な匂いまで漂っている。


 昔、山に入った時に黄色い煙が吹き出ていた場所があった。そこで出会ったにおいと似て非なるものを感じた。


 「おっ重い。オイちゃん、凄い寝相だな。うっっ…また漏らしたな」


 あの一件以来、一緒に寝るときはオムツを履かせているため、布団に染み出した訳ではなさそうだが、隙間から強烈なにおいが漏れている。


 「最悪な目覚めだな…」


 顔に乗っていたしょんべん小僧をゆっくりと横の布団に移動させて、起き上がる。


 新鮮な空気を求める体に従うように、居間に移動した。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 テーブルの椅子に腰掛けている人影が見えた。居間に置いてある、この家唯一の時計には、5時半と表示されている。


 「おはよう親父、朝早いな」


 人影の正体は親父だった。あさっての方向を眺めているその姿は、今にも昇天しそうな雰囲気を醸し出している。


 「……おぉゼンか、おはよう」


 多少の間が空いて反応した親父。起き抜けで、あくび混じりの声でした挨拶は、聞こえなかったらしい。いきなり前を横切った自分の姿を見て、目を丸くさせている。


 その点を気にすることなく、家の外で二、三回深呼吸を繰り返した。


 「そうだ、ゼン。今日、げつかん木魚新聞がくる日じゃ」


 「あぁー、そうだね。それなら早く起きたし、俺買ってくるよ。後、月刊な」


 親父も起き抜けなのか、外への入り口を開けたままでの会話に、眩い光から目を守るように手をかざしている。


 「そうそう、げつかんだろ。そこに15ヒ置いてあるから早く取ってこい」


 親父の月一の楽しみである新聞に興奮しているのか、椅子から立ち上がり、タコのクネクネダンスを始めた。


 踊りというには酷く、その奇怪な動きに加えて、引いてしまうくらいの満面の笑みに気圧され、直っていない滑舌を指摘するのを諦めた。


 入り口付近に置いてある15枚の銅貨、15ヒを手に取る。


 「それじゃあ行ってくる。」


 その言葉に反応するようにこちら側を向いた親父が、眩しそうにしていたために入り口を閉めて、近隣の街から送られてくる、新聞を買いに行く。



 「親父、買って…。」


 言い切る前に、手に持っていた新聞が消えていた。奪い取られた瞬間を捉えることができなかったが、新聞を目にした親父の顔が、ゴブリンのように醜悪だったのははっきり見えた。


 「ふむふむ、今月の見出しは…王様が退位なされたのか。」


 静かに読めば良いものの、大きな文字は大きな声で、小さな文字は呟くように声に出して読み始める。


 その声に惹かれた訳ではないが、気になる見出しに後ろから新聞を覗き見る。


 「前国王は、2年ほど前から篭りがちになっており、病を患っているなど、様々な噂が飛んでいたが、その謎を抱えたまま、息子に尿意を譲った。」


 大きな文字で書かれているところではないが、自分が覗いているのに気がついた親父は、声に出して内容を教えてくれる。


 読み聞かせを張り切っている親父には悪いが、最近目が悪くなっている親父と違って、普通に内容が見えている。


 だから、間違って王位を尿意と呼んだことも知っている。


 「じい、なに見てるの?」


 外出している間に起きていたオイちゃんがゆっくりと親父の足に抱きついた。


 「おー、オイちゃん。これは新聞っていってね。たくさん面白いことが書いてあるんだよ。」


 かわいい孫と話せて嬉しいのだろう。優しい笑顔を浮かべている。


 「オイちゃんにはこれが良いかな?」


 そういって親父が指したのは小さいコラムの記事だ。豆知識等が書いてあって小さい子にも分かりやすいと思ったのだろう。


 「じい、読めない!読んでよ~」


 甥が早く早くと揺するので、只でさえ老眼で見えにくいのに視界がぐらぐらして読めないのだろう。「おろろろっ…」危ない音を喉でならしながら甥の頭をなで、落ち着かせてから、読み聞かせを始めた。


 「なになに…。コラム。ビックリ仰天!豆知識!」


 なんとも安直なタイトルだが、茶々を入れられる度胸もないのでスルーする。


 「太陽が出ている日に虫眼鏡を使って陽の光を黒い紙に長い時間当てると火が着くんだぞ?不思議だねぇ。何でだろうねぇ。」


 編集者の性格は悪いと予想できる。子供が読むようなコラムで煽るような奴はろくなやつじゃない。


 「じい、なんで?なんで?」


 オイちゃんも気になったみたいだ。


 「それも書いてあるぞ。虫眼鏡が太陽の光を一点に集めることによって熱が蓄積されて火がつくんだって。」


 珍しくきちんと読み終えた親父に感心していると、いつの間にかオイちゃんはいなくなっていた


 「オイちゃん、活発で良いのぉ。さっき読んだところは…」


 居なくなった甥を親父は、寂しく思いながら、元々読んでいたところに戻す。


 「ここじゃな。今回、前国王と仲が良い貴族に話を聞いたところ、原因は…………って煙が出てるんじゃ!」


 まだ7時を回っていない朝っぱらに、聞くような大きさではない声を上げて叫び出した。


 何か気になったことでもあるのか、突然後ろを振り返る親父は、新聞を買うために家を出た時と同じく、眩しい光を遮るように手をかざした。 


 「あっちに行けゼン!お前のせいで、大事なわしの新聞紙が焦げてしまったじゃないか。」


 いきなり凄い暴論を繰り広げ出した親父を、救えない者を見る目で見た。


 「どうしたのあんた!」


 何事かと焦って降りてきたお袋は、目の前で煙を消そうと真っ赤な顔で息を吹き付ける親父と自分を交互に見比べる。


 「ゼンイチ、あんた退きなさい!!ていうか、あなた!息をかけたらさらに燃えるでしょう!」


 ついにお袋までもそんな事を言い始めたのかと呆れて何も言えない。


 「兄貴!そこから離れて。このままじゃ家が燃える!」


 あの真面目な弟が、とんでもない事を言いながら焦ったように自分を退かす。


 ハッと思い、親父、お袋、弟の顔を見ると危険物を見るような目で自分を見ていた。


 上を見上げると、昨日の天井の板替えの影響でできた隙から、光が自分の立っていたところに差し込んでいる。


 「そうか、俺が火元だったのか。」

本日も読んでいただきありがとうございました。

次の更新は明日の12:00です。

楽しんでいただければ嬉しいです。

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