1部1善 棚からオイちゃん
これから、新連載始めます。
異世界コメディーになります。
皆さんに笑顔を届けられる作品になるよう頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
「ゼンイチ、家のこと頼んだよ」
そう言った両親は少し離れた畑に向かった。
「兄貴、家とオイのこと頼んだ」
畑仕事に使う道具を背負い、額からすでに汗を流した弟が、甥の頭を撫でる。
「お兄さん。それでは買い物行ってきますね」
髪を綺麗に流し終えた弟の嫁さんは、買う物を確認して外出した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
家の中には甥のオイと自分の二人だけとなった。
「ゼンイチ!早く遊ぼうっ!」
何の脈絡もなく、腰部分を鈍器で叩かれた衝撃で前屈みになった。悪気のない笑顔を貼り付け、自分に背後から体当たりしながら声を掛けてきたのは、今年6歳になったオイである。
「はいはい。それじゃあ何か持ってきなさい」
足音を木造の家に響かせて走る後ろ姿に、成長を感じさせる嬉しさと最近の腰痛の原因がオイじゃないかと思いつつ、あの笑顔には敵わなかった。
「はい、ゼンイチ。これで遊ぼう!」
手に持っていたのは、秒針がリズム良く動いている丸い木製の時計である。
「オイちゃん。これはね、おもちゃじゃないよ。どうやって取ってきたの?」
記憶の中では結構高い位置に立てかけてあった筈だ。幾ら成長して背が伸びたとしても所詮6歳、届くはずがなかった。
「テーブルの上からジャンプして棚に登って取った」
当たり前のように喋ることから今回初めてした事ではないと知る。テーブルから棚までジャンプするなど恐れを知らないとはいえ危険過ぎる行為だ。
「あのねオイちゃん。テーブルの上には…『早く遊ぼうよ、これ何で動いているの?』」
叱ろうにも、興味が勝っている甥にはどんなに言っても聞かないだろう。半ば諦めて、甥の質問に答える。
「これはね。中に入っている…『ゼンイチ動いた、動いたよ。』」
話を聞かずに、頭皮をペチペチ叩き、興奮を抑えきれない甥は、持っている時計を壊れた人形かのように激しく上下に動かす。
「落ち着いてオイちゃん。このずっと動いている針がね一周すると60びょ…『あっ』」
オイちゃんが驚きの声を上げた時にはすでに、手から時計が離れていた。6歳児の握力は弱く、時計が腕から抜けてしまったのだ。
「バキッ!!」
木が折れる音が足元で鳴り、腕の中に居たオイちゃんの目には涙が溜まる。
「うぅ…ゼンイチ。時計が…」
どの程度壊れたかは、椅子に座り、その上に座る甥が降りるまでは分からない。
「大丈夫だよオイちゃん。おじさん、手先だけはね器用だから直せるよ」
目に涙を浮かべる甥を安心させるように手を頭に乗せて、撫でる。その後、時計が落ちた場所から離れた所に甥を降ろした。
「ありゃぁ、これ中まで逝ってるな」
落ちた時計を拾い上げて確認すると、痙攣するかのように秒針が同じ場所で行ったり来たりしている。
「本当に直るの?」
まだ安心しきってないのか、はたまた信用がないのか、不安げな顔で裾を握る。
「あぁ、大丈夫だよ。おじさんも昔…『良かった!それじゃあ直ったら呼んでねゼンイチ。』」
念を押されたことに安心した甥は、時計のことを忘れたようにおもちゃが置いてある子ども部屋に戻っていった。
リビングに残された自分は、手の中にある壊れた時計と寂しさを手に持って、自室に戻り修理し始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ただいま。『おかえり、ママ!』」
扉の外で嫁さんが帰ってきたのか、甥が走る振動が部屋の中にも伝わってきた。ちょうど時計を直し終えたため、手に持ち、部屋を後にする。
「おかえりなさい。荷物貰います」
帰宅した嫁さんが持っていったカゴの中には食料や衣類などが入っていた。
「お兄さん、ありがとうございます。ところでその時計は…」
荷物を貰うために、テーブルに時計を置いたのを見ていた嫁さんは不思議そうに尋ねてくる。
「あぁ〜、これ壊してしまって」
「えっ…」
いい年なのに働きもしないで、実家で親の飯食っている奴が、価値の高い時計を壊すなどあり得ないと語る目で見てくる。
「いやいや、自分は壊…『ゼンイチ、壊れた時計直したの?』」
テーブルで買ってきた果物を食べていたオイちゃんは、置かれた時計を見て口を挟んだ。そのオイちゃんの言葉を信じた嫁さんは、疑惑の目を深めた。
「まぁ、直したみたいですからいいですけど次は気を付けてくださいね」
深い溜め息を溢して、嫁さんは荷物を抱えたまま奥に入っていった。
「ゼンイチ、時計戻しておくよ」
少し目を離した隙に、近くに置いた時計を手に持つ甥は、テーブルの上に乗っかって、今にも飛び出しそうだ。
「オイちゃん、危ない危ない。棚に乗せてあげるから、テーブルから降りてきて」
何回かこのような行為に及んでいたことは知ったが、それを当たり前にしてしまってはダメだと思い、甥の脇に手を入れて、棚に乗せてあげる。
「はい。それじゃあ時計を置いて戻っ…『お兄さん、少し手伝ってくれませんか。』」
甥に時計を任せようとしたときに、奥の方に居る嫁さんの声が聞こえてきた。
「ゼンイチ行ってきていいよ。ここから飛び降りなければいいんでしょ」
壊してしまったがために、弄れなかった甥は時計への興味が蘇ったのか、目が離れない様子だった。このままで大丈夫なのかと考えたが、多少の幅がある棚の上ならばと思い、奥に行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あっ兄貴!」
騒がしい足音と自分を呼ぶ声が近づいてくる。勢いよく開いたドアからは、驚きの顔をした弟が、時計片手に入ってきた。
「うぉッ、いつの間に帰ってきてたんだ」
「そんなことより兄貴、これ!直したんじゃなかったの?これどうなってるの!」
目の前に突き出された時計は、木製の鳩時計だ。時計自体希少価値が高く、この家の大事な財産に値する。そして、今日直した時計がこの時計だ。直し終えた時計は落としたときにできたヒビがなく、新品同様に磨かれていた。
だが、二点おかしな部分がある。一つは、見ているだけで目が回りそうなくらいのスピードで動く、秒針である。
そして、なんといっても、時計中央からずっと飛び出し、鳴き続けている鳩だ。「パッポーパッポー」と、ところ構わず泣き叫んでいる。
「プッッ…どっどうなっているんだ。最後に見た時はそんなことにはなっていなかった」
実際に、時計を棚に戻したときにはこのような事にはなっていなかった。だが、最後に触っていたのは
「オイちゃん…」
「兄貴!これ直すまで飯抜きね!!」
言い放った弟は、時計を手渡して、ボロボロのドアを勢いよく閉めて戻っていった。
「飯抜き…」
放心状態の自分の手にある、時計に触れると針の部分がベタついて、果実の匂いがした。
第1部は10話構成になっており、テーマは家族となっています。
異世界色は徐々にその色を濃くしていくでしょう。
ゼンイチと家族の響き合いを楽しんでいただければ幸いです。