1部3善 襲来クエスト(夢)
今日は少し短めです。
何の変哲もないいつも通りの日になる筈だった。それがまさか、こんな事になるとは…
「ゼンイチを倒せ、行くぞー!!」
「おぉー!」
脚に伝わる二つの衝撃が、自分の体勢を崩そうとする。いつもなら一つである衝撃が今日は二つに増えていた。
今朝、弟が家を出るときに代わりに入ってきた小さな人影があった。
性格から行動までオイちゃんそっくりな少年がもう片方の脚の衝撃の原因である。
「オイちゃん、今掃除中だから子供部屋で遊ん『ゼンイチの反応つまらないから、こっちで遊ぼう。』」
こちらの反応が想像と違うと見るや、手を引いて子供部屋に戻る甥たちを眺める。
その様子に安堵と多少の憤りを感じながらも、居間の掃除を進める。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
居間の掃除が終わり、甥たちとの昼食を済ませた後、自室の整理をしようと部屋に戻る。
「ふぅっ…少し落ち着くなぁ。」
急に現れたオイちゃん二号とオイちゃんとの食後の冒険者遊び。
田舎には滅多に顔を見せない冒険者に、憧れている二人が冒険者役で、自分はモンスター役とは名ばかりのサンドバッグ状態。
「やっぱり痛いし、腰見てもらおうかな。」
甥たちの攻撃が腰まで届いた事はないが、日々少しずつ蓄積されたダメージが祟り、腰に電撃が走った。労わるように腰を摩り、散らばる衣服を片付ける。
「懐かしい、もう三年か…」
片付けている服の中に汚れてもいいようなベージュ色の上下揃った衛兵服があった。
よれよれで経年劣化が見えるが、まだ仕事汚れが付いていない服に寂しさを感じて、久しぶりに袖を通してみようと考えた。
「お腹周りが少し窮屈だけど、まだ着れるな。」
昔着ていた服というのは、懐かしさの他に記憶を含んでいるらしい。仕事始めの自分や初めての失敗など、長くはなかったが、それでも思い入れのある服となっている。
「ゼンイチ、似合ってないね」
「似合ってなーい!」
声のする方に振り返ると、少し空いたドアからは潜んだ声で笑い合う甥たちと目が合った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
現在、自分は夢を見ている。
着るだけで腰が逝きそうな重厚な鎧を見に纏い、持ち上げるのもやっとな鋼の剣を手に持ち、同じ場所にいるだけで震えが止まらない敵と相対しているのだ。これが現実である筈がない。
「落ち着けおっさん、おっさんは一人じゃない。」
震える体を抑えるように、肩に力強い手が乗せられる。振り返った先には、未来明るい青年たちが、勇ましい顔でこちらを見ている。
そんな彼らの存在が震えを止め、力を湧き出させる。
その時、猛烈な鈍痛が腹を襲った。体をよじり、口から血が出る。
「うわぁ、汚ったね。」
小さな声であったが、確かに誰かがそう言った。
痛みに耐えて顔を上げると大きな鏡から目を背けるほどの光が…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ゼンイチ!何処にいるの!」
大きな呼び声に体を震わせて、閉じていた目蓋を開く。いつの間に寝てしまったのか、隙間から差し込む光は赤みを帯びて、夕方だと知らせてくれる。
急いで体を起こして、呼び主のところに向かう。
「何でこんなに荒れてるの、今朝より酷いじゃない。」
そこには畑仕事で疲れているはずのお袋が、魔物が暴れたかと思うくらい荒れている居間で仁王立ちして立っていた。
「えっ、これどうなっ『本当、どうしようもない子ね。片付けも満足に出来ないなんて。』」
自分の知らない状況下で、ただお袋から凄まれて、開いた口が塞がらない。
「そんなアホ面しないで、早く元に戻しなさい。戻すまで休まないでね。」
何も言えない自分を置き去りにして、お袋は去っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あれは何の夢だったのか…」
一人ボソッと呟きながら、今日の努力が水の泡になった惨状を元に戻す。
「ゼンイチの唾が手についたよ。」
水で手を洗う甥がそう呟いた。
お腹に伝わる痛みは、夢では無かったようだ。
「ばっちいから早く流しなさい!石鹸も使うのよ。本当に臭いわね……、年期を感じるわ…」
得てして現実は夢よりも厳しいものだ。
本日も読んでいただきありがとうございました。
次の更新は明日の18:00です。
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